大人の日帰りウォーキング これからは膝を大切にしたいから 必要なのは、頭では理解している1つの事
週末の銀座を、私たちおばさん三人は足早に歩き抜ける。
優雅に買い物をしている訳ではない。カフェでお茶もしていない。
私たちは街道ウォーキングをしている。
かっこよく言ってみたけれど、平たく言うと、旧街道を歩いているだけである。今回は、江戸時代に造られた五街道の1つである東海道を歩こうと、江戸東京日本橋を出発して歩き始めたばかりである。
週末の銀座は沢山の人で賑わっていた。買い物客もたくさんいるけれど、それよりも多いのが外国人観光客のように感じる。大きなスースケースをゴロゴロしている人も珍しくない。たくさん買い物をしているのだろうか。
円安だしね。
元同僚で、今回の街道ウォーキングを最初に言い出した晴美さんが言った。晴美さんは1年程前に糖尿病と診断されて通院治療を受けているけれど、先日の検査結果が良くなかったという。そこで、運動療法を楽しく行える方法は無いかと考えて、街道ウォーキングをやってみようを思いついて、私に連絡をした。
円安だと買い物楽しいだろうね。私たちの若い頃には1ドル80円台の時があったよね。その頃に行った海外旅行は、確かに楽しかったわ。
私(葉子)は、若い頃の楽しかった海外旅行を思い出した(と、言ってもグアムだけど)。仕事もしていたし独身だし、海外旅行を楽しめる余裕はあった。懐かしい。
あの頃は飛行機に乗って海外旅行だったけれど、今は正反対に文明の利器を使わない「歩く旅」を楽しんでいる。旅にかかる費用も正反対で、街道ウォーキングでは交通費と、資料館に入るときの入館料ぐらいしかお金がかからない。
おばさんのお財布にやさしい趣味である。
そうね、あの頃は楽しかったわよ。あれから結婚して、子育てをして。でも、そろそろ子育ては卒業ね。これからは、人生を楽しまないと。それには体が資本、健康第一。晴美さんもしっかり運動しようね。
そう言うのは、晴美さんの知人の明子さん。
私と明子さんは今日が初対面。明子さんは晴美さんから街道ウォーキングに行くと言う話を聞いたらしい。歩く事で運動になるし、街道を歩く事で街や史跡を楽しめるからお得な趣味だと思ってくれている。ニッチな趣味だけれど、そう言ってもらえると嬉しい。
初対面の時から思ったけれど、明子さんは思ったことを素直に言葉にする。裏表がない性格なのかもしれない。しかし、お互いを良く知っている関係でなければ、素直過ぎる言葉だけが独り歩きしてしまい誤解を生むこともある。
おばさん三人は、銀座の人込みの中を苦戦しながら歩いていく。
おばさん魂で突き抜けるように歩ければ良いのだけれど、そのような光景は、おばさんと言う生き物をイメージした時に出来上がった空想かもしれない。しかし、そう思っているのは自分だけであり、他人から見れば私にもおばさん魂と書いているかもしれない。
人込みの中を流れに乗りながら、流されないようにして、周りに人にぶつからないように瞬時に判断をして歩き進むのは、おばさんにとっては難易度が高すぎる。
おばさんは鈍いのである。
あたふたしている間に人とぶつかりそうになり、めいっぱい不機嫌を表した相手の顔を見ては、小さな声ですみませんと言い、そそくさとその場を立ち去るしか方法は思い浮かばない。
自分がこんなにおばさん化するとは思いもよらなかった。
心の中はショックで落ち込む。こんなはずじゃなかったのに。
ようやく人込みを抜けるころには新橋まで歩き進み、目の前には旧東海道(国道15号、第一京浜)の上を横切るゆりかもめの高架橋の駅が見えてきた。
時刻は、日本橋を出発してからちょうど1時間が経とうとしている。
この先は、新橋から三田を抜けて品川へと向かう。品川駅を過ぎた先にある品川宿の入り口までの距離は二里。一里は4km弱なので、8km弱。今日はもう少し先まで歩き進もうと思っている。
そうそう、晴美さん、新しい靴の履き心地はどう?
今回の街道ウォーキングに出かける話をした時に、晴美さんが新しいウォーキングシューズを買ったと言っていた。晴美さんの足元には紫色と言うか、エンジ色のようにも感じる色の真新しいシューズを履いている。
この色は難しいと思う私。きれいな色だけれど、少しの色味の違いでおばさんっぽくなるような気がするからである。ネイビーや黒をベースにした靴の差し色に入っているのであれば素敵だと思うけれど、完全に私の好みの話である
しかし、肌が白い晴美さんに明るめの紫系の色はとても良く似合っている。そして、中高年の女性をターゲットにしていれば、お値段も性能も間違いない商品だろうと想像できた。
履き心地はかなり良いのよ。今日までに何度もこの靴を履いて、近所の公園をウォーキングしたから足に馴染んで歩きやすくなったわ。
靴底にはクッション性があるから膝に負担もかかりにくいし。この年代だと膝も大切にしないとね。
晴美さんの言うとおりだとも思う。この歳になれば膝は大切にしたい。
膝が大事だと思うならば、少し体重を落とさないとね。
苦笑いしながら、明子さんが言った。
そうだけれどね。私も頭ではわかっているよ。世の中の人だってわかっていると思うよ。わかっているから、耳が痛く感じてしまう。
明子さんは言葉をストレートに使う人だ。
ぽっちゃり体系の晴美さんは、確かに少し体重を落とした方が良いと思う。太っていると膝に負担はかかるし、持病の糖尿病にとっても体重を落とした方が良いのではないか。
でも、面と向かって言わないし、言えない。
相手の為に良かろうと思って、自分が親切な人だと勘違いをして、ずけずけと言葉にするのは、大きなお世話でしかない場合が多い。相手の為を思って言っているふりをしながら、結果的にはマウントだったり、自分自慢をしているだけのように感じる時もある。
本当に相手の事を思うならば、相手が嫌がるようなことを言わないと思う。
どんなに正論であっても、相手が聞き入れられないのであれば、相手にとっても自分にとっても良い結果にはならず、人間関係が悪くなるだけかもしれない。
そして、そもそも、靴の話をしていたのを思いだした。
話はそれていた。
旧東海道(国道15号、第一京浜)の上を、大都市東京の中心を走る首都高都心環状線(C1)の高架が道路を横断している。高架の下は橋になっており、その場所から屋形船が泊まっているのどかな江戸情緒が漂う風景が見えている。
東京らしさがにじみ出ている、東京でしか見られない景色。それは江戸と近代化社会が合わさる景色。
歩く旅は、普段では気付かない景色に気付く事が出来る。贅沢な旅だと思っている。
この辺りに、日本橋をから1つ目の一里塚があったらしいけれど、当時からすでになかったらしいのよ。金杉橋の一里塚。
首都高の高架のすぐ脇に小さな公園があり、水場とトイレがあった。
ふと、晴美さんを見ると、リュックよりタオルを取り出して公園の水場で濡らしている。
今日は暑いね。タオルを濡らして首にかけると結構涼しいのよ。
なるほど、それは良いかもしれない。濡れたタオルでTシャツの首回りが濡れるだろうけれど、この暑さではすぐに渇く。私もリュックからタオルを取り出し、水道で顔と両手を洗い、濡らしたタオルを首にかけた。
濡れたタオルで首筋がひんやりして気持ちがいい。
気化熱で体温を下げる作戦ね。これ、良いわね。
公園の水場で水遊びしているようにも見えるおばさん2人に対して、明子さんは早く先に進みたそうな顔をして待っている。先に進もうか。
第一京浜(国道15号)、札の辻交差点。高札場が作られていた地名の名残りに、当時から交通量が多かったのが伝わってくるが、この場所のおすすめがもう一つある。
ちょっとした、ビュースポットね。前を歩いていた明子さんが言った。
札ノ辻交差点を渡っていると、東京タワーがとても良く見える。
高さが333mの東京タワー。当時は高い建物の象徴だったけれど、今では周りのビルに囲まれてしまい、良く見える場所は少なくなっている。
一目見ると、誰もがわかる存在感がある東京タワー。
何だかウキウキするような気分になるのは、昭和の人間の性かもしれない。憧れの東京タワーだ。
スカイツリーもかっこよいけれど、東京タワーも根強い人気があるのも頷ける迫力がある光景だった。
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