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メルケル独首相、社民党と連立合意も前途多難

木村正人在英国際ジャーナリスト

待ち構える社民党の党員投票

ドイツのメルケル首相率いるキリスト教民主同盟(CDU)・キリスト教社会同盟(CSU)と社会民主党(SPD)は27日未明、17時間に及んだ政策の最終すり合わせを終え、約4年ぶりとなる大連立政権を樹立することで合意した。

社民党との連立合意に達したメルメル首相だが、前途は多難だ
社民党との連立合意に達したメルメル首相だが、前途は多難だ

しかし、社民党は12月にメルケル首相との大連立政権合意を47万人の党員投票にかける。否決された場合、メルケル首相は90年連合・緑の党との連立交渉に入る。それでもダメな場合は少数政権を樹立し、来年の早い時期に再び総選挙を実施するとみられている。

欧州連合(EU)や単一通貨ユーロ圏は、デフレ回避、金融機関の不良債権処理、銀行同盟、南欧諸国における若年層の高失業率、極右政党の台頭など問題が山積している。意思決定の要となるドイツの「政治空白」が長期化すれば、危機対策の遅延は避けられない。

砂糖をまぶした社会民主主義

CDU・CSUと社民党の大連立は戦後2度ある。1度目は1966~69年、2度目は2005~09年(メルケル第1次政権)。メルケル第1次政権で社民党は埋没し、09年総選挙で戦後最低の得票率23%に沈んだ。先の総選挙でも得票率約26%と低迷が続く。

こうしたことから、「今、党員投票を実施すれば、間違いなく大連立は否決される」(社民党連邦議会議員)とみられている。先の総選挙でも浮き彫りになったことだが、欧州統合への課題は今回の連立交渉でも棚上げされた。

政策合意文書は170ページ。欧州統合推進派の社民党でさえ、財政再建に苦しむ南欧諸国への支援拡大、メルケル首相が掲げる緊縮路線の大幅な緩和にはあまり踏み込まなかったと報道されている。

英紙フィナンシャル・タイムズ電子版によると、その代わり、1時間8.5ユーロ(1175円)の法定最低賃金導入、二重国籍の緩和、外国人だけを対象にした高速道路有料化、年金受給年齢の引き下げ、再生可能エネルギーの推進目標の引き上げなど、メルケル首相は、姉妹政党のCSU、社民党の要望を大幅に取り入れた。

「増税なき財政均衡」が大きな柱になっている。メルケル首相の政策は「砂糖をまぶした社会民主主義」と揶揄されることがあるが、政策合意文書はまさにその通りの内容になっている。

「毒蜘蛛メルケル」

金融機関の不良債権処理や銀行同盟など解決を急がなければいけない欧州の問題は、ドイツの総選挙とその後の連立交渉のため、すべて先送りされている。

在英ドイツ大使館幹部は筆者に「社民党の党員投票で大連立が承認されたとしても、将来、メルケル首相と社民党の間で不信感が強まれば、連立解消、解散・総選挙というシナリオは否定できない」と打ち明けた。

独紙ウェルトのキーリンガー・ロンドン特派員は「メルケル首相は一緒にベッドに入った相手を殺す毒蜘蛛だ」というブラック・ユーモアで総選挙を振り返った。

メルケル首相と連立を組む自由民主党(FDP)は前回の総選挙で得票率4.8%、議席獲得の最低ラインの5%を割り、政界の表舞台から姿を消した。欧州債務危機への対策でメルケル首相と二人三脚を組んだサルコジ仏大統領も仏大統領選で敗れた。

しかし、メルケル首相が絶対に失ってはならないのが欧州中央銀行(ECB)のドラギ総裁だ。

ECB内の不協和音

ECBは今月7日、主要政策金利であるリファイナンス金利を史上最低の0.25%に引き下げた。利下げには23人で構成する政策委員会のメンバーのうちドイツ連銀のワイトマン総裁を含む約4分の1が反対した。

ハト派(金融緩和派)のドラギ総裁に対抗するタカ派(金融引締め派)が徐々に勢力を広げているのが気になる。

日本の金融機関は預金100に対して貸出が70、米は預金100に対して貸出が85から90の間、欧州は預金100に対して貸出が108から110となっている。

欧州経済を回復させるには不良債権処理を進める必要があり、ECBの支援が欠かせない。しかし、高失業率に苦しむ南欧諸国を尻目に、世界最大の貿易黒字を積み重ねるドイツは国内景気を過熱させる利下げには反対なのだ。

ギリシャ支援

メルケル首相はギリシャなど債務危機国に財政規律と構造改革を迫る一方で、ドイツの負担を拡大させる支援策には慎重な姿勢を取り続けている。

債務危機の震源地ギリシャに対する新たな支援策は避けては通れないとみられている。

ギリシャは13年1~6月に国債発行額や国債費を除いた基礎的財政収支の黒字化を達成したが、それでも国内総生産(GDP)比で175%まで膨れ上がった政府債務を2020年までに120%まで減らすのは不可能だ。

IMFは16年までに110億ユーロが必要とソロバンを弾くが、150億ユーロに膨らむ可能性もある。

これまでは民間銀行が保有するギリシャ国債の損失負担が実施された。英紙フィナンシャル・タイムズの元欧州担当編集長マーシュ氏は「ECBやドイツ連銀を含めた公的部門の損失負担が1年ぐらいかけて議論されるだろう。ギリシャ国債の償還期間を引き伸ばしたり、利払いを減免したりする措置が考えられる」と予測する。

銀行同盟

次に気になるのは銀行同盟の行方だ。

欧州債務危機は、大幅に下落した南欧諸国の国債を抱え込んだ金融機関の経営危機を引き起こした。金融政策はECBに一元化したものの、銀行監督や破綻処理、預金保護のメカニズムは各国任せ。3つのメカニズムを統合する銀行同盟は危機の再発を防ぐため急務になっていた。

キプロスの金融危機に背中を押される形で、銀行監督一元化(14年9月から実施)などでは合意が形成された。

EU欧州委員会は7月に銀行破綻処理の一元化案を発表し、銀行負担で550億ユーロ規模の統一基金を創設することを提案した。

しかし、ドイツは負担増につながりかねないユーロ圏での破綻処理一元化や預金保険改革には反対している。破綻処理一元化に対してショイブレ独財務相はドイツの拒否権を要求する強硬さだ。ドイツなどの抵抗で銀行同盟の協議は難航している。

混乱と力に満ちた大陸の未来

労働党・ブレア元首相の政策「第三の道」の提唱者として知られるロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのアンソニー・ギデンズ元学長が先月末、ロンドンのシンクタンクや同大学で講演したので、2回とも聴きに行った。

新著『Turbulent and Mighty Continent(仮訳:混乱と力に満ちた大陸)』の出版に合わせたものだったが、ギデンズ氏の欧州プロジェクトにかける情熱に心を動かされた。

欧州を取り巻く環境は厳しい。ギデンズ氏は「だからこそ、欧州は強靭な意思の力で未完のプロジェクトを完成させよう」と聴衆に呼びかけた。欧州統合について懐疑論が根強い英国では来年5月の欧州議会選挙で、EU離脱を唱える英国独立党(UKIP)が第1党になるのはほぼ間違いないとみられている。

ドイツやフランスでも懐疑派が大躍進しそうな勢いだ。統合推進派を自認するギデンズ氏は「感情に訴える懐疑派に対して推進派は行動をまったく起こしていない。私は推進派の1人として欧州の理性に呼びかける」と欧州議会選挙までの約半年間、各地で講演を続ける考えを表明した。

筆者は「欧州は『日本の失われた20年』をこれから経験するのでは」と質問すると、ギデンズ氏は「失われた20年は、移民を受け入れない閉鎖性、競争力が低いサービス部門など日本特有の問題だ」と反論した。

欧州は「対立」を「和解」に変える意思の力で大戦の荒廃からよみがえった。欧州に今、その意思があるのか。ドイツの連立交渉とメルケル首相からその意思は感じられない。

(おわり)

参考:拙著『EU崩壊』(新潮新書)

英国ニューズ・ダイジェスト『第28回 混乱と力に満ちた欧州大陸の未来』

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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