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岸田首相は天皇陛下の権限をも凌駕するのか 安倍国葬儀挙行の次は英国女王の国葬出席?

安積明子政治ジャーナリスト
閉会中審査に挑む岸田首相(写真:つのだよしお/アフロ)

説明すれども国葬儀開催の基準はますます不明確

 岸田文雄首相は9月8日、衆参の議院運営委員会の閉会中審査に出席し、27日に実施する安倍晋三元首相の国葬儀について説明を行った。国葬儀について反対世論が多くなり、それに答えざるをえない状況になっているためだ。

 国葬儀を挙行する理由について、岸田首相は「首相在任期間が憲政史上最長の8年8か月」「経済や外交で実績を残した」「各国が弔意を表明」「選挙運動中の非業の死」の4要件を相変わらず繰り返したが、これらは決め手にはなりえない。というのも、岸田首相自身が「これらを総合的に判断した」と明言しているからだ。さらに閉会中審査では、これからの国葬儀の判断として「その時の国際情勢や国内情勢で評価が変わる」とも述べている。

 そもそも内閣総理大臣の在職期間の長短が理由にならないのは、通算在職期間が1400日の西園寺公望には国葬だったが、その西園寺と「桂園時代」をつくり、通算在職期間が2倍の2886日の桂太郎は国葬ではなかった例からも明らかだ。また「経済や外交で実績を残した」のなら、所得倍増計画を提唱した池田勇人や、沖縄返還を実現し、ノーベル平和賞を受賞した佐藤栄作などの方が客観的に評価できる。なお安倍元首相が提唱した「アベノミクス」についての評価はまだ定まらず、その金利政策は現在進行中の円安を阻止できない一因となっている。

 秘書時代から取り組んだ北朝鮮による邦人拉致問題やプーチン大統領との緊密な関係を誇った北方領土問題も、未解決のままだ。いずれの問題も“憲政史上最長”の首相在任期間中に少しでも進展した様子もなく、とりわけ北方領土問題についてはロシア側に巨額な経済支援を提供したにもかかわらず、2020年7月にプーチン大統領は憲法を改正して領土割譲を禁止したため、返還はますます困難になってしまった。

国後島。果たして国土は戻るのか
国後島。果たして国土は戻るのか写真:ロイター/アフロ

 「各国が弔意を表明」も決め手にならない。安倍元首相の国葬儀にはアメリカからはカマラ・ハリス副大統領が参列するが、9月19日に行われるエリザベス女王の国葬にはバイデン大統領自身が出席する。そもそもバイデン大統領は国連総会出席のために18日から20日までニューヨークに滞在する予定で、この時に岸田首相も渡米して日米首脳会談を設定しようと調整していた。さすがに英国女王の国葬となれば、世界の要人も駆けつけざるをえない。

 「選挙運動中の非業の死」については一見して国民の感傷には訴えるようにも思えるが、実際は自民党の候補のための選挙応援だったことから、国民一般にはなじまないだろう。もっとも選挙中の犯人の暴挙は、民主主義へのテロ行為に相違ない。

憲法違反ではないが非民主的

 このように各要件では不足があるため、岸田首相は「総合的に判断」したのだろう。その根拠としたのが憲法第65条をめぐる「行政控除説」だろう。

 一般的に行政権とは国家作用のうち立法権と司法権を除いたものと定義される。よって政府は国葬儀を内閣府設置法第4条第3項第33号が規定する「国の行う儀式」に当てはめたのだ。

 しかし国葬儀には内閣総理大臣の他、衆参両院議長や最高裁判所長官が出席し、各政党の議員たちなども招待されている。国葬儀という限りは、全国民的に安倍元首相の死を悼む必要があるが、そのためにはほとんどの政党の出席が望まれる。

 さっそく共産党とれいわ新選組は出席を拒否し、立憲民主党は一部の議員が参加しないことを表明。執行部は出欠を明らかにしていない。もっとも共産党は吉田国葬儀にも参加せず、今回に始まったものではないが、野党第一党の立憲民主党の欠席は、国の儀式である国葬儀のあり方の根幹を揺るがすものになりかねない。

 なお吉田国葬儀の時、政府から当時の野党第一党である社会党に説明があったことを園田直副議長の秘書だった平野貞夫氏が証言しているが、今回はそうした根回しすらなかったのだ。

 いったいなぜ岸田首相は民主主義の根幹に関わりかねないにもかかわらず、こうした根回しを省略したのか。吉田国葬儀から半世紀以上もたつにせよ、平野氏など当時の証言者はまだ健在だ。

 そもそも岸田首相は首相の権限をあまりにも拡大して解しているのではないか。戦前の国葬令では、国葬は天皇の「特旨」によって行うとされた。すなわち天皇が判断したという体裁をとったのだ。

 それでもいちおうの目安はあった。総理大臣経験者は元老でなければならず、生前に大勲位菊花章頸飾を受賞したなど、一定の客観的要件を満たさなければならなかった。ちなみに前述の西園寺は90歳まで生き、元老として晩年まで国政に関与した。

 一方でこのたび岸田首相が示した4要件は、安倍元首相だけに当てはまるもので、客観的なものとは言い難い。加えて判断が恣意的だ。これは国葬令での天皇の権限を越えているともいえないか。

英国女王の国葬にしゃしゃり出る?

 これはエリザベス女王の国葬についてもいえることだ。国葬には天皇皇后両陛下のご出席で調整中だが、岸田首相も国連総会に出席する“ついで”に国葬に列席を検討していると報道された。

女王崩御の一報を受けて、バッキンガム宮殿の前に集まる人々
女王崩御の一報を受けて、バッキンガム宮殿の前に集まる人々写真:ロイター/アフロ

 しかしここは首相がでしゃばるところではない。そもそも天皇陛下と皇后陛下は国内の葬儀には参加されず、外国の王室の葬儀でも上皇上皇后両陛下がご在位中(1993年)にベルギーのボードワン国王の葬儀に参加された例があるくらいで、異例中の異例だ。にもかかわらず天皇皇后両陛下が(おそらくは強く希望されたのだろうが)エリザベス女王の国葬に参加されるのは、両陛下が英国に留学されていたことに加え、昭和天皇以来3代にわたって厚く交流されてきた背景がある。王室外交については両陛下にお任せすべきなのは言うまでもないが、現実問題として王族の席次が優先されるため、日本の首相が存在感を発揮できるはずがない。

 安倍元首相の国葬儀を行うのなら、それに集中してきちんと根拠を整えるべきだ。内閣府設置法に基づくにしても、明確なルールを策定しておくべきだろう。なおイギリスでは国葬は原則国王に限り、昨年亡くなったフィリップ王配でさえ儀礼葬で、チャーチルの国葬は特例だそうだ。その背景に即位時にチャーチルに頼ったエリザベス女王の思いがあったというが、それでも議会で承認されなければ行えない。行政権を持つ君主ですらその行使は抑制的でなければならないという民主主義の縛りがあるということだ。

 このように考えれば、果たして日本は本当に民主主義国家なのかと疑問を抱いてしまう。成熟していない民主主義国家であることは間違いないが。

政治ジャーナリスト

兵庫県出身。姫路西高校、慶應義塾大学経済学部卒。国会議員政策担当秘書資格試験に合格後、政策担当秘書として勤務。テレビやラジオに出演の他、「野党共闘(泣)。」「“小池”にはまって、さあ大変!ー希望の党の凋落と突然の代表辞任」(ワニブックスPLUS新書)を執筆。「記者会見」の現場で見た永田町の懲りない人々」(青林堂)に続き、「『新聞記者』という欺瞞ー『国民の代表』発言の意味をあらためて問う」(ワニブックス)が咢堂ブックオブイヤー大賞(メディア部門)を連続受賞。2021年に「新聞・テレビではわからない永田町のリアル」(青林堂)と「眞子内親王の危険な選択」(ビジネス社)を刊行。姫路ふるさと大使。

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