南海トラフ地震の直接経済被害は170兆円、産業被害から社会を守る
南海トラフ巨大地震による経済被害
政府が公表している南海トラフ巨大地震での予測経済被害は、最大クラスの地震の陸側ケースを対象として、最悪、被災地での資産等の被害169.5兆円、全国の経済活動への影響50.8兆円と推計しています。被災地の直接的被害のうち、民間部門の被害は148.4兆円、公共部門の被害が20.2兆円、また、経済活動への影響のうち生産・サービスの低下に起因するものが44.7兆円、道路、鉄道の寸断によるものが6.1兆円と推計されています。経済活動への影響は、1年当たりの経済被害として推定されているので、影響が長引き数年に及ぶと被害金額はさらに拡大します。直接的被害はストック資産の被害、経済活動への影響はフロー資産の被害と解釈できます。
ちなみに、2011年東日本大震災での被害は原発事故によるものを除くと、建築物等約10兆4千億円、ライフライン施設約1兆3千億円、社会基盤施設約2兆2千億円、その他3兆円、計16兆9千億円と試算されています。また、阪神・淡路大震災の被害金額も約10兆円です。南海トラフ地震の被害は、これらに比べ一桁異なっており、その甚大さが分かります。
関東地震に匹敵する経済被害
平成29年度の一般会計予算は97兆円強、平成28年度の実質国内総生産は523兆円ですから、予測被害金額は、国家予算の2~3倍、国内総生産の約4割に相当します。これは1923年大正関東地震(関東大震災)での経済ダメージに匹敵します。関東大震災の推定被害金額は45億円と言われており、当時の日本の国内総生産の約150億円のおよそ3分の1、13億円程度だった国の予算規模の3倍以上でした。
関東大震災後のモラトリアムにより発行した震災手形が1927年に不良債権化し金融恐慌を招きました。その後、31年満州事変、36年2.26事件、37年日中戦争、41年第2次世界大戦参戦、45年敗戦へと続いていきました。震災による犠牲者は10万人、大戦での犠牲者は300万人を超えます。戦後は、数年間で消費者物価指数が100倍にもなり、大変なインフレとなりましたが、50年朝鮮戦争特需の後に安定化し、54年以降の高度成長期を迎えました。
この間には、1925年北但馬地震、27年北丹後地震、30年北伊豆地震、33年昭和三陸地震、43年鳥取地震、44年東南海地震、45年三河地震、46年南海地震、48年福井地震などの地震が続発し、34年室戸台風、45年枕崎台風、47年カスリーン台風などの台風災害と合わせ、自然災害も続きました。
我が国のフロー資産と被害
平成27年度国民経済計算年次推計によると、2015年時点の日本の資産は、フロー資産に相当する国内総生産(GDP)が532.2兆円とされています。GDPに占める産業別の割合は、製造業が20.5%、次いで、卸売・小売業14.0%、不動産業11.5%、専門・科学技術・業務支援サービス業7.3%、保健衛生・社会事業6.9%、建設業5.6%、運輸・郵便業5.2%、金融・保険業4.5%などとなっています。これから、製造業の重要性が良く分かります。ちなみに、日本のGDPは米国、中国に次いで3位ですが、国民一人当たりに直すとルクセンブルクが1位、我が国はOECD加盟国34か国で20位に留まっています。
2014年工業統計表によると、全国の製造品出荷額の総額は305兆円です。上位5府県は、愛知43.8兆円が抜きんでていて、以下、神奈川17.7兆円、大阪16.5兆円、静岡16.1兆円、兵庫14.8兆円となっています。基礎自治体の上位10市は、愛知県豊田市13.1兆円が飛び抜け、次いで、千葉県市原市5.3兆円、岡山県倉敷市4.7兆円、川崎市4.5兆円、横浜市4.3兆円、堺市3.8兆円、大阪市3.6兆円、名古屋市3.5兆円、三重県四日市市3.1兆円、大分県大分市3.1兆円となっています。政令市以外(県名付与)の市は、自動車工場、コンビナート、製鉄所などが立地する市です。これらの多くは、南海トラフ地震の被災地に位置し、危険度の高い湾岸の埋立地に生産施設が立地し、港湾機能の維持が重要になります。
また、基礎自治体の財政力を示す財政力指数が1以上の市町村は、2015年度には65市町村ありましたが、トップは、発電所・工場・コンテナターミナルが集積する愛知県飛島村の2.01で、愛知県の市町村が14市町村含まれています。発電所が立地する市町村や富裕層が利用する別荘地や住宅地が多く含まれていますが、これらを除くと、製造業が立地する市町村が殆どです。
我が国のストック資産と被害
平成27年度国民経済計算年次推計によると、我が国の国富とも言えるストック資産の正味資産は3,290兆円で、そのうち、固定資産残高(名目)は1,736兆円になります。他は、在庫、土地などの非生産資産、海外資産などになります。正味資産のうち、住宅が369兆円、その他の建物・構築物1,005兆円(うち、建築物は170兆円)、機械・設備212兆円になります。南海トラフ地震の被害のうち、直接的な被害は約170兆円ですから、我が国の固定資産の1割を失うことになります。
忘れてはいけないのは、復興に関わる費用は、被害金額より大きくなることです。東日本大震災での復興費用は、復興推進会議の資料によると、事業規模として震災後5年間の集中復興期間が25.5兆円、その後の5年間の復興・創生期間が6.5兆円、全体で32兆円にもなります。被害金額の倍です。これは、被害金額は減価償却された時価なのに対して、復興費用は新たに作る費用になるためだと思われます。
ちなみに、揺れによる全壊や津波、焼失などで失う家屋数は最悪240万棟程度と言われています。この数は、阪神・淡路大震災や東日本大震災の20倍にもなります。また、被災地は、我が国の製造業出荷額の約6割、自動車輸出の約9割を担っています。地震がおきれば、機械・設備の多くが失われる可能性があります。そのような事態になれば、多くの家屋(25%喪失)や生産設備(35%喪失)を失った戦後のハイパーインフレの状況を思い出させます。過去の日本のインフレが、宝永、幕末、戦後と、宝永、安政、昭和の南海トラフ地震の直後に重なっていることを思い出したいと思います。
以上のことから、製造業の経済被害の我が国社会への影響の大きさが良く分かります。ちなみに、東日本大震災後も、鉱工業生産指数の落ち込み最も大きく、回復が遅れたのは製造業が集中する東海地域でした。製造施設の被害は地域を越えて多くの産業に波及します。南海トラフ地震の経済被害のうち、全国の経済活動への影響による50.8兆円はフロー資産の被害に相当します。この被害そのものを減らし、早期に回復する準備をしておかなければ我が国の産業が衰退し、国が弱体化していきます。
我が国は、製造業によって得た収入を糧にサービス業が成り立っています。製造業の維持のため、短期的な利益を追い求めざるを得ない個社に地震対策を進めさせるインセンティブ作りが必要です。企業経営者は、若い社員や取引企業のため、震災後も事業継続するための耐震化、移転、防災設備購入、事業継続計画策定などを積極的に進めてもらいたいと思います。また、行政は、企業の様々な防災活動のための融資、補助、税制優遇などの環境整備が必要だと思われます。あわせて、製造業の事業継続の基礎となる電気・ガス・水・通信・道路・物流などのライフラインやインフラの強化を進めておきたいと思います。