「日銀のマイナス金利には底がない」和製ソロスが予言。地銀再編やフィンテックが加速する
これまで名目金利はゼロより下には下がらないというのが常識でした。しかし日銀はゼロ金利政策をマイナス金利政策に転換しました。このマイナス金利に下限はあるのでしょうか。債券のヘッジファンドでは世界最大級の資産運用会社「キャプラ・インベストメント・マネジメント」の共同創業者、浅井将雄さんにインタビューしました。
――今回、日銀が「マイナス金利」を導入しましたが、市場は予想していたのでしょうか
「黒田バズーカ第3弾と言われているようにマーケットの予想を超える対応をしたと思います」
――「中国経済のバブルが崩壊する」「米国の利上げにより資金が引き揚げて新興国が破綻する」「米国の経済成長がそれほど強くない」という不安が広がり、市場はリスクオフになり、退避資金が円に向かっていました。日銀が何もしないと円高トレンドに戻ってしまうという懸念が膨らんでいました。市場は日銀の次の一手をどう読んでいたのでしょうか
「基本的には従来の枠組みで質的・量的緩和で国債の買い取りないしは、さらなるリスクアセット購入の増額で対応するだろうとマーケットは予想していたと思います」
――なぜ、そう考えていたのでしょう
「日銀の黒田東彦総裁の手法としてマイナス金利の導入は金融機関への大きな影響も含めて、現状では採っていく策ではないという立場だったのは事実なので、我々としてはこれまでの黒田総裁の発言に従ってマイナス金利導入よりも質的・量的緩和の拡大を予想していました」
――アベノミクスの司令塔、甘利明経済財政・再生相が建設会社からの金銭授受問題を巡り引責辞任したことも影響したのでしょうか
「安倍政権からいろいろな発言があったと思いますが、甘利さんの辞任とは直接、結びついていないと思います。日銀の政策と政治スキャンダルとは一致していないと思います」
――では黒田・日銀が市場の予想を超えてマイナス金利を導入した理由は何だったのでしょう
「円高への歯止め、世界的なリスクオフ下で、退避資金がマイナス金利をすでに導入しているユーロなど欧州通貨を敬遠して円に流れ込むのに対抗することがまずあったと思います」
「次に資源価格の下落により消費者物価指数(CPI)の上昇が鈍化し、2%のインフレ達成という日銀のコミットメントに対してマーケットの疑念が生じてきているため、物価の基調を着実にする狙いがあります」
「また、中国をはじめとする新興国、原油安による資源国経済の先行き不透明感に対する金融市場の不安を払拭するということが大きかったのではないでしょうか」
――マイナス金利の効果は今のところてきめんに現れているように感じます
「今回、日銀が従来の質的・量的緩和に対してマイナス金利を導入したことによって日銀はより多面的な金融緩和を実施することができるようになりました。もともと金利の操作というのは日銀が積極的に行ってきたものです」
「金利の誘導に関して日銀は歴史的に非常に経験があるわけで、マイナス金利の導入で金利の操作によって景気を誘導していくという手段を再び手に入れたということでは大きな評価があります。さらなるマイナス金利を積極的に誘導していく可能性が高まっていると思います」
――マイナス金利の下限はありますか
「ありません」
――そうすると日銀はかなりのフリーハンドを手に入れたことになります
「すでに欧州では欧州中央銀行(ECB)のマイナス金利が30ベーシスポイント(ベーシスポイントは0.01%なので0.3%)。日銀としても10ベーシスポイント(0.1%)程度でとどまるようなマイナス金利の政策ではなく、さらに大きめのマイナス金利という計算をしているかと思います」
(筆者注)スイスは昨年1月に政策金利をロンドン銀行間取引金利(LIBOR)3カ月物でマイナス0.75%からプラス0.25%に設定。デンマークのマイナス金利は現在0.65%、スウェーデンは0.35%。
――マイナス金利の導入で市場は日銀を敵に回すことはできないと思ったのではないでしょうか
「市場は日銀を敵に回す必要はありません。今回、敵に回されたのは金融機関です。伝統的な銀行について今後、日銀に過剰な当座預金を積んだ場合、0.1%のマイナス金利が適用されるということですから、特に経営体力が弱い小規模銀行はマイナス金利による収益の悪化が懸念されると思います」
――地銀の再編が加速していくということでしょうか
「金融庁もそういう方向にいっています。日銀のマイナス金利政策が小規模銀行に負担を課すものになり、金融機関の再編・統合に向けた第1歩になるでしょう。日銀のマイナス金利政策は結果的にその背中を押すような政策と言えると思います」
――これまで日銀当座預金が積み上がってきたのは市中の貸し出し先が見つからない、成長分野が見当たらないことも原因になっていました。マイナス金利政策で市中の貸し出しに資金は向かうのでしょうか
「いや、それはないですね。構造的に日本の資金循環が変わって、貸し出しに大きく流れていくような環境下にないのは間違いないと思います」
「ただ今回のマイナス金利の目的自体が、金利のスタート地点を大きく下げることによって、企業のコンフィデンスの改善やデフレマインドの転換を起こす可能性があります。それが物価全体の基調を変えていくという可能性はあると思います」
――国債や外債を買う動きが出てくるのでしょうか
「日銀がマネタリーベースを増やす目的で国債を買い続ける以上、日銀当座預金の残高は増えてくると思います。それで、ただ置いておくとマイナス金利になるので、国債を買ったり外債を買ったりするという可能性はあります。それが積極的に進むかどうかということでは、なかなか難しいのではないかなと思います」
――海外でのM&A(企業の合併や買収)が加速していく可能性はどうでしょう
「ますます物価の基調に悪影響が及ぶリスクが増大しているということを未然に防ぐのが今回のマイナス金利の目的で、M&Aを加速させるために日銀がマイナス金利を導入したわけではありません」
「もっと普通に考えた方が良いと思います。マイナス金利を導入することによって伝統的な銀行はコスト削減に大きく手を打つ必要が出てきます」
「たとえば決済システムが変わっていって、フィンテック(金融と技術を組み合わせた金融サービス)の開発速度が上がってくるとか、そういうことがおそらく社会的に起きてきます」
――銀行がコスト削減を迫られ、IT(情報技術)との融合を迫られるということですか
「融資審査のコスト削減とか、住宅ローンの窓口対応をどう変えていくとか、システムとして方向性を変えていくということが技術革新として必要になってきます」
――中国経済のバブル崩壊の可能性についてはどう見ておられますか
「中国全体として金融リスクが蓄積しているということは変わりません。中国経済がさらなる減速を開始している、成長のモデルが弱くなってきているというのはご存知のところでしょう」
「そのベースとなっているのが1人っ子政策による弱い人口動態です。継続不可能な成長モデルからのシフトがさらなる減速につながるとマーケットは予想しているわけです」
「今のところ中国人民銀行(中央銀行)によって追加金融緩和をしたりして成長のサポート、デフレリスクの抑制を行ってきており、これは今年のトレンドとして続けられます」
「信用残高の増加が持続不可能な水準になってきて、この負債の積み上がりを将来、解消するのが非常に難しい状況になってきています。これは日本のバブル期と同じような状況になって、ハードランディングのリスクは増えてきていると言えると思います」
「中国全体としてやはり産業界の過剰供給というのが非常に大きな問題で、これを抱えたまま中国経済の減速が行われ、それに伴って市場のボラティリティ(変動性)が増すとハードランディングというシナリオが否定できません」
「しかしまだ追加緩和の余裕もあるし、どういった形でテコ入れするのか注意を要しますが、まだまだ問題を先送りするだけの体力を中国は残していると思います」
「それよりも中国経済の減速と市場のボラティリティが債務の拡大に悩まされている新興国の向かい風になってくるスピードの方が速いと思います。もう少し小さい国の経済がぐっとシュリンク(収縮)してくる可能性があります」
――米国の利上げは新興国経済に影響を及ぼしますか
「中国経済の減速の方が影響は大きいと思います」
――米国経済の見通しはどうでしょう
「米国経済は近いうちに少し減速するのではないでしょうか。米連邦準備理事会(FRB)は雇用ベースに利上げをしていくけれども、年間100ベーシスポイント(1%)の利上げというのはもう想定されないと思います。FRBの追加利上げの幅は小さいですが、FRBの追加利上げをやめさせるほど極端に悪化する可能性も低いでしょう」
――何か兆候は現れていますか
「原油安、米ドル高、在庫調整、グローバル経済の逆風を背景に製造業とエネルギーセクターを中心に減速が見られてきています」
――難しい1年になりそうですね
「そうです。世界経済のモーメンタムにとっては舵取りが難しい1年になると思います」
――日銀のマイナス金利に関して今の時点で採点するとしたら、何点ぐらいですか
「始まったばかりです。これは点をつけるのではなくて、日本にとってゼロ金利政策からマイナス金利政策の第1歩を記したということで、これは大きなマイナス金利への第1歩に過ぎません」
「今、踏み切ったということは100点かもしれませんが、これは150点にも200点にもなりうる、日銀にとっては金利をマイナスにするというフリーハンドを得たことでマイルストーンになる政策だと思います」
「100点とかじゃなく、次がある政策です。このカードを切って終わりではないのです。これは継続的に行われる政策だと思います」
――金利がマイナスになるというのは成長がどんどんマイナスになっていくような印象を受けますが
「潜在成長率の低下はこれまで指摘されている通りです。成長の果実というのは潜在成長率ぐらいにしか取れないので、こういう時間稼ぎの政策の間にインターネットなど大きな技術革新の波が金融のマーケットの中にも入ってくるということが大きいのではないでしょうか」
「金融機関の再編を通じて、伝統的な銀行業務の中で技術革新の波がくるのかどうか、ここに今後、収益確保に苦戦する銀行セクターのチャレンジがあるのだと思います」
(おわり)
浅井将雄(あさい・まさお)
旧UFJ銀行出身。2003年、ロンドンに赴任、UFJ銀行現法で戦略トレーディング部長を経て、04年、東京三菱銀行とUFJ銀行が合併した際、同僚の中国系米国人ヤン・フー氏とともに14人を引き連れて独立。05年10月から「キャプラ・インベストメント・マネジメント」の運用を始める。米マサチューセッツ工科大やコロンビア大教授ら多くの博士号取得者が働く。ニューヨーク、東京、香港にも拠点を置く。日本子会社の取締役には「ミスター円」の愛称で知られる元財務官の榊原英資(さかきばら・えいすけ)氏、ノーベル経済学賞受賞者のマイケル・スペンス氏もアドバイザーの1人だ。債券系ヘッジファンドではロンドン最大級、ヘッジファンド預り資産でもロンドントップ5。旗艦ファンドのキャプラグローバルリラティヴバリューファンドでは運用開始以来、リーマンショック期も含め、全年度にてプラスを計上、平均年度収益も10%を超える。