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本当に医者は余るのか?

榎木英介病理専門医&科学・医療ジャーナリスト
疲弊する医療現場が救われる日は来るか?(写真:アフロ)

37年ぶりの医学部開設

医師不足は深刻だ。長時間労働は当たり前。医師の集団離職で閉鎖に追い込まれる診療科といった事例は、もはやニュースにもならない。とにかく人手が足りない。

病理医の私も、日々大量の標本を診断するなかで、ヘロヘロになっている。だったらこんな記事書いてないで休めよ、と言われそうだが、記事を書くのは精神衛生上のリフレッシュでもあるので、ご容赦いただきたい…

こんな中、待望の医学部が誕生した。東北医科薬科大学医学部だ。震災復興の特例として開設される。

来年には千葉・成田にも医学部が誕生する。国際医療福祉大学医学部だ。こちらは国家戦略特区ということで開設が認められた。国際性を重視した教育を行うという。

医師が一人前になるのに10年かかるというが、疲弊する医療現場には朗報のようにみえる。

医師不足はもうすぐ解消?

ところが、こんななか、厚生労働省の医療従事者の需給に関する検討会 医師需給分科会(第4回)で、医師不足はもうすぐ解消されるという資料が公表された。

医師需給は、中位推計においては、2024年(平成36年)頃に、上位推計においては、2033年(平成45年)頃に均衡すると推計される。なお、いずれの場合も需給が均衡した後は、将来人口の減少により、医師の需要は減少すると考えられる。

供給推計 今後の医学部定員を平成28年度の9,262人として推計。

需要推計 (上位推計)様々な前提・仮定(※)のうち、最も医師の需要推計が大きくなる組み合わせで行った推計

(下位推計)様々な前提・仮定(※)のうち、最も医師の需要推計が小さくなる組み合わせで行った推計

※ 精神病床の入院受療率、外来医療の受療率、労働時間について幅を持って推計(別紙参照)

※※ 女性医師、高齢医師、研修医については、それぞれ働き方等を考慮し、30~50歳代の男性医師を1とした場合に、女性医師0.8、高齢医師0.8、研修医1年目0.3、研修医2年目0.5として推計

出典:医療従事者の需給に関する検討会 第4回 医師需給分科会 資料1 42ページ

2024年といえばわずか8年後。東北医科薬科大学医学部の一期生がまだ研修医を終えたばかりの時期だ。

いち検討会の資料が政府の見解、というわけではないが、医学部新設で沸くこの時期に公表されたことで、いったいどうなっているのだ、と思った人もいることだろう。

過重労働是正を考慮に入れると…

東京大学の湯地 晃一郎氏は医師の過重労働を解消することを考慮にいれると、医師不足は解消しないと指摘していた。

我々の総労働時間シミュレーションから、今後医師数が増加しても、総労働時間の増加は高齢医師・女性医師の増加分に相当し、医師の交替制を敷くことは不可能であり、仮に医師の過重労働を改善した場合には、総労働時間は全く増加せず現在の総労働時間にも遠くおよばないことがお分かりいただけたと思います。

出典:勤務医の過重労働:酷使される勤務医の実態と、その解消策

今回の厚労省検討会の資料では、高齢医師、女性医師、研修医等の働き方や労働時間の適正化も考慮に入れているというが…

先ごろ特定非営利活動法人医療ガバナンス研究所を設立した上昌広氏は、地域格差が問題だと指摘する。特に首都圏が深刻だという。

一目見てわかるが、首都圏のすべての県で医師不足は悪化する。団塊世代が亡くなる35年頃に一時的に状況は改善するが、その後団塊ジュニア世代が高齢化するため、再び医療ニーズは高まる。多くの県で50年の75歳人口千人あたりの60歳未満の医師数は、現在の3分の2程度になる。

出典:首都圏の医療が崩壊の危機 医師不足深刻で中東並み 解消と逆行する厚労省の詭弁

こうした指摘と、厚労省の検討会の資料の間にはギャップがある。果たして未来はどちらに近いのか…

未来は予測できない

今私たち医師が人材不足のなか疲弊しているのは、過去の医師需給バランスの予測が失敗したからだ。医師が余るという予想のもと、医学部の定員を制限してきたが、その予測が外れたから今がある。

未来の予測など結局あてにならないのだ。これから人工知能やロボットが進歩し、医師の代わりをするかも知れないが、それがいつなのかは分からない。それなのに、10年以上も前に需給バランスを予測して、学生を教育していかなければならない。そこに無理があるのだ。

どうすればよいか。

医学部定員にある程度ゆとりを持たせるべきなのではないだろうか。湯地氏や上氏の厳しめの予測も考慮し、医師を養成する。もしその予測がはずれても、医学部卒業生や医師が活躍できるキャリアパスはある。TBSに入る医学部卒業生のようなキャリアも含め、外国まで視野に入れれば、視界は広がる。TBSに入る医学部卒業生が批判されるのも、医学部定員が需要を下回ってカツカツだからだ。

医師の多くや医師会などは、医学部新設に猛反対している。分からないではない。供給過剰になった歯科医師や弁護士がおかれた状況を考えれば、新規参入を防ぎたくもなる。

しかし、考えるべきは社会に適切な医療を提供するということだ。ここは既得権益や立場を超えて、議論していくことが必要だ。医師の数や医学部の定員は適切な医療を提供するための手段であって目的ではない。

と、ここまで書いたが、どんな予想も、今日の仕事にはまだ関係ない。さて、山積みされた標本を見始めることにしよう。

病理専門医&科学・医療ジャーナリスト

1971年横浜生まれ。神奈川県立柏陽高校出身。東京大学理学部生物学科動物学専攻卒業後、大学院博士課程まで進学したが、研究者としての将来に不安を感じ、一念発起し神戸大学医学部に学士編入学。卒業後病理医になる。一般社団法人科学・政策と社会研究室(カセイケン)代表理事。フリーの病理医として働くと同時に、フリーの科学・医療ジャーナリストとして若手研究者のキャリア問題や研究不正、科学技術政策に関する記事の執筆等を行っている。「博士漂流時代」(ディスカヴァー)にて科学ジャーナリスト賞2011受賞。日本科学技術ジャーナリスト会議会員。近著は「病理医が明かす 死因のホント」(日経プレミアシリーズ)。

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