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前途多難のスタートを切ったビデオ判定。焦点は2分20秒の空白

清水英斗サッカーライター
クラブW杯で試験導入されたビデオ判定(写真はレアルマドリード対クラブアメリカ)(写真:アフロスポーツ)

サッカーのビデオ判定は、前途多難のスタートを切った。

クラブワールドカップ準決勝のアトレティコ・ナシオナル対鹿島アントラーズは、前半30分のフリーキック場面で、ビデオ判定が行われ、主審は西大伍に対するFWオルランド・ベリオのファールを宣告した。PKが与えられ、鹿島は先制ゴールを挙げている。

問題は、この判定にかかった時間だ。

前半27分50秒辺りで発生した接触のあと、試合はそのまま流れ、28分35秒にアトレティコ・ナシオナルのスローインになった。ここで主審ビクトル・カサイは、プレーを再開する選手を止め、ビデオ判定中であることを示す。

主審はリモート車で映像をチェックしているビデオ副審と、ヘッドセットで会話をした後、29分35秒に笛を吹き、バックスタンド側に設置されたモニターへ走った。自分の目で映像を確認すると、30分10秒辺りでPKを宣告。

集計すると、ファールからPK判定まで、2分20秒かかっている。PKでゴールが決まり、再び試合が始まるまでを含めると、4分以上だ。その間、選手や観客は、動きのないスタジアムに立ち尽くした。

判定に時間がかかった理由

なぜ、こんなにも時間がかかるのか? 慣れればもっと短くなるのか。

しかし、この判定は難しい。最終的にベリオがトリッピング(足を引っかける行為)をしたのは間違いないが、そもそもの接触は、西から始まった。柴崎岳がフリーキックを蹴る瞬間、ディフェンスラインを下げようとするベリオに、一歩踏み込んで身体をぶつけ、西が相手をブロックしている。これはオブストラクション(進路妨害)の反則となる可能性がある。もし、この反則を吹けば、その後のベリオのトリッピングは問題にならない。つまり、PKではなかった。

さらに西がオフサイドポジションだったことも、状況をややこしくする。実際に西のオフサイドを主張する、アトレティコ・ナシオナル側のファンもいるようだ。ただし、その解釈は正しくない。

現行のルールでは、オフサイド判定の対象は、ボールをプレーした選手、ボールに向かう相手競技者を妨害した選手となっている。今回の西はボールに触っておらず、相手競技者のベリオも、このオフサイドの瞬間ではボールに向かっていない。(落下地点に向かったわけではなく、ラインを下げただけ)。西はオフサイドにはならない。しかし、改正を重ねたオフサイドルールはあまりに複雑で、ファンがそう主張するのも、理解はできる。

もうひとつ、この判定は、場所の問題もある。ペナルティーエリアに入る手前、ぎりぎりの位置。もし、これがエリア外であれば、そもそもビデオ判定の対象から外される。ビデオ判定を使用するのは、得点、PK、一発退場、人間違いの場面に限定されるからだ。エリア外だったかどうか、ファールの場所も見る必要がある。

つまり、単純に足を引っかけたかどうかでは済まない。ビデオ判定をするなら、一連のジャッジをすべて見直す必要があるのだ。そして、映像を見たビデオ副審が判断し、それを主審に伝え、主審が最終的な判定を下す。

このとき、カサイ主審は自分の目で確認するために、モニターの元へ走っている。この行動はマストではないが、しかし、この複雑な場面を、ビデオ副審のアドバイスのみで正しく理解するのは不可能と感じたのではないか。

それは主審として、試合運営に責任を取るための行動だ。その責任感が、2分20秒の中断を生み出したと言える。

これまでにオランダ等で行われたビデオ判定の試験導入では、10秒以内に判定できるという話が出ていたが、かなり単純なシーンに限られるのではないか。自動車のカタログに載っている燃費のようなもの。一定の条件下で計測されたデータに過ぎないのではないかと推測する。

空白の時間が、混乱を巻き起こすリスク

さて。この2分20秒の中断が、ビデオ判定をやる以上、やむを得ないものだとしたら、これをどう捉えるか。

サッカーの流れが悪くなるのも気になるが、もうひとつ気になるのは、空白の時間だ。接触からスローインでプレーが切れるまで、45秒。もし、この間にアトレティコ・ナシオナルのゴールが決まったり、あるいは鹿島がレッドカードを受ける反則を犯したら、どうなる?

その場合、時間はPKの時点に巻き戻される。つまり、この45秒間に起きたことは、無かったことになるのだ。今回は45秒だったが、もっと長いケースも考えられる。これを当事者のチームやサポーターが、受け入れられるだろうか? 

4年に一度のワールドカップや、その大陸予選で同じことが起こったらと思うと…。西のオブストラクションやオフサイドを取らなかったことに対し、大きな不満が吹き出すことは想像に難くない。レアル・マドリードのジネディーヌ・ジダン監督、ルカ・モドリッチらが「混乱を巻き起こす」と言った、その通りのことが起きる。

なぜ、こんなに面倒くさい?

ビデオ判定って、こんなに面倒くさいの? 他の競技では、とっくに導入しているのに? そう思った人も多いのではないか。

向き不向きがあるのだ。サッカーだから面倒になる。他のスポーツとの大きな違いは、次の2点だ。

1.サッカーが、試合の流れを重視するリアルタイム・スポーツであること

2.デジタルな判定よりも、人間の主観に拠る球際などの判定が多いこと

テニスやバレーボールなど、他の競技で(少なくともサッカーに比べれば)スムーズにビデオ判定が導入されたのは、これらの要素が非常に大きい。

1については、すでに一部の選手やメディアが違和感を述べている。試合がぶつ切りになれば、サッカーの魅力が減るのは間違いない。「こういうもの」と最初から思っていれば平気だが、そんなことは不可能だ。

しかし、この「ぶつ切り」という違和感は、テニスやバレーボール等には少ない。競技そのものが、1点ごとにプレーが切れる、ぶつ切りの仕組みだからだ。ルールとしてタイムアウトもあり、たとえビデオ判定に多少の時間がかかっても、大きな違和感ではないだろう。そこが、自然な流れを重視するサッカーとは根本的に異なる。

2の判定特性もポイントだ。

テニスやバレーボールの判定は、客観的に0か1で分けられるデジタルなものが多い。ボールがラインを越えたか否か、ボールが当たったか否か。それらを見極めるのは、テクノロジーが得意とする分野だ。

サッカーでもゴールラインテクノロジーは、すんなりと受け入れられた。その理由は、ボールがゴールラインを割ったか否かの客観的な判定、つまり人間の主観によって変わらない、0か1のデジタル判定を助けるためのツールだったからだ。

しかし、前述したベリオのファール場面のように、サッカーの判定の多くは複雑だ。もちろん、ルールや基準はあるが、状況が複雑なので、それらをどう適用するべきか。どの接触を「不用意、無謀、過剰な力」と判断するか。それは人間の主観に左右される。その主観をひとりの人間に委ねるため、誕生したのがサッカーの審判なのだ。

このサッカーの原則は、ビデオ判定だろうが、従来の審判だろうが、変わらない部分である。もし、これを変えるとなると、根本からサッカーのルールをひっくり返すしかないが、それならば、フットボールがラグビーとサッカーに分かれたくらいの別離をしたほうが、個人的にはスッキリする。

2分20秒が”長いほう”と、言える?

また、今回の2分20秒の中断時間。これは長い部類と言えるだろうか?

ビデオ判定が当たり前になれば、積極的にビデオ副審の助けを得ようとする主審が出てくるかもしれない。わからなくても、とりあえず笛を吹いて、間違っていたらビデオ副審に訂正してもらえばいいのだ。

審判は1試合ごとにパフォーマンスを評価されるため、大きな誤審を犯せば、評価は地に落ちる。ブラジルワールドカップ開幕戦のPK判定のあと、西村雄一氏が全く試合を担当できなくなったように。(もっとも、あの判定はルールの適用としては正しかったが)。

逆に言えば、誤審を犯さないように、積極的にビデオ判定に頼ろうとする主審が出てきても不思議はない。2分20秒の中断は、今回は1試合で1回だったが、3回、4回と起こるかもしれない。

もうひとつ、ビデオ判定のリスクとして、選手の意識が考えられる。

西のシーンに見られるように、相手にぶつかって、競り合いを誘発すれば、相手がファールの一線を越えた“やり返し”をしてくる。そして、それをビデオ判定は見逃さない。今回の西は、わざとやったわけではないと思うが、西の行為を意図的にやり、相手を挑発してPKをもらおうとする選手は、ほぼ間違いなく出て来るだろう。あるいはゴール前にどんどんハイボールを放り込み、わざと密集の混乱を作ることも、PK奪取において有効だ。

このようなファールの挑発が横行することは、充分に考えられる。そうなったら、ビデオ判定を必要とするシーン自体も増えるため、試合はさらにぶつ切りになる。2分20秒の中断が「MAXだ」など、誰に言えようか。

ビデオ判定は前途多難だ。今のままでは到底導入できないし、少なくとも現在は、追加副審+ゴールラインテクノロジーが、最高の判定システムに違いない。

もちろん、ビデオ判定が歴史的な誤審を防ぐ効果も、やはり捨てがたいものだ。

最後に言いたいのは、ビデオ判定は決して魔法ではない、ということ。そもそもの話だが、「ビデオ判定でストレスがなくなる」「誤審がなくなる」という認識自体が、幻想に過ぎない。そもそも「誤審」と言い切れるのは、サッカーの判定の中でも、デジタルな特性を持った部分だけ。

人が判定する以上、エキスパートの間でも解釈は分かれるし、“ビデオ誤審”も充分にあり得る。ビデオ判定が“絶対正義”と考えられてしまうと、判定タイムの短縮を含めて、今以上の改革は難しいだろう。ビデオ判定が頼りにされればされるほど、判定は慎重にならざるを得ない。

「ビデオ判定も完璧じゃない」「サッカーは人が見る以上、解釈に幅が出る」という認識が、あたりまえに広まること。

これは、“サッカーに適用できるビデオ判定”を導入するための、最低限のスタートだろう。もっとも、それをスタートにするなら、追加副審+ゴールラインテクノロジーで構わない気はするが…。

ビデオ判定の試験導入は、今後も見守っていく。

サッカーライター

1979年12月1日生まれ、岐阜県下呂市出身。プレーヤー目線で試合を切り取るサッカーライター。新著『サッカー観戦力 プロでも見落とすワンランク上の視点』『サッカーは監督で決まる リーダーたちの統率術』。既刊は「サッカーDF&GK練習メニュー100」「居酒屋サッカー論」など。現在も週に1回はボールを蹴っており、海外取材に出かけた際には現地の人たちとサッカーを通じて触れ合うのが最大の楽しみとなっている。

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