「原子番号0」!?中性子だけで構成された未知の原子核を新発見
どうも!宇宙ヤバイch中の人のキャベチです。
今回は科学ヤバイchに投稿した、「中性子のみで構成された原子番号0の原子核を新発見」というテーマについてお送りしていきます。
●テトラ中性子核
理化学研究所や東京大学の国際共同研究チームが4個の中性子だけでできた原子核「テトラ中性子核」を生成し、陽子を含まない複数個の中性子が原子核を構成して存在できる新たな証拠を得たと発表しました。
陽子を1つも含まない、いわば「原子番号ゼロ」の奇妙な原子核を観測したのです。
この研究成果は2022年6月22日、科学雑誌「Nature」に掲載されました。
宇宙に存在するもの、水も空気も、そして私たち生命もすべての物質は原子で構成されています。
原子の直径は、およそ1億分の1cmで、原子は原子核とその周りを取り巻く電子で構成されます。
原子をさらに1兆分の1cmまで拡大していくと、原子の内部に陽子と中性子で構成される原子核が見えてきます。
電子に比べ、陽子や中性子は3桁ほど重いため、原子のうち原子核が占める重さは99.97%になります。
この原子核の形状や結びつきの法則には、まだ多くの謎が隠されています。
陽子の数で、元素の種類が決まり、中性子の数で同位元素の種類が変わります。
原子核の陽子の数を原子番号と呼び、番号順に並べ、化学的性質の似たもの同士整理したものが、おなじみの周期表です。
この周期表は、まだ原子の内部や量子力学が確立されていない時代に作成されていた点は、大変興味深いです。
長い寿命を持ち、天然に存在する原子核を安定核と呼ぶのに対し、短い寿命を持つ原子核を特にRI(ラジオアイソトープ)と呼びます。
天然に存在する安定な原子核の陽子数と中性子数はほぼバランスをとっていますが、どれだけバランスが崩れた原子核が存在できるかは、陽子や中性子を結び付けている核力の性質と深く関連しています。
なお核力は、湯川秀樹氏が中間子論の発明により核力の記述に世界で初めて成功し、1949年にノーベル賞を受賞したことで有名です。
バランスが崩れた極限である中性子だけで構成される原子核が存在するか否かは、原子核研究における重要な課題で、60年以上前から興味が持たれていました。
単独の中性子は15分間で崩壊し、2個の中性子系も単独では存在しないことが分かっています。
そのため、3個以上の中性子だけでできた原子核が存在できるのかという問いは物理学の大問題でした。
今回のテトラ中性子核の生成に関する研究成果は、原子核の安定性を決定づける「核力」のモデルを大きく変える可能性があります。
特に、原子核の安定性には3個の核子(陽子や中性子)に働く「3体核力」が必要であることが理論的にも分かっており、今回の実験的研究に興味が持たれています。
また、宇宙には、中性子を主成分とし、太陽と同程度の質量を持ちながら、その半径が10km程度しかない超高密度天体「中性子星」が存在しており、この謎の多い中性子星の構造の解明にもつながると期待されています。
● テトラ中性子核の生成方法
テトラ中性子核が初めて観測されたのは2015年で、実験は、同じく理化学研究所と東京大学の研究グループによって行われました。
この実験では、He8(陽子2、中性子6)のイオンビームをHe4(陽子2、中性子2)に衝突させ、陽子2個と中性子2個を交換することで、テトラ中性子核を生成しました。
この報告は、世界中の物理学者たちに大きな衝撃を与え、活発な議論が行われました。
しかし、テトラ中性子核と考えられる4つのエネルギー状態が観測され、またテトラ中性子核が安定した状態かどうかを決めるのには質量の精度が不足していたため、新たな実験データが必要とされました。
そして今回、別の手法でテトラ中性子核の生成、観測が行われたのでした。
今回の実験では、He8核(陽子数2、中性子数6)のイオンビームを水素の陽子に衝突させ、テトラ中性子だけを残してHe4核(陽子2、中性子2)と水素の陽子を飛び出させる方法を用いました。
テトラ中性子は、非常に壊れやすいため、できる限り衝撃を与えず、そっとつくる必要があります。
つまり、生成するテトラ中性子に与える運動量をできる限り小さくすることがポイントになります。
今回の実験では、4個の中性子を散乱させず、陽子とHe4核を正面衝突させ、テトラ中性子核をそっと取り出すことで、高い精度での観測に成功しました。
また、得られたテトラ中性子核のエネルギー情報から、4個の中性子から構成される原子核は、完全に安定な状態というわけでなく、短時間だけの寿命を持つ準安定状態をとることが分かりました。
これらの実験で出てきた天然に存在しないRI(ラジオアイソトープ)を作り出すためには、どうすればいいのでしょうか?
それを可能にするのが、埼玉県和光市にある理化学研究所の世界一の加速器施設「RIビームファクトリー(RIBF)」です。
原子核は、陽子間の電荷反発を超える、核力と呼ばれる極めて強い力で陽子や中性子が結びつけられており、それらの数を変えることは簡単にはできません。
RIを作り出すため、まず光速に近い速度まで原子核を加速させたイオンビームを作ります。
そのイオンビームを標的原子核に衝突させ、原子核がバラバラになり、さまざまな原子核が生み出されます。
その中には天然には存在しない陽子数、中性子数をもつRIも含まれるのです。
原子核を加速するのが、RIBFの世界最高の性能を持つサイクロトロン加速器です。
今回の実験ではHe8核を使って、テトラ中性子核を生成しましたが、このHe8核はより重い酸素原子から作られました。
まず、酸素原子からマイナスの電荷をもつ電子を引きはがし、原子をプラスの電荷をもったイオンにします。
このイオンが磁石のN極とS極の間を運動するとフレミングの法則により、円運動となります。
イオンとなった原子核は加速電極を通るたびに、エネルギーを得て加速します。
これらの加速器を多段階で使用することで、イオンを光の速さの70%まで加速させることができるのです。
加速器で十分に加速されたイオンは標的物質の原子核、今回の実験ではBeと衝突させました。
すると入射した原子核は砕けるか、核分裂します。
このとき様々なRIがビームとして生み出されます。
生み出されたRIビームは超伝導電磁石の中を通り、電荷、質量、速度により異なる軌道を通ります。
これにより目的のHe8核のイオンビームを取り出すことができます。
なお、RIBFで作り出すことができる原子核は4000種類以上で世界の最高水準をはるかに超える性能で発生させることができます。
このような世界最高の技術に支えられ、テトラ中性子核の生成に成功したのでした。
●中性子核研究の発展
今回の研究成果は、原子核、ひいては元素の安定性を決定づける「核力」のモデルを大きく変える可能性があり、さらには謎の多い超高密度天体である中性子星の構造の理解にもつながると期待されています。
中性子星は、太陽と同程度の質量を持ちながら、その半径が10km程度しかない超高密度天体です。
全質量の95%程度を中性子が担っており、巨大な原子核と見なされています。
その構造には謎の部分が多く、内部は通常の原子核の数倍以上の高密度となっています。
中性子星の重さや大きさは、中性子物質の状態方程式によって決まり、2つの中性子間に働く2体核力だけでなく、3つ目の中性子の位置や状態を考慮した3体核力の知見が必要になります。
今回の実験ではテトラ中性子核を間接的に観測して得られたデータを使用して報告していますが、直接的に観測したデータも取得しており、今後より詳細な計算と合わせた報告が期待されます。
今後の研究から、原子核構造を特徴づける3体核力の強さと性質が決定づけられ、多数の中性子核が相互作用し合って形成されている中性子星の内部構造や形成過程の研究が発展するものと期待できます。
今後、テトラ中性子核だけでなくより多くの中性子核の研究が進展し、周期表のように中性子の数で並べた原子核の性質が明らかになることで、原子核の形状や結びつきの法則が解き明かされるかもしれません。
今後の研究の進展が期待されます。