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「魔王第二形態」渡辺明三冠(35)叡王挑戦まであと1勝 挑決第1局で豊島将之竜王・名人(29)に勝利

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 2月6日。東京・将棋会館において第5期叡王戦挑戦者決定戦三番勝負第1局▲豊島将之竜王・名人(29歳)-△渡辺明三冠(35歳)戦がおこなわれました。15時に始まった対局は21時25分に終局。結果は106手で渡辺三冠の勝ちとなりました。

 渡辺三冠はあと1勝で永瀬拓矢叡王(27歳)への挑戦権を獲得します。

 渡辺三冠の今期成績は35勝9敗(0.796)。勝率ランキングでは藤井聡太七段に次いで2位で、あと1勝で8割に復帰します。

充実の渡辺三冠、勢い止まらず

 挑決三番勝負開始に先立ち、叡王戦恒例のPVが公開されました。

「令和の将棋三英傑! 天下分け目の叡王戦!」

 PVではそういうナレーションがされています。

 現在、叡王位を保持するのは永瀬二冠(叡王・王座)。

 そこに豊島竜王・名人(二冠)と渡辺棋王・王将・棋聖(三冠)が挑戦権を争うという構図から、今期叡王戦はまさに棋界の頂上決戦の様相を呈しています。

「ここに来て『魔王第二形態』へ」

 そう紹介されている渡辺三冠。「魔王」というのは渡辺三冠の通称でもあります。山崎隆之現八段(第1期叡王)と、渡辺現三冠は十数年前には「西の王子、東の魔王」と並び称されていました。

山崎六段とは何かと比較されることがあるのですが山崎六段が「若様」「西の王子」などと呼ばれているのに対して自分は「魔太郎」「東の魔王」なんすかこの差は

出典:「渡辺明ブログ」2005年3月19日

 渡辺三冠の生涯勝率は現在ちょうど0.666(650勝325敗)。なるほど、このあたりも魔王感があります。

 渡辺三冠は今期A級順位戦で8連勝。独走で名人挑戦権を獲得しました。

 4月に開幕する名人戦七番勝負は豊島名人-渡辺挑戦者と既に決まっています。

 豊島名人は昨夏、木村一基九段(現王位)と王位戦七番勝負、竜王戦挑決三番勝負を並行して戦いました。そして両方ともにフルセットで文字通りの「十番勝負」となりました。

 これからは叡王戦挑決三番勝負、そしてそれが終わった後に名人戦七番勝負と、こちらも合わせて最大十番の戦いとなります。

 渡辺三冠は叡王戦準決勝で、サッカーのシメオネ監督のように、黒ずくめの服装で話題になりました。

 挑戦者決定戦では渡辺三冠、豊島竜王・名人ともに和服姿での対局となりました。

「もう『きゅん』などと呼べない存在に」

 とPVでは言われている豊島竜王・名人。なるほど、そうかもしれない・・・。いや、どうなんでしょうか。この先、さらに実績を重ねてもずっと「きゅん」と呼ばれ続けるような気もします。そして永瀬叡王もまた、どれだけ昇進を重ねても、永遠の「軍曹」という印象もあります。

 豊島竜王・名人は関西、渡辺三冠は関東の所属。第1局は豊島竜王・名人が移動して、東京・将棋会館での対局となりました。

 本日はC級2組順位戦9回戦もおこなわれていて、別室では豊島竜王・名人の師匠である桐山清澄九段も対局していました。そして生涯通算994勝目をあげています。

 また前叡王の高見泰地七段はC級2組で9連勝して、C級1組昇級を決めました。

 本局は振り駒の結果、第1局の先手は豊島竜王・名人と決まりました。戦型は角換わり腰掛銀です。

 途中までは今年度棋聖戦五番勝負第2局と同じ進行となりました。この時は中盤で豊島棋聖(当時)に疑問手が出て、渡辺挑戦者が大きくリードを奪いました。そこから豊島棋聖が追い込んで、最後はきわどい終盤に。そして美しい投了図が残されたことが話題となりました。

 本局ではその実戦例なども踏まえての早い進行。とにかく指し手が早い。トップクラス同士の対戦といえば、序中盤はゆったりとした進行になりそうなものです。しかし現代ではトップ同士の重要な一局でも、双方が事前に研究している局面までは、あっという間に進行していきます。

 開始十数分で豊島竜王・名人が新しい工夫を見せ、棋聖戦第2局の進行からは離れます。対して渡辺三冠も、それは先刻承知とばかりに手が止まらない。

 開始から15分。渡辺三冠は銀と交換して手にした桂を、豊島玉上部の歩頭に打ち込みます。叡王戦挑決の持ち時間は各3時間にもかかわらず、あっという間に終盤のような局面に突入しました。

 そして双方が時間に余裕をもって、中終盤の難解な読み合いを始めるのもまた現代風です。

 渡辺三冠の64手目を見て、3時間のうち2時間46分を残している豊島竜王・名人の手がぴたりと止まりました。ここは攻めるべきか、それとも守るべきか。手が広いところで、これまでの早い進行とは一転し、盤面はまったく動かなくなりました。そして豊島竜王・名人はこんこんと考え続け、そのまま18時の夕食休憩に入りました。

 夕食の40分をはさんだあと、ようやく豊島竜王・名人の手が動きました。指し手は玉を一つ寄せる受けの手でした。

 皮肉なことに、本局はここから次第に渡辺三冠がリードを奪っていきます。豊島玉を左右はさみ撃ちの形にしてみると、受けが難しい状況になっていました。

 ただし、強者はそう簡単に土俵を割ったりはしません。追い込まれてからの豊島竜王・名人もまた強い。最善を尽くして粘り、渡辺三冠の攻めがつながるかどうか、きわどい感じとなりました。

渡辺「形勢がどうだったか。どこでどうなったのかよくわからなかった将棋だったんですけど・・・。うーん。中盤以降はちょっといいかなと思ってやってたんですけど。最後ちょっと、寄ってたのかどうか、よくわかんないな、と思いながらやってましたね」

 渡辺三冠は局後にそう語っていました。

 残り時間の切迫した豊島竜王・名人は、きわどいタイミングで反撃に転じます。そこで渡辺三冠は時間を使って考え、恐れずに踏み込みました。これが好判断で、渡辺三冠勝勢に。少しずつ時間を使いながら、ゴールに至りました。

 勝った渡辺三冠はあと1勝で叡王挑戦権獲得となります。

 超多忙な渡辺三冠。翌日は王将戦第2局の移動日で、翌々日にはまた対局があります。

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将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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