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一次予選屈指の好カードは伊藤匠七段が増田康宏七段に勝利 藤井聡太王将への挑戦権目指す第74期王将戦

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 3月1日。東京・将棋会館においてALSOK杯第74期王将戦一次予選▲増田康宏七段(26歳)-△伊藤匠七段(21歳)戦がおこなわれました。棋譜は公式ページをご覧ください。

 10時に始まった対局は16時43分に終局。結果は118手で伊藤七段が勝ちました。

 伊藤七段は次戦、北島忠雄七段-八代弥七段戦の勝者と対戦します。

 伊藤七段の今年度成績は47勝15敗1持将棋(勝率0.758)となりました。

 伊藤七段の対局数(63局)、勝数(47勝)は全棋士中のランキングで1位です。

若手実力者がいきなりぶつかる

「一次予選の最初からこの二人が当たるの?」

 トーナメント表を見たときにそう思ったのは、筆者だけではないでしょう。それだけ最近の両者の活躍はきわだっています。

 地域対抗戦では、最もエントリー棋士数が多く、強豪ひしめく関東B(東京、神奈川)で、両者はメンバー5人の中に選ばれています。

 王将戦では、順位戦でA級在籍者は一次予選が免除され、二次予選から参加ですきます。

 現在、増田七段はB級1組、伊藤七段はC級1組に所属。両者ともに今期最終戦で勝てば、昇級が決まります。

 王将戦でもリーグ入りし、挑戦権を争ってまったくおかしくない両者。しかしそのどちらか一人は、ここで早くも敗退となります。

 増田七段は過去9期参加で、一次予選を通過したのは1回。伊藤七段は3期参加で、まだ一次予選通過はありません。以上の成績もまた、本棋戦の厳しさが示されているといえそうです。

伊藤七段、白熱の終盤戦を制する

 王将戦の持ち時間は、一次予選、二次予選は3時間。挑戦者決定リーグは4時間。前々期(第72期)からはいずれもチェスクロック方式に変わりました。

 本局は増田七段先手で、角換わり腰掛銀に進みました。増田七段が銀矢倉に組み替えたあと、46手目、伊藤七段が6筋の歩を突っかけて動き、戦いが始まりました。

 増田七段は桂を取らせ、さらには角銀交換の駒損をしながら、いち早く伊藤玉に迫る形を作ります。

 76手目。伊藤七段は35分の考慮で玉を早逃げします。コンピュータ将棋(AI)が示す評価値だけを見れば、形勢はわずかに伊藤ペース。ただし残り時間は増田2時間13分、伊藤28分と大差がつきました。

 迎えた終盤も、スリリングな展開でした。102手目、伊藤七段が王手をかわして玉を一段目に引いたところで、伊藤七段は時間を使い切って、あとは一手60秒未満で指す「一分将棋」に。増田七段は残り11分。ここに至ってもまだ、勝負のゆくえはわからなかったようです。

 103手目。増田七段はあたりになっている8六銀を、7七と9七、どちらに引くべきか。状況的にここは、すでに指運(ゆびうん)の勝負だったのかもしれません。増田七段は53秒の考慮で、銀を9七に引きました。結果的にはこの手が敗着となったようです。

 104手目。伊藤七段は銀を打ち、増田玉に王手をかけました。この銀を取っても取らなくても、増田玉は寄り筋に入っています。

 伊藤七段は誤ることなく、きれいに増田玉を追い詰めていきます。盤面右側8筋にいた増田玉は、左側の4筋まで追われました。そして118手目、飛車打ちの王手を見て、増田七段は投了。以下は左端の1筋まで追われて、増田玉はぴったりと詰むことになります。

 伊藤七段は難敵を降して、今期王将戦の初戦を突破。藤井王将への挑戦権獲得ははるかなる道のりですが、まずはその第一歩を踏み出したことになります。

 伊藤七段は本局の翌日、3月2日は新潟市へ移動。3日には棋王戦五番勝負第3局で藤井棋王と対戦します。

 増田七段は、NHK杯では現在ベスト4。3月3日には準決勝・佐々木勇気八段戦が放映されます。

はるかなる王将位

 王将戦は今期で74期目を迎えた、歴史あるタイトル戦です。

 前期は藤井聡太王将に菅井竜也八段が挑戦。藤井王将が4勝0敗のストレートで防衛を果たし、3連覇を達成しました。

 ここで改めて、現在の棋戦の方式を見てみましょう。

 ほとんどの棋士は、まず一次予選からの参加となります。通過枠数は、二次予選シード者の数により、期によって異なります。

 近年の一次予選通過者は以下の通りです。

 勢いさかんな若手や元A級の実力者などがずらりと並ぶリストを見ているだけで、一次予選を抜ける大変さが伝わってきそうです。

 二次予選は基本的に18人でおこなわれ、挑戦者決定リーグ入りの3枠を争います。今期(第74期)の一次予選通過者は9人。さらに以下のシード者9人が加わります。

・前期リーグ陥落者(豊島将之九段、佐々木勇気八段、渡辺明九段)

・順位戦A級在籍者(広瀬章人九段、斎藤慎太郎八段、稲葉陽八段、佐藤天彦九段、中村太地八段)

・永世称号者(谷川浩司十七世名人)

 他に「タイトル保持者」というシード条件もありますが、現在は藤井王将が八冠を独占しているため、該当者はいません。また「永世王将資格保持者」もシード条件ですが、現役中で唯一その資格を有する羽生九段は、前期リーグで残留しています。

 二次予選まで勝ち抜いて、ようやく将棋界屈指の難関として知られる、王将リーグ(定員7人)にまでたどりつけます。そこで待っているのは、菅井八段、羽生九段、永瀬拓矢九段、近藤誠也七段です。

 過去に一次予選から参加し、二次予選、リーグを抜け、王将位挑戦まで至った例はわずかに3回。さらに獲得にまで至った例は、1985年度(第35期)の中村修六段(現九段)だけです。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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