Yahoo!ニュース

東日本大震災後の夏に「熱関連死」はナゼ少なかったか

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

 東日本の冷夏も峠を越え、残暑がややブリ返してきた。夏の暑さといえば熱中症に要注意だが、夏には意外に脳梗塞や脳出血、心筋梗塞を引き起こすことも多い。気温や湿度が上がると脱水症状になる。すると、血液が固まりやすくなることで血管が詰まりやすく、また心臓機能に負担がかかるようになるからだ。

停電になると熱関連死が増える

 これらの循環器疾患のほか、呼吸器疾患も気温が高くなると死亡率が上昇する。高い湿度で皮膚呼吸が難しくなって呼吸器に大きな負担が生じるからだが、熱中症(暑気あたり、熱失神、熱けいれん、熱疲労、熱射病など:※1)を含んだ、こうした気温の暑さに関連した病死を総称して「熱関連死(Heat-Related Deaths)」と言う。

 WHO(世界保健機関)などは、気候変動による異常な高温が熱関連死を増加させる、と予想している(※2)。だが、異常気象のみならず、地域や高齢者率、所得水準、緑地面積、住環境、電力インフラなど、多くの要因が熱関連死につながっているようだ。

 とりわけ、停電が起きて電力インフラがなくなると、気温がそう高くなくても死亡率が上昇することが知られている。2003年に米国ニューヨークで起きた停電では、停電中に呼吸器疾患の死亡率が2倍から8倍にまで上昇した(※3)。これは、停電により空調システム(エアコンディショニング、AC)が動かなくなり、その結果として「ヒートショック」などにより熱関連疾患で死亡するのではないか、と考えられている(※4)。

 電力インフラの整備により熱関連死が減少傾向にあるが、これは電力消費量とのトレードオフだ。電力消費の増大で気候変動が加速され、もしもWHOの予想の通りなら、熱関連死増加とのせめぎ合いが続くだろう。

311後に熱関連死リスクはどうなったか

 そのため、本当に熱関連死と電力消費との間に相関関係があるのかどうかが問題になるが、先日、米国の学術雑誌『環境衛生の視点(EHP)』(※5)に長崎大学熱帯医学研究所などの研究者が「東日本大震災の影響による停電と熱関連死亡率(Heat-Related Mortality in Japan after the 2011 Fukushima Disaster: An Analysis of Potential Influence of Reduced Electricity Consumption)」という内容の研究論文を出した(※6)。

 この研究では、2011年3月11日に起きた東日本大震災の後、深刻な電力不足が起きて空調システムが作動しにくくなった日本(東北地方・関東地方)でどの程度、熱関連死亡率が変化したかを調べている。大震災の前後、2008年から2012年の毎年5月1日から9月30日まで、都道府県別に熱関連疾患による死亡率を調べ、同時に電力消費量と平均気温との関係をみた。

 すると、停電になって電力消費が減れば熱関連死が増えるだろう、という仮説に反し、震災後に節電が行われた都道府県では、熱関連死のリスクがむしろ減った(0.95、信頼区間95%)。また、震災による影響が少なかったために電力消費量が変化しなかった都道府県では、死亡率に有意な差は見られなかった。

 研究者は、その理由として空調システム以外の要因、例えば停電が予想される中での熱中症予防対策など熱関連疾患リスクへの啓蒙キャンペーン(※7)の励行やクールビズ、打ち水などが奏功したのではないか、と考えている。

画像

停電・節電などで電力消費が落ち、空調システムの使用に影響が出たであろう都県の熱関連死のリスク。青森県と千葉県でややリスクが上がった以外は減少している。「RRR」は「相対リスク比(ratio of relative risk)」。

 ただ、日本の家屋は、そもそも構造自体が、冬の防寒より夏の涼しさを優先させる傾向にある。それに加え、節電意識と熱関連疾患リスクに対する意識の相乗効果があったのかもしれない。この研究では5月から9月までの暑い季節に限って調べているが、ヒートショックの影響を寒い季節で比較してみたら、また違う結果になったのではないだろうか。

※1:「熱中症診療ガイドライン2015」厚生労働省(日本救急医学会)

※2:WHO, "Quantitative risk assessment of the effects of climate change on selected causes of death, 2030s and 2050s."

※2:Elisaveta P. Petkova, Daniel A. Bader, G. Brooke Anderson, Radley M. Horton, Kim Knowlton, Patrick L. Kinney, "Heat-Related Mortality in a Warming Climate: Projections for 12 U.S. Cities." International Journal of Environmental Research and Public Health, 11(11): 11371-11383, 2014

※3:Shao Lin, Barbara A. Fletcher, Ming Luo, Robert Chinery, Syni-An Hwang, "Health Impact in New York City during the Northeastern Blackout of 2003." Public Health Reports, 126(3):384-93, May-Jun, 2011

※4:Jan C. Semenza, Carol H. Rubin, Kenneth H. Falter, Joel D. Selanikio, W. Dana Flanders, Holly L. Howe, John L. Wilhelm, "Heat-Related Deaths during the July 1995 Heat Wave in Chicago." New England Journal of Medicine, 335:84-90, July, 11, 1996

※4:Curriero FC, Heiner KS, Samet JM, Zeger SL, Strug L, Patz JA, "Temperature and mortality in 11 cities of the eastern United States." American Journal of Epidemiology, 155(1):80-87, 2002

※5:『Environmental Health Perspectives(EHP)』。米国の国立環境衛生研究所(NIEHS)保健福祉省(NHS)のサポートで発刊されている査読ありの科学雑誌。

※6:Yoonhee Kim, Antonio Gasparrini, Masahiro Hashizume, Yasushi Honda, Chris Fook Sheng Ng, Ben Armstrong, "Heat-Related Mortality in Japan after the 2011 Fukushima Disaster: An Analysis of Potential Influence of Reduced Electricity Consumption." Environmental Health Perspectives, 6, July, 2017

※7:たとえば、日本生気象学会は2011年5月14日に「節電化の熱中症予防のための緊急提言」を行っている。

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

石田雅彦の最近の記事