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広瀬章人八段(35)波乱の終盤を制し山崎隆之八段(41)を降す 竜王挑戦者決定三番勝負第1局

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 8月9日。大阪・関西将棋会館において第35期竜王戦挑戦者決定三番勝負第1局▲山崎隆之八段(1組4位、41歳)-△広瀬章人八段(2組優勝、35歳)戦がおこなわれました。

 10時に始まった対局は22時18分に終局。結果は126手で広瀬八段の勝ちとなりました。

 第2局は8月23日におこなわれます。広瀬八段が勝てば、藤井聡太竜王への挑戦権を獲得。山崎八段が勝てば最終第3局にもつれこみます。

広瀬八段、再逆転で辛勝

 中継が始まる前、映像では見られませんでしたが、山崎八段は席に着く前、自分が上座なのか確認をしたそうです。

 山崎八段は以前、広瀬八段を「九段」だと勘違いしていたことがありました。山崎八段に限らず、ネット上でも多くの人が「広瀬九段」と呼んでいる例を見ます。

 広瀬八段は竜王1期、王位1期ほか、数々の実績があります。「九段」だとしてなんの違和感もありませんし、そちらの方がしっくりきそうです。しかし規定上はまだですので、同じ八段ならば、先輩の山崎八段が上座に着くことになります。

 振り駒の結果「歩」が3枚出て、上位者の山崎八段が先手と決まりました。戦型は山崎八段得意の相掛かりです。ただし現代流行の形にはならないのが、独創山崎流。序盤から時間を使って指し進めていきます。

山崎「しょうもないことを考えすぎました」

 局後、山崎八段はそう自嘲していました。しかしそうしてオリジナルな構想を見せるあたりが、山崎将棋の魅力でしょう。

 広瀬八段が動いて、山崎八段も反発し、本格的な戦いが始まります。以後は長く、互角の形勢が続いていきました。

広瀬「ずっと難しいか・・・。ちょっとこちらの陣形が、バランス取るのが大変なので。うーん、ちょっと。△8八歩から△7六歩取り込んだのがどうだったかなあと思ってたんですけど。まあなんとか、そうですね、互角の均衡を保って中盤を迎えたんですけど」

 71手まで進んだところで18時、夕食休憩に入りました。

山崎「序盤は相変わらず面白くない出だしかなと思ったんですけど。中盤、駒がぶつかってから、夕休のあたりは、なんかちょっと指せるのかな、と思ったんですけど」

 18時40分、再開。夜戦に入り、局面は終盤へと差し掛かっていきます。そこでまず優位を築いたのは広瀬八段でした。しかしそこからドラマが起こります。

 広瀬八段は王手銀取りをかけ、自玉上部を押さえる相手の銀を抜きます。常識的にはよさそうな順。しかし山崎八段には要所に馬を引く返し技がありました。形勢は大逆転で山崎八段優勢。その先の順に、広瀬八段にはうっかりしたところがありました。

広瀬「ちょっと恥ずかしいレベルの見落としをしてしまって。ちょっといきなり負けにしてしまったような気がしますね」「それがもちろんわかっていれば、その前に違う指し方が・・・。ただ、けっこうどの局面もきわどいので、なにかあったかどうか、ちょっとわかんないですけど。本譜はいきなり負けにしてしまったと思うので」

 山崎八段は相手のうっかりを察知。形勢好転を感じていました。

山崎「最後は負けかな、と思ってた局面で、いやちょっと・・・。大チャンスをいただいたんですけど」(苦笑)

しかし広瀬八段も開き直って勝負に出ます。

広瀬「いやもう最後はそうですね、勝負するしかなくなったなと」

 114手目。広瀬八段が自玉を中段に逃げます。持ち時間5時間のうち、残りは山崎5分、広瀬15分。ここで山崎八段は重大な選択を迫られました。

 考えること2分。山崎八段は自玉上部の金を馬で取りました。これはギリギリの一手勝ちを目指す順です。代わりに攻防の飛車を打ち、手堅い姿勢で臨むなど、違う方針もありました。

山崎「最後、寄せにいったほうがおそらくよかったんじゃないかなあ、と思うんですけど。ただ具体的にちょっとわからなかった・・・。ちょっと中途半端なことをしてしまいました。手堅くいくならもうちょっと手堅い手もあったような気が。▲4五飛車とか。まあ▲4五飛車が一番手堅かったですかね。いやなんかそう思ったんですけど、一分で・・・。自分の実力を考える意味で、寄せにいくというよりは、負けないように指さないといけなかった」

 終局後、山崎八段のぼやきは続いていました。

山崎「誰でも簡単に勝てる・・・」

 検討を続ける際、そんな自嘲も聞かれました。もちろん「誰でも」というわけにはいきませんが、山崎八段ほどの実力があって、さらに時間があれば、勝ちは読み切れたのでしょう。しかし対局中、時間はほとんど残っていません。そうなれば手がいいところに行くかどうか。「指運」(ゆびうん)の世界です。

 山崎八段は飛車を打って金の合駒を請求。そして119手目、じっと飛車を成ります。持ち時間を使い切って、あとは一分将棋。そこで形勢は逆転し、形勢は広瀬八段勝勢と変わりました。

山崎「余計なところで2、3分使ってるのが致命傷ですね」

 山崎八段が時間を使わされたのはもちろん、広瀬八段が強かったからでしょう。

山崎「銀もらえば(相手玉が)詰むかなと思ったんですけど、ちょっと詰みがわかんなくて。一瞬なんか(自玉の方を手で差しながら)詰まないかなと思ったんですけど。ちょっとひどいっすね。いや、詰将棋をやらないといけない(苦笑)。いや、すごい簡単な・・・。いや、いろいろ詰みがあってちょっと、あ然としました」

 広瀬八段、最後は正確に一手勝ちを読み切ります。自玉は受けなしに追い込まれますが、126手目、銀を捨てるきれいな王手で山崎玉は詰みです。

 山崎八段はがくっと首が落ちました。そして頭を抱えます。

「50秒、1」

 記録係にそこまで読まれたところで、あぐらから正座に戻ります。

記録「2、3、4」

山崎「負けました」

 山崎八段は次の手を指さず、投了。大熱戦の余韻を残す、美しい最終図となりました。

山崎「いや・・・」

 山崎八段は頭に手をやり、しばらくうつむいていました。そして上体を起こしたあと、もう一度「いや・・・」という声が出ました。

 広瀬八段はグラスを手にし、「ごくり」とのどを鳴らせながら、水を一口、二口と飲みます。竜王挑戦権を争うにふさわしい、大熱戦でした。

広瀬「この将棋はちょっと拾った形になったと思うんですけど、最終盤のミスは致命的になってしまうので、次局以降もそのへんは気をつけて、はい、がんばりたいと思います」

山崎「さすがに大チャンスはものにしないと、いけないなと思いますので。もう少し読みの精度と決断力を上げないと勝つチャンスもないかなあ、と思いますので。その二つを少しでもよくして、いい将棋を指したいなと思います」

 両者の通算対戦成績は山崎3勝、広瀬6勝となりました。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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