ジャイアントインパクトはなかった!?月形成に関する衝撃の新説が登場
どうも!宇宙ヤバイch中の人のキャベチです。
今回は「月の形成に関する定説を覆す新説が登場」というテーマで解説していきます。
ペンシルバニア州立大学の二人の研究者チームが2024年9月に公表した論文では、地球の衛星「月」の形成を説明するジャイアントインパクト説に代わる新説が提唱されています。
新説では月がかつて天体衝突によって連星系を成し、その後地球がその連星系から月を奪い取ったと考え、ジャイアントインパクト説と捕獲説を組み合わせたような内容となっています。
ここでは月の形成に関する一般的な理論を説明したのち、新説についても解説していきたいと思います。
●特異で重要な衛星「月」
太陽系に存在する無数の衛星の中でも、「月」という衛星は特異な性質を持ちます。
最も特筆すべきは、主惑星に対する質量が極めて大きい点です。
例えば木星の衛星であり、太陽系最大の衛星でもあるガニメデは、木星の約1万分の1の質量ありませんが、それに対し月は地球の81分の1もの質量を持つのです。
さらに初期の月は地球に非常に近かったため、地球に対して現在よりも極めて大きな影響を与えた可能性が高く、それが約40億年前に地球で生命が誕生した主要な理由の一つであった可能性すらあります。
地球の、さらには生命の歴史を知る上で、月という天体を知ることが必要不可欠なのです。
●月はどのように形成された?
○いくつかの仮説と問題点
そんな偉大な「月」ですが、この天体はどのように形成されたのでしょうか?
地球に対するその巨大さゆえに単純なメカニズムではその存在を説明できず、現代でも難問として人類に立ちはだかっています。
月の形成を説明する仮説として、いくつか有名な例とその問題点を挙げていきます。
まず一つ目は「分裂説」で、かつて月は地球の一部だったという仮説です。
高温で溶けた原始地球が高速自転することで、地球から分離して月が形成されたと考えます。
地球と月の組成には奇妙な類似性が存在しており、「分裂説」ではそんな類似性を説明できるものの、力学的な観点から、かつての地球で月のような巨大天体が本当に分離できるかどうか疑わしいという問題があります。
続いて「捕獲説」は、月は太陽系の別の場所で形成され、後に地球の重力で捕獲されたと考えます。
しかし太陽系の別々の場所で形成された2つの天体の組成に類似性が見られる点を説明しにくい難点があります。
また、アポロ計画で得られた月面のサンプルから、かつての月は表面全体がマグマの海(マグマオーシャン)に覆われてことがわかっていますが、捕獲説ではこれほど高温環境になっていた事実を説明できません。
続いて「兄弟説」は、太陽系最初期に惑星を形成した原始惑星系円盤内で、地球と月が同時に形成したと考える説です。
兄弟説では組成の類似性を説明できるものの、月のコアが地球のものより小さく、平均密度が低いことを説明できません。
さらにマグマオーシャンだった事実も説明できない問題があります。
○ジャイアントインパクト説
いずれの仮説にも致命的な問題があり、月の形成メカニズムは深い謎に包まれていましたが、その後登場した「ジャイアントインパクト説」が現在に至るまで最も広く受け入れられている仮説と言えます。
この説においては、火星サイズの天体「テイア」が地球に斜めから衝突し、地球周囲にリングが形成され、それらが集まって月が形成されたと考えます。
なお巨大な一つの天体ではなく、複数の天体衝突が原因で月が形成されたなど、細かいシナリオは様々にあります。
このジャイアントインパクト説が根強く支持されるのは、従来の説の問題点の多くを解決できるためです。
ジャイアントインパクト説においては、月は地球の一部から形成されているため同位体比率の類似性が説明できます。
さらに現存する地軸の傾きや、かつての月のマグマオーシャンの存在も説明できますし、月が地球より低密度なことも、地球表面の低密度部分がえぐられて月が形成されたと考えれば自然に説明可能です。
そしてコンピュータシミュレーションによってジャイアントインパクトが力学的に可能であることも示されています。
一方でジャイアントインパクト説も完全ではなく、未だ説明できない謎も残されています。
代表例として、現在の月の公転軌道が挙げられます。
もし月がテイアの衝突によって生じた地球を取り囲むリングの破片が集まって形成されたなら、リングは地球の赤道面に沿って生じるため、現在の月も地球の赤道面を公転しているはずです。
しかし実際の月の公転軌道は地球の赤道面には一致せず、むしろ太陽に対する惑星の公転軌道面(黄道面)に近い面で公転しています。
他にもジャイアントインパクト説で説明できない謎は幾つも存在し、それらを克服するためにこの仮説は現在も改良が続けられています。
●月形成の新説:連星交換捕獲説
ペンシルバニア州立大学の二人の研究者チームは月の形成に関する新説を提唱し、その成果をまとめた論文を2024年9月に公表しました。
新説では月がかつて天体衝突によって連星系を成し、その後地球がその連星系から月を奪い取ったと考え、ジャイアントインパクト説と捕獲説を組み合わせたような内容となっています。
海王星最大の衛星トリトンも同様の仕組みで衛星となった可能性があるそうです。
○新説のシナリオ
では新説で語られる月形成の具体的なシナリオを見ていきましょう。
太陽系の初期、太陽の周囲には巨大な原始惑星系円盤が存在していました。
この円盤内の物質が衝突し合うことで少しずつ巨大な天体を形成し、後に惑星が形成されたと考えられています。
円盤内は物質の密度が非常に高く、天体衝突が現在と比べて多発していました。
そんな中で天体同士で連星系を成す場合も多く、研究者チームはこのような時代においては、太陽系の全岩石天体のうち5~10%程度の割合で連星系を成していた可能性があると考えています。
月も当初は地球ではない他の天体との衝突を経て連星系の一員となっていたところを、地球への接近をきっかけにその周囲を公転する衛星としてデビューしたそうです。
連星系の地球に対する相対速度は3km/s未満と遅く、地球に対してほぼ並行でなければなりませんでした。
また地球の質量と、太陽に対する地球の位置であれば、新説のようなメカニズムで捉えられる衛星の質量は地球質量の0.01~0.1倍とのことです。
実際月は地球の0.012倍なので、捉えられる範囲内です。
地球に捕獲された直後の月の軌道は不安定で、細長い楕円形でしたが、地球の潮汐力の影響で数千年かけて収縮して円形に近付き、その後徐々に離れて現在の軌道に至ったと考えられています。
○新説のメリット
新説では、地球の赤道上を公転するリングが集まって月が形成されたわけではないので、現在の月の軌道傾斜角が黄道面に近いことを自然に説明可能であり、ジャイアントインパクト説の弱点を補う形になっています。
また激しい天体衝突によって月が形成されたので、月がマグマオーシャンに覆われていたという一般的な解釈とも矛盾しません。
さらに地球と月の同位体組成が非常に近いが若干異なっているという問題も説明可能とのことです。
捕獲が起こるためには、低い相対速度で接近する必要がありますが、そのためにはこれらが太陽系内で近い場所で公転している必要があります。
よって新説では地球と月は本来全く別の天体だが、太陽系内の近い場所で誕生していたため、「同位体の組成が非常に近いが若干異なっている」そうです。
一方新説の弱点としては、衝突の後に捕獲が続くという、2つの極低確率な現象の連続を要求する点が挙げられています。
そしてジャイアントインパクト説で説明できるもので、新説で説明できない問題も多く残されており、まだまだジャイアントインパクト説に代わる定説とは言い難い現状です。
新説については月形成シナリオの一つの可能性として、今後も厳しく検証を行っていく必要があるでしょう。