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上白石萌歌が「死ぬ以外は何でもやるつもり」で挑んだ主演映画『子供はわかってあげない』が公開

斉藤貴志芸能ライター/編集者
撮影/松下茜 ヘア&メイク/冨永朋子 スタイリング/道端亜未

ドラマに音楽に活躍が目覚ましい上白石萌歌が主演した映画『子供はわかってあげない』が公開される。水泳部でアニヲタという高校生の役で、幼い頃に母親と離婚して行方知れずだった実父が新興宗教の教祖になったと知り、会いに行く。ほっこりして笑いを誘いながら心温まる作品となった。演技への取り組みの話には、豊かな感性と実直さがスクリーンで彼女を光らせていることがうかがえた。

おかしなことにも生活の香りがするのが好きで

――パーソナリティを務めるラジオ『GYAO! #LOVEFAV』で、一番好きな邦画が『リンダ リンダ リンダ』で「繰り返し何度も観る」と話されてました。

上白石 何かの節目だったり、作品がクランクアップした日は、必ず映画を観て安らいで寝るんです。それくらい映画が好きです。演劇でもドラマでも、エンタメは何でも好きですけど。

――他にも繰り返し観る映画はありますか?

上白石 『恋する惑星』とか『パターソン』とか。あと、『マリッジ・ストーリー』も繰り返し観ました。アダム・ドライバーさんが好きなので。『子供はわかってあげない』のオーディションでも好きな映画を聞かれて、「新宿のシネマカリテが好きで、いつかあそこにかかる作品に出られるようになりたいです」とお話したのを覚えてます。

――『子供はわかってあげない』の沖田修一監督の作品に出演するのも、念願だったとか。

上白石 『横道世之介』が心から大好きだったんです。沖田監督の作品は、すごくおかしなことが何ごともなかったかのように日常の一部として流れていたり、どのシーンも生活の香りがします。監督の言葉選びや間の作り方も好きで、現場で初めてサインをもらいました(笑)。

――女優として刺激を受けた作品というと、また別にありますか?

上白石 最近だとドラマの『大豆田とわ子と三人の元夫』ですね。私、坂元裕二さんの脚本も大好きなんです。『カルテット』や『東京ラブストーリー』も観ました。

――『東京ラブストーリー』は30年前のドラマですが。

上白石 自粛期間中に以前の作品も観たんです。ああいう言葉づかい、ちょっと違和感があるけど、すごく心に残るのがいいなと思っていて。いつか俳優として、坂元さんの書かれた言葉を発したいです。

大好きな監督の作品に出る側になれて光栄です

――萌歌さんは近年、大きな役が相次いで印象を残してきました。自分では特にお気に入りの作品はありますか?

上白石 分岐点になったと思うのは、去年9月のPARCO劇場から全国を回った、栗山民也さん演出の舞台『ゲルニカ』です。もともと栗山さんの舞台が大好きで、書かれた本を読んだりもしていた中で、10代か20代の早いうちにご一緒にしたいと強く思っていて。それが実現して、やりたいことをやらせていただけました。

――スペイン内戦下で、貴族の娘として何不自由なく育ち、実はスパイの兵士と恋に落ちるヒロインを演じました。

上白石 沖田監督もそうですけど、自分の中で大事にしてきた作品を生み出した方に、発信する側として出演させていただくことはとても光栄です。ここ数年で、そういう作品にすごく恵まれました。

――そうした方とかに言われて、今も糧になっていることはありますか?

上白石 『ゲルニカ』のとき、キムラ緑子さんと楽屋が一緒で、ずっとお話をさせていただいて。役者としての風格みたいなものをたくさん感じました。緑子さんは本当にお芝居に生きてこられた方で、そのためにはどういう人間であったらいいのか、会話をする中で触れられました。私の義母のような役どころで、本当にお母さんみたいな存在に思っています。

人と目を合わせて話すことを大事にしてます

――萌歌さんが今、女優として大事にしていることはありますか?

上白石 お芝居以前に、ちゃんと人の目を見ることです。あいさつひとつでも、人と人として、ちゃんと目を合わせて話すことが、結果的にお芝居にも活きてくると思います。

――昔からの心掛けですか?

上白石 そうですね。現場で周りのスタッフの方と目を合わせて「おはようございます」「お疲れさまです」と言いたいです。

――ここ数年で、悩んだ役もありましたか?

上白石 肉体的にも精神的にもハードだったのは、木村拓哉さん主演のドラマ『教場Ⅱ』です。警察学校の生徒役で、撮影はすごく緊張した日々で、立っていられないくらい体が辛いときもありました。でも、そういう厳しい現場に身を置けたことは誇りです。

――精神的なキツさという意味では、ドラマ『ファーストラヴ』はどうでした?

上白石 父親を殺してしまった役でしたけど、演じるのは結構楽しかったです(笑)。そう言ったら語弊があるにしても、あそこまで人間の心理にグッと入り込む役を一度やってみたかったんです。犯罪心理学や多重人格について、いろいろ勉強した時間も含めて、すごく濃密でした。

水泳選手役も3作めで運命を感じました

田島列島のコミックが原作で、『南極料理人』や『横道世之介』の沖田修一監督がメガホンを取った『子供はわかってあげない』。高校2年で水泳部の朔田美波(上白石)は書道部の“もじくん”こと門司昭平(細田佳央太)と好きなアニメで意気投合。彼の家で見つけたお札をきっかけに、幼い頃に別れたままの父親の居所を探しあて、家族に内緒で夏休みに会いに行くことに。新興宗教の教祖から指圧師になっていた実父の藁谷友充(豊川悦司)は怪しげで、美波は戸惑いながら海辺の町で一緒に過ごし始めるが……。

――『子供はわかってあげない』の美波役はオーディションで選ばれたんですね。

上白石 そうです。お芝居は脚本の一部をいただいて、他の方と役を交換しながら演じました。面接では、私はその時期、『3年A組(-今から皆さんは、人質です-)』に『いだてん』と水泳選手の役が続いていて、これが3作めだったので水泳の話をしたりしました。監督には「この役のためなら髪も切るし日焼けもするし、太るし痩せるし、何でもやります!」とお話しました。

――それだけこの作品に惹かれたということですか?

上白石 それもありますし、時期的に1コ前の作品が『いだてん』で、体重を大幅に増量したりして、その年の目標が「死ぬ以外のことはやろう」だったんです(笑)。歯を抜きたいとも考えていたくらい、役によって生かされることがすごく楽しいと実感した年で、この映画にも運命のようなものを感じていました。やるからには自分にとって大切な作品にしたかったので、「何でもやらせてほしい」と思っていたんです。

お芝居するより役として呼吸することを大事に

――観ているとずっとクスクス笑わされる作品ですが、演じるときはどんなノリだったんですか?

上白石 きっと真面目にやればやるほど面白いだろうなと思って、ひたすら真面目に取り組みました。長回しが多かったんです。もじくんと好きなアニメの話をしながら階段をどんどん降りていくシーンとか、お父さんと再会して海辺を歩くシーンとか、確かワンカットでした。そこで“お芝居”をしないというか、その場に役としていれば、多少言葉を間違えてもつっかえても、生きている感じとして受け入れてくださる雰囲気があって。ただしっかり役になって呼吸しようという意識が強かったです

――面白くしようとしたわけではなくて。

上白石 そうですね。監督もすごく狙っていたわけではないんですけど、常に笑ってくださっていたので、「これでいいのかな」と思いながら、お芝居できました。

――美波は自分との距離感という点では、どんなものでした?

上白石 結構近いかもしれません。今までの役の中で、一番肩の力を抜けました。ガチッと身構えて役に入るというより、リラックスして役を自分の中に取り入れる意識が強かったので。撮影に入る前に何度かワークショップを開いていただいて、細田佳央太さんと一緒にお芝居をする日があったんですけど、ジェンガやトランプのババ抜きをしながら掛け合いをしたりしました。台詞を台詞として言うのでなく、無意識のうちに発する。息を吸って吐くように台詞を言っていいんだと、この作品で教えてもらったのが、すごく新鮮な経験でした。

――キャラクター的にも近いところはあったんですか?

上白石 美波は泳いでいるときはちょっと孤独に見えて、そこに自分を見出していて。私もこの作品を撮った年は水の中にいることが多くて、泳ぐことで自分としっかり向き合えたところでは、すごく繋がっていたかもしれません。

10代の恥じらいや女の子らしさを削ぎ落として

――逆に、普段の自分にない部分を作ったりもしましたか?

上白石 ガニ股で歩いてみたりしました(笑)。あと、10代の高校生ならではの恥じらいみたいなものは、なるべく捨てました。ラストシーンではもじくんとお互いの恥じらいが爆発しますけど、それまでは女の子らしさもなるべく削ぎ落としました。なので、この役のために初めて髪を20cmくらい切って、少年と少女の間、大人と子どもの間みたいな、あいまいな像を追求するようにしました。

――美波はアニヲタでもあって。萌歌さんは以前に『3D彼女』でもアニヲタ役を演じましたが、今回はよりナチュラルなオタク感がありました。

上白石 私は正直、アニメには精通していませんけど、人って自分の好きなものについて語るときは、ワッと火照ったりしますよね。誰にでもある熱の入り方を美波のアニメ好きと結びつけて、たぎるような感じを意識しました。

――萌歌さんにとって、そこまでたぎるものは何ですか?

上白石 音楽ですかね。心の栄養というか、音楽はごはんと同じくらいに思っています。

――ご自身でもadieuとして音楽活動をしていて、ラジオのレギュラー番組も始まって、いろいろお忙しいかと思いますが、息抜きもしていますか?

上白石 大学にも通っていて、レポートに追われる日々もありますけど、その合間に舞台や映画を観たり、美術館に行ったり、エンタメに触れている時間は本当に心が安らぎます。あとは、自炊ですね。自分で食べるものをちゃんと作るのは、大事な時間だと思います。

――どんなものを作っているんですか?

上白石 酢の物をいっぱい作り置きしたり、鍋とか簡単なものから、ちょっと手の込んだハンバーグとかもたまに作っています。グリーンカレーは意外と難しかったんですけど、作っていると無心になれます。

台本で最初に名前が出て責任感が強くなってます

――10月からは連ドラ初主演の『ソロモンの偽証』がスタートしたりもしますが、女優として次のステップに入っている感じはしますか?

上白石 どうなんでしょう? そこまで自分を客観視できていませんけど、台本をめくって自分の名前が最初にあるとビックリしますし、ちゃんと作品を良いものにしなきゃいけないと、強い責任感は生まれつつあります。

――大役が続くことが、自信に繋がってもいますか?

上白石 いえ、まったく自信はなくて、どうやったらつくんだろうと思うんですけど、緑子さんが「自分のお芝居に満足したら終わり」とおっしゃっていて。だから、自分の出た作品を自分で観ると、「もっとこうできたな」という連続ですけど、それはきっと間違ってはいないんだと思います。

――向上心の裏返しということで?

上白石 追求はどんどんしていきたいです。私の両親はどちらも教師で、「学びを止めるな」ということを常に言ってもらっていました。

――『子供はわかってあげない』は試写で観ると、どんなことを感じました?

上白石 恥ずかしかったんですけど、今までで一番“作品”として観られたというか、観客として楽しむことができました。

――それだけ美波役で自然な演技ができていたんでしょうね。

上白石 とにかく肩の力が抜けて良かったのと、純粋に私自身が沖田監督の世界の中で生きているのがすごすぎて、感動しました。

――この映画は10代最後の夏に撮ったそうですが、21歳の今年の夏はどう過ごしますか?

上白石 ダイビングのライセンスを取りたいです。水の中が好きなので、今は無理としても旅行に行ったとき、ライセンスを持っていたら、きれいな海の中を見られたりするので。あと、私の水泳選手役での個人メドレーは、あとバタフライをやったら終わるので(笑)。今はバタフライはそんなに上手でないので、練習しておきたいなと思っています。

撮影/松下茜

Profile

上白石萌歌(かみしらいし・もか)

2000年2月8日生まれ、鹿児島県出身。

2011年に第7回「東宝シンデレラ」オーディションでグランプリ。2012年にドラマ『分身』で女優デビュー。主な出演作はドラマ『義母と娘のブルース』、『3年A組-今から皆さんは、人質です-』、『いだてん~東京オリムピック噺~』、『天使にリクエストを~人生最後の願い~』、映画『羊と鋼の森』、『3D彼女 リアルガール』、アニメ映画『未来のミライ』、『劇場版ポケットモンスター ココ』など。主演するドラマ『ソロモンの偽証』(WOWOW)が10月3日よりスタート。2022年前期の連続テレビ小説『ちむどんど』(NHK)に出演。ラジオ『GYAO! #LOVEFAV』(J‐WAVE)でナビゲーター。adieuとしてリリースしたミニアルバム『adieu 2』が発売中。

『子供はわかってあげない』

監督/沖田修一 原作/田島列島 配給/日活

テアトル新宿で先行公開中、8月20日より全国ロードショー

公式HP

(C)2020「子供はわかってあげない」製作委員会 (C)田島列島/講談社
(C)2020「子供はわかってあげない」製作委員会 (C)田島列島/講談社

芸能ライター/編集者

埼玉県朝霞市出身。オリコンで雑誌『weekly oricon』、『月刊De-view』編集部などを経てフリーライター&編集者に。女優、アイドル、声優のインタビューや評論をエンタメサイトや雑誌で執筆中。監修本に『アイドル冬の時代 今こそ振り返るその光と影』『女性声優アーティストディスクガイド』(シンコーミュージック刊)など。取材・執筆の『井上喜久子17才です「おいおい!」』、『勝平大百科 50キャラで見る僕の声優史』、『90歳現役声優 元気をつくる「声」の話』(イマジカインフォス刊)が発売中。

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