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トランプ大統領は「悪夢」なのか? 指摘、批判をもとに再度考えてみた

山田順作家、ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

前回、私が書いた記事「トランプ大統領は「日本にとって悪夢」なのか? そんなわけがない」は、たしかに説明が足りていず、読者のみなさんを混乱させてしまったようです。「Yahoo!ニュース個人」の編集担当者からも、「いくつか気になる点がありました」と指摘を受け、また、コメント欄やツイッターでも同じようなことが指摘されました。

私としては、次のことを言いたかったのですが、伝わらなかったようです。以下、まとめてみます。

(1)トランプ氏のこれまでの「暴言」を真に受けて反応しても、それが彼の真意かどうかわからないのだから、あまり意味がない。もし、彼が大統領になったとしても、「暴言」どおりの政策を行うとは限らない。よって、それによってトランプ大統領が実現したら、「日本にとって悪夢」と論じてみるのは早急ではないか。

(2)ヒラリー・クリントン氏とトランプ氏を比べたら、「クリントン氏のほうが日本にとっていい」と言われているが、そうではないのではないだろうか? なぜなら、彼の暴論を逆手に取れば、日本の独立を目指して憲法改正を目指すような日本の保守派にとっては好都合だからだ。移民排斥や難民拒否も同じく好都合ではないだろうか?

(3)むしろ、「悪夢」(問題点)と言えるのは、クリントン氏とトランプ氏が68歳、69歳と高齢なこと。アメリカ大統領が高齢者であるということのほうが悪夢ではないか?

と、簡単に言うと、このようになります。メディアや識者の方々は、トランプ氏の「暴言」に振り回されて、それに反応して論じているだけなので、そのことを言ってみたかったわけです。私の記事に対する反論も、すべてトランプ氏の暴言が彼の本音に基づくことを前提にしているので、極めて単純思考と言うほかありません。

では、各方面からの指摘に沿って、私が言い足りていないことを順次述べてみます。 

〈1〉前回記事の2段落目にある「骨髄反応を示している」という表現について、「なんのことかよくわからない」という質問がありました。これは、こういうことです。

ついこういうふうに書いてしまったことを反省しましたが、これは、「条件反射」といったニュアンスです。相手の言葉にそのままに反応していることを言いたかったのですが、言葉選択を間違えました。トランプ氏は数々の暴言を吐いていますが、それにマトモに反応することは、もしそれが意図されたものなら、彼の術中にはまるということです。メディアや識者は、条件反射で反応しているだけのように思えたので、こう書いたのでした。

彼を「イカれている」と言うのは簡単ですが、本当にそうなのかどうか考えるべきです。

〈2〉「中国人だって嫌いなのだから、中国寄りだったクリントン夫妻よりは、まだマシではないだろうか? クリントン氏は、ファーストレディ時代は夫ともに中国に擦り寄ったが、国務長官時代になって中国の本質を知ってコロリと考えを変えた。」という部分にも指摘がありました。

これは、トランプ氏とクリントン氏を比べたとき、どちらが日本にとっていいのか?という文脈で書いたのですが、「トランプ氏が大統領になると困る」「トランプ氏が大統領になるとクリントン氏が大統領になるより(比較的)困る」の2つの議論が混ざってしまって、混乱させてしまったようです。そこで、以下のように整理してみます。

トランプ氏とクリントン氏を比べて、はたしてどちらが日本寄りなのかを中国を軸にして考えると、トランプ氏のほうがマシなのではないかと私は思っています。

というのは、クリントン夫妻は2人ともスーパーエリートであり、しかもこういうエリート白人特有の「白人至上主義」(white supremacy)を心の内に持っていると思えるからです。

これは、アメリカで暮らしたりしないとわからないので、うまく説明できないのですが、そういう人たちはなぜか日本人より中国人が好きです。中国人は欧米によって虐げられ、哀れな150年の歴史を送ってきたということに同情し、それによって白人としてのプライドを満足させることができるからなのかと、私は思っています。ともかく、アメリカのエリート白人は日本人より中国人が好きなのです。

リベラルを標榜する民主党が歴史的にも中国寄りだったのはこのためでは?と私は思ってきました。

たしかに、クリントン氏は国務長官時代の経験をつづった回想録の『HARD CHOICES』では、中国より日本を重視したことを述べています。そのため、国務長官として最初の訪問地にあえて日本を選んだと言っています。また、2012年7月には、有名なハーバード大学の講演で、「中国は20年後に世界でもっともも貧しい国になる」と述べ、中国を批判しました。

しかし、これは政治的な発言であり、心情的なものではありません。彼女の人生を見れば、心情的には同じイエローなら日本より中国のほうにシンパシーを感じていると思えるからです。

夫のビル・クリントン氏はこの点は露骨でした。彼が日本に立ち寄ることなく中国を訪問し、「ジャパン・パッシング」(日本無視)と言われたことは有名です。

それから女性という観点から言えば、日本が「慰安婦問題」と「捕鯨問題」を抱えていることは、決定的にマイナスです。慰安婦問題が虚偽であろうと、捕鯨は伝統文化であろうと、そんなことはどうでもよく、政治問題になったら女性はこれを絶対に許しません。これは、ケネディ駐日大使を見れば明らかでしょう。

そういう意味で、トランプ大統領のほうが、よほど日本にとっていいのではということです、彼は不動産ビジネスマンですから、政治信条など持たない現実主義者です。もちろん、父方はジャーマン、母方はスコティシュという白人ですが、WASPではないため、「白人至上主義」を持っていたとしても、それほど根が深いものではありません。

それに、日本と中国を比較するという思考法もないようです。もとより、日本にはほとんど関心がないでしょう。

〈3〉トランプ氏とクリントン氏のそれぞれの発言に対して、ソースを示していないので、それが本当なのかどうかよくわからないという指摘ももらいました。

これに関してはたしかにその通りなのですが、たとえばトランプ氏の発言は、ネットを検索してもらえばいくらでも出てきます。日本語なら、まとめサイトの「NEVER まとめ」にも山ほど収録されています。英語なら、Wikipedia の「Donald Trump presidential campaign, 2016」にもたくさん収録されています。同じくクリントン氏にしても「Hilary Clinton presidential campaign, 2016」に十分すぎるほどあります。『NY Times』などの新聞のサイトに行き、トランプ氏やクリントン氏の記事を検索すればいくらでも出てきます。

そんななかで私が前回記事で注目したのは、トランプ氏のイスラエルに対する発言です、これだけは、ウケ狙いではなく、政治的にも心情的にも本音だと感じたからです。「イスラエルのために1000%戦う」(『エルサレムポスト』2015年12月28日、http://www.jpost.com/)という発言は、彼の政治的、心情的立場をもっともよく表していると思いますがどうでしょうか?

アメリカは「神に祝福された国」です。そのため、宗教の宗派でどこに属しているかは、その人物を知るうえでかなり重要です。トランプ氏はプレスビテリアンですが、愛娘のイヴァンカさんはユダヤ教に改宗し、2人の孫はユダヤ教徒として生まれてきています。

トランプ氏を「困ったものだ」「こんな人間が世界のリーダーになっていいのか」と言う人々は、政治家に確たる政治信条、イデオロギー、理想を求めているようです。しかし、私はそのような政治家はかえって世界を悪くすると考えています。現実主義(logic of events)こそ、問題を解決する最善の方法です。

だいたい、誰もトランプ氏が本当はなにを考えているのか知りません。この私だって、彼のことをテレビ番組で見たり、新聞などのメディアの記事を読んだりして、多分こうだろうと想像しているだけです。

今回の大統領選報道でも、日本のメディアは予備選が行われている州に“見物”に行き、支持者の声や現地報道を垂れ流しているだけです。だから、彼が「大統領になったら日本はどうなる?」なんていう質問に対して答えられるわけがありません。現実に即して、なにを言い出すかわからないのですから、競馬予想と同じです。

〈4〉前回の私の記事を読んで、私が「移民反対」「難民受け入れ拒否」「TPP反対」だと思っている人がいるようですが、まったくの誤解です。移民賛成、難民受け入れ賛成、TPP賛成です。ただ、移民受け入れ政策を取ってもいまさら日本に来る移民などいなし、難民もできるならほかの国に行きたいはずですし、TPPは報道されているのと逆にブロック経済をつくるものであって、中国締め出しが目的なので、やるしかないと思っているだけです。

いま私が知りたいのは、誰か本当にトランプ氏がなにを考えているのか教えてほしいということです。私はジャーナリストなどと言っていますが、彼に会ったこともなければ、その人脈につながる人々ヘのルートも持っていません。だから、エラソーに論じる資格などないのです。ただ、本当に彼のことがわかれば、おそらく、その記事は書かないでしょう。

そういえば、昨年9月、たまたまロサンゼルスに行っていたとき、トランプ氏がやって来て、ロサンゼルス港に停泊中の戦艦アイオワの艦上で、「退役軍人よりも不法移民の方が優遇されている。そんなことは2度と起こさせない」と言うのを現地のテレビで見ました。このとき彼は、メキシコ、中国、日本などの各国との間には貿易不均衡がありすぎるとし、ロサンゼルス港を指差して、「日本は大型船で何百万台もの車をここに送ってきている」と言い放ったのです。

岸壁に集まったメキシカンたちは「人種差別主義者は帰れ!」「ダンプ、トランプ!」(海に投げ込め)「トランプ、ユーアーファイア!」(お前はクビだ。テレビ番組『アプレンティス』でのセリフ)と叫んでいました。

このときは、まさか彼が大統領候補の本命になるとは夢にも思いませんでした。

私は、アメリカは若い国でなければいけない、大統領は若くなければ次の時代をつくる世界のリーダーとしてふさわしくないと思っています。だから、もう70歳近い高齢者が大統領になることには不快感を覚えます。クリントン氏も68歳ですから、いくら初の女性大統領と言ったところで、歳を取りすぎたのではと思います。

歳を取ると人間は安定を求め、判断力も鈍ります。「チェンジ」なんてできようがありません。健康状態も気になります。残念ですが、今回の大統領選は、そういう意味で「悪夢」です。

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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