なぜ赤十字はウクライナ戦争で厳しい非難を浴びたのか【前編】ロシア赤十字社のレポートの波紋
今日5月8日は、世界赤十字デーである。そして、5月は赤十字月間でもある。
ウクライナで戦争が起きているためか、日本でもあちこちで赤十字色の赤で史跡等をライトアップして連帯を呼びかける所が、今年はひときわ多いようだ。
5月7日(土)、やっとマリウポリのアゾフスターリ製鉄所に最後まで残っていた50人のこどもを含む市民、女性、高齢者の避難が終わった。残るは兵士のみである。
国連のグテーレス事務総長が4月26日にロシアのプーチン大統領と会談。そこで、市民を避難させる際に、国連と赤十字国際委員会(ICRC)が関与することで「原則同意」を取り付けた。
今回は、5月1日と5日に続いて第三段目の避難計画だったが、ロシア側がウクライナ兵士に武器を置くことを要求し攻撃が続いていたため、先行きが危ぶまれていた。
それでもやっと、人道回路が一応「正常に」機能してきた推移は、少しほっとできるものだった。
同日7日、ウクライナのヴェレシュトゥク副首相は、市民の避難の発表の数時間後に声明で、NGO「国境なき医師団」に、アゾフスターリ製鉄所に立てこもる兵士の避難と治療のためのミッションを組織するよう要請した。
「72日間連続でロシア軍の砲撃と攻撃にさらされ」、「薬、水、食料が不足しているため、負傷した兵士は壊疽や敗血症で死んでいる」ということだ。これは・・・聞いただけで、また新たな困難と議論が予測されて頭を抱えてしまうが、NGO史の新しい1ページになりそうである。
ともかく、グテーレス国連事務総長が首都キーウに赴き、やっと、やっと国連と赤十字国際委員会(ICRC)によって実現したマリウポリの人道回廊。
しかしその1ヶ月ほど前の3月下旬くらいから4月の上旬にかけて、欧州では赤十字に対して、心底びっくりするような非難の嵐が吹き荒れたことは、日本ではあまり知られていない。
赤十字は、どんな非難を受けたのだろうか。
事の発端が何なのか、今でも筆者ははっきりと「知っている」とは言い難いが、大体は理解したつもりである。
市民が犠牲になっているのに、救助できない情勢に対するいらだち、避難した市民が無理やりロシアに連れて行かされたという情報に対する怒りーーそういう状況で、赤十字は何をやっているのか、国連は何をやっているのかという、人々の不満が社会のベースになっていたのは間違いないと思う。
「強制移送に関与した」という批判
まず挙げられるのは、「ロシアによる強制移送に赤十字が関与した」という批判があったことだ。
これはネット社会の問題が絡んで、何がどうなのか、糸をほぐすのが大変な作業であるだろう。
あるツイッターのユーザーは、「西に逃げるマリウポリの住民は、ロシア軍に止められて、ロシア行きの赤十字のバスに強制的に乗せられた」、「赤十字は、プーチン政権に買収された世界的機関の一つにすぎない」と書いた。そして、3月26日に停止中の車の列と、赤十字のロゴが入った黄色いバスを映したビデオを合わせて共有した。
このツイートをした人は、自己紹介に「キーウ在住」とある(これが本当かどうかは確認する術はない)。
このツイートに対する反応も「ロシアのプロパガンダだ」と言う人もいれば、「そのとおりだ」と言って、かつての英『ガーディアン』の記事のリンクを貼る人もいた。
このツイートにあるYoutubeのビデオを見てみると、この「キーウ在住」者が、「ロシアは西側から逃げてくるバスを止めて、ロシア行きの赤十字バスに人々を強制的に乗せる」とタイトルをつけて、アップしたものだとわかる。自分でYoutubeにアップして、それをツイッターで広めようとしたようである。
フェイク(偽情報)チェックで実績のある仏『リベラシオン』によると、この動画はもともと、ドネツク州のパブロ・キリレンコ知事が、同じ3月26日の上掲のツイートよりも早い時間に、ソーシャル・ネットワークに投稿したものだという。
しかし知事は、赤十字によるウクライナ人の強制移送だの送還だの、そんなことは一言も言っていない。彼は、ロシアによる検問所で何度もチェックされたために、ヴァシリブカの町の近くで大渋滞が起きていることを投稿しただけだ。
そして、停止した車の中には、マリウポリからの難民の車と、ベルディアンスクからザポリージャに人々を運ぶ避難バスがあり、怪我をした子供を乗せた救急車も、同じく列をなしていると説明しただけだ。
しかし、今回の赤十字非難は、ソーシャルメディアのユーザーが誤情報、あるいは偽情報を流したことがそもそもの原因ではないと思う。
大きな原因の一つは、これに先立つ3日前の3月23日、モスクワでロシアのラブロフ外相と、赤十字国際委員会(ICRC)のペーター・マウラー会長が会談したことである。これは偽情報ではなくて、本当である。
この会談は、多くの人に疑惑の芽をまくのに十分だったようだ。
例えば、以下のツイートでは、「ペーター・マウラー会長と赤十字国際委員会は、ジェノサイド(大量虐殺)と戦争犯罪が行われている形跡があるロシアのウクライナに対する戦争で、完全に自分の信用を失わせました」、「この組織は、あなたが寄付する価値はありません」とある。
この投稿者は、「ジャーナリスト・編集者・マネージャー」という肩書と、ウクライナとカナダの国旗を自己紹介に使っている。16万4000人のフォローワーがいて、一定の影響力をもっている人なのだろう。
この会談は、ウクライナ人の移送と、何か関係があるのだろうか。
このツイートが貼っている写真は、国際赤十字・赤新月連盟(IFRC)の公式サイトに見え、「ドンバスから人々をロシアへ避難」と書いてあるのが読み取れる。ここからレポートにリンクされているようだ。
しかし、このページはみつからず、確認することができない。このページは本当に存在したのだろうか。何が書いてあったのだろうか。
レポートの中身は何だったのか
『リベラシオン』の取材に対して、国際赤十字・赤新月連盟(IFRC)の臨時コミュニケーション・ディレクターであるブノワ・カルペンティア(Benoît Carpentier)氏は、このレポートは、確かに削除されたのであり、一般公開されることを目的としていない現地レポートであると説明した。
「これは、各国組織(赤十字社)がそれぞれの活動について、現地レポートを送ったものを掲載するプラットフォームに掲載されたものでした」。国際赤十字・赤新月連盟(IFRC)公式サイトの一つである「GO」というプラットフォームのことである。
「これによって、すべての情報を収集して、何が起こっているのかを把握することができるのです」
掲載されたレポートは、内部配布のみ、または一般に公表することもできるという。
レポートは確かに存在しており、そして少なくとも一般公開からは削除されたことは確認された。
では、どのようなことが書かれているものだったのか。
この現地レポートは、ロシア連邦が2月に報告したもので、「ドンバスから助けを必要としている人々の人数の評価」に関するものだった。
カルペンティア氏は、国際赤十字・赤新月連盟(IFRC)とは、ウクライナやフランス、日本など各国の赤十字社(組織)の行動を調整するのが特に役割であり、「避難には参加しない」と説明する。
インタビューに答えているカルペンティア氏が属する国際赤十字・赤新月連盟(IFRC)は、赤十字国際委員会(ICRC)とは異なる組織である(後述)。
氏は、同連盟は「避難は、役割でもないし、委任されてもいない」と言う。しかし、最初の応急処置や心理的な支援は行っている。
このレポートがGOプラットフォームから削除された理由を、氏は「そのレポートは、ドンバスに関して、我々の呼び方と一致しない用語を使っている」ためだと説明した。
実際、削除後もGoogleで表示されていた短い抜粋によると、この文書は、ロシアによってのみ承認された「ドネツクおよびルガンスク人民共和国の領土」と述べていたという。国際的には、この2つは独立国ではなく、ウクライナの領土とみなされている。
そのことは、同公式サイトのFAQ(よくある質問)欄で、「最近、我々のプラットフォーム『GO』上で、あるレポートが我々の中立性と公平性に一致しない方法で、ウクライナの地域に言及しました。その後、混乱を緩和するために、このエントリーを削除しました」と掲載されている。
地域の名称が不適切だから、レポートを削除した。それは理解できるが、ロシア赤十字社側による内容は、ドンバス地域から避難させるべき人数の報告だった・・・「避難」させてロシアに連れていくためだったのだろうか。そのため要職の二人はモスクワで会談したのだろうか・・・と疑ってしまうのは理解できる。
このような非難に対して、赤十字側は強く否定してきた。
赤十字国際委員会(ICRC)の広報担当のフレデリック・ジョリ氏は説明する。
「我々が避難を計画する際には、双方の同意が必要です。それがなければ、避難は行われることができません。赤十字国際委員会(ICRC)が人々の避難を組織することに同意したら、それは委員会独自の基準に従って行われなければなりません」
さらに、上述の国際赤十字・赤新月連盟(IFRC)のGOプラットフォームでは、「赤十字は、ロシアがウクライナ人を強制移送するのを助けているのか?」という問いには、以下のように答えている。
赤十字側の言い分は理解した。そして素直に信用したいとは思う。それが今までの積み重ねによる、国際的な信頼というものだろう。
ロシアによる拉致計画?
しかし、もしそうならば、なぜ、ペーター・マウラー会長とラブロフ外相は握手しているのか、なぜそのレポートが必要だったのか、という問いにまた戻ってしまう。
ウクライナや他の国には、この会談ではロシアのロストフ・ナ・ドヌに事務所を開設する計画を話し合ったと非難する声がある。それはロシアによる「拉致(らち)」であり、そんな行為に正当性を与えるものだと糾弾しているのだ。
後編 <ウクライナ側の批判と、握手の問題>に続く
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拙記事をご覧になってくださる皆様へ
長い間アップが出来なくて、本当に申し訳ありませんでした。
特にウクライナ戦争が始まってからは、かなりの方が定期的に私のページを見ていてくださったようなのに、ご期待に添えなくて大変心苦しく思っていました。
原因は、戦争関連も含めて、複数の大変な仕事が一気に重なったこと、過労で倒れたこと(もう良くなりました)、そして4月6日からYahoo Japan社の措置により、同サイトが欧州経済領域と英国で見られなくなったことが原因です。
他の欧州EEA在住の方々と同じく、Yahoo Japanは全く見られません。自分の書いた記事も見られません。
オーサーは記事投稿はできますが、以前と同じようにはツールが機能しないことが多く、不安定です。他の欧州在住のオーサーの方々はどうなのかわかりませんが、私の環境からはそうです。
今までより作業そのものにずっと時間がかかること、予測できない不具合でイライラすることを組み込んで、執筆時間を確保しなくてはいけなくなりました。比較的余裕があるときはいいのですが、忙しい時には難しいのではと不安です。
Yahoo Japanの担当の方々は誠実に対応してくださっていますので、改善を期待してはいるものの、システムの問題となるでしょうから、そう簡単ではないように思います。
自分でできる対応策を考えて色々トライしてみますが・・・どうなるのでしょう。
そんな状況ですが、なんとか記事投稿を続けていきたいと思いますので、今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。