「6体の人形を動かさなければ勝てないと思った」。驚異の「6体腹話術」で脚光を浴びる京都のニッシャン堂
■いっこく堂が「僕よりうまい」と絶賛した6体腹話術
「手と脚で人形を動かして、計4体。“6体腹話術”は『残りのあと2体の人形をどうやって動かすのか』が課題でした」
驚異の「6体腹話術」で話題となっている腹話術師「ニッシャン堂」さん(56)は、そう語ります。
京都の山科(やましな)を拠点に活動するニッシャン堂こと西田明和(あきかず)さん。百貨店などの催事場や物産展会場へ出張して総菜を売る「販売員」と「腹話術師」を兼ねる、異色の副業ワーカーです。
「南蛮揚げ、鶏ごぼう、れんこん、イカなど、その場でおかずを調理して販売しています。なかでも、大学いもよりも甘みを抑え、あっさり柔らかく仕上げたオリジナルの『中学いも』が人気です。食べ物も腹話術も、今までにないものを考えるのが好きなんですよ」
西田さんが注目を集めた大きなきっかけが、昨年開催された腹話術の日本一を決める初の全国大会「F-1腹話術グランプリ2022」。西田さんが披露したのは、驚きの「6体腹話術」でした。
妻、娘、息子、祖母、祖父、愛犬、そして夫である自分。家族を設定した6体の人形がすべて動き、話をする、掛け合いをする、妻に言い込められる。まるで新喜劇のようなやりとりにお客さんは大爆笑。
自分の声を含め計7つの声を自在に使い分ける前代未聞の腹話術は他のファイナリストを圧し、「F-1腹話術グランプリ」初代王者の栄冠に輝きました。審査員をつとめたいっこく堂氏もこの芸に驚いて目を見開き、「だめじゃないですか。僕よりうまくてどうするんですか」と大いに絶賛したのです。
「6体の人形を抱えたり背負ったりしながら一度に全身で操作した腹話術師は過去にいなかったと思います。6体どころか4体でもいないんやないかな。いっこく堂さんに憧れてニッシャン堂を名乗っていたくらいなので、ご本人に認めてもらえて嬉しかったですよ」
■「どうせ口だけやろ」の言葉が引き金となった
西田さんが芸ごとに関心をいだいたのは、およそ20年前、30代の頃。総菜の調理販売員として広島・福山の百貨店へ出張していた日のことでした。
「休憩時間に外出してみたら、たまたま福山市内で大道芸フェスティバルが開催されていましてね。これが、おもしろくて、おもしろくて。見とれてしまいました。それで業者仲間に『僕も人前で芸を披露したい』と言うたんです。すると、『あんた、口だけや。どうせやらへんやろ』と言い返されましてね。この言葉がカッチーンと頭にキたんです。『やったろうやないかい!』と、すぐに滋賀県大津にあるジャグリングクラブに通い始めたんです」
大津で名門と呼ばれるジャグリングクラブで練習を始めた西田さん。全国を渡り歩きながら行き交う人々に総菜を販売する生活と旅芸人の気質がマッチしたからか、ジャグリング、マジック、バルーンアート、演奏芸など諸芸を次々と習得。なかでも腹話術は相性がよかったようです。
「腹話術は幼い頃から好きでした。初めて腹話術を見たのは幼稚園児の頃。あのとき腹話術のおじさんがどういう芸をやって、人形はどんなセリフを喋り、自分はどの場所に座って見ていたか、当時の風景を今もすべて思いだせるほど強烈な印象があったんです」
一人っ子だった西田さんは、もともと人形遊びが好きでした。家の中に舞台を手作りし、ぬいぐるみや人形に声をあてて楽しんでいたのだそうです。
「スポーツが苦手で、家で遊ぶのが好きな子どもでした。父からよく『男の子はもっと外で遊べ』と叱られていました。けれども幼い頃の経験が現在の腹話術の仕事に役立っている。人はやっぱり、無理して自分に合うてないことをしたらあかん。誰からなんと言われようとも、自分に向いていると感じたものをやった方が幸せになれると思うんです」
■通行人にそっぽを向かれ、プロの厳しさを知った
ジャグリングクラブに通い、ひたむきに練習をしながら諸芸を身につけていった西田さん。当時はまだアマチュアでしたが、腕が見込まれ、プロの芸人から「人前で上演してみないか」「イベントに出てみないか」と誘いがかかるようになりました。
しかし、プロとアマチュアではやはり「場を読む」力が違う。西田さんは芸の厳しさをまざまざと見せつけられることとなるのです。
「滋賀の石山の商店街で大道芸まつりがあり、出演させてもらいました。ギャラは投げ銭でね。見物のお客さんはプロの芸人にはお札をばんばん投げ入れるんです。けれども私の芸はそっぽを向かれ、誰もお金を入れてくれない。バルーンアート、マジックなど、 手を替え品を替えしながら芸をやってみせるんですが、たまに10円玉をもらえる程度。お客さんはシビアです。見抜くんですね。その場の空気に合わせて演じられる人たちと、覚えてきた動作をそのままやっている私とでは、やっぱりおもしろさが違うんですわ」
この道に入るきっかけとなった屋外の大道芸。とはいえ、「観る」と「やる」では大違い。プロの洗礼を浴びた西田さん。それ以来、「腹話術が一番できているね」という声に耳を傾け、腹話術にいっそう注力。次第に笑いが起きるようになりました。祭やイベントにたびたび呼ばれるようになり、正式なギャラも派生し、アマチュアから脱却。「腹話術師」として名が通るようになってきたのです。それが、およそ8年前。
■人形が増えてゆく腹話術が好評。しかし弱点があった
次第に軌道に乗りだした腹話術。しかし、ここで新たな壁が西田さんの前に立ちはだかります。それは「盛り上がり」でした。
「大道芸って必ずと言ってよいほど、終盤に大きな拍手がもらえる演出があるんです。目隠しをして一輪車に乗ったり、火がついた器具でジャグリングしたりね。腹話術って地味でね、そういうワーッと拍手がもらえる部分がつくりにくい。そのため腹話術師がイベントのトリをつとめる例がほぼないんです。もっと腹話術に注目してほしい。そのためにも、お客さんを『アッ!』と言わせる山場が欲しいなと考えていました」
腹話術でお客さんを驚かせたい。先ず試したのが「人形を増やしてゆく」パターン。次々と新しい人形が現れ、西田さんを囲んでゆくというアイデアです。
「いろんな人形が出てきて、会話したり、一緒に歌ったりすれば楽しいし、お客さんも飽きないだろう、そう思ったんです。この形ができあがったのが約4年前。さっそくチラシを刷って宣伝しました。実際、けっこう評判はよかったんです。ただね……初めに目標にしていた『お客さんを驚かせる』にまでは至らなかったですね」
4年前に誕生した「人形の数が増えてゆく腹話術」は、役目を終えた人形を、西田さんの背中にしつらえたラックに吊り下げてゆくシステムでした。ぶらさがる人形の数が増えてゆく様子がユーモラスではあるのですが、「出番を終えた人形は、もう操作できない」という弱点があったのです。
打開策が見つからぬまま、それでも大いにウケていた新しい腹話術。そんなとき、耳に飛び込んできたのが「F-1腹話術グランプリ2022」開催の報せでした。
「しかも、審査員には憧れのいっこく堂さんがいるではありませんか。それだけに、絶対に出たかったし、勝ちたかった。けれども、わかるんです。『このままでは優勝できない』と。人形と喋って歌って、それだけの腹話術では勝てるはずがない」
■残り2体をどうやって動かすかが難題だった
そこで西田さんが考えたのが、「複数の人形が全身に常駐するネタ」でした。これまでのように人形が入れ替わってゆくのではなく、人形の動作や人形とのおしゃべりが同時多発するというものです。
右手、左手に一体ずつ。続いて「脚の振動を利用して」右と左に一体ずつ。この方法で4体を操作し続けることが可能となりました。脚を動かして人形を操るなんて、すでに難易度が高い。充分にすごいのです。
しかしながら西田さんは、これではまだ満足できません。「やるならば6体」。腹話術師たちがまだ経験していない「6体に挑みたい」、そう考えたのです。
「悩みました。すでに両手、両足がふさがっていますから。『あと2体、どうやって動かしたらええんや……』と頭を抱えました。そこで、ひらめいたんです。『そや、人形が人形を動かしたらええんやないか』って」
人形が人形を操る……。いったい、どうやって。そこから試行錯誤が始まりました。結果、辿りついたのは、向かって右側の人形(のちの愛犬ドンちゃん)の手に棒を持たせ、その棒で頭上に2体を動かすというもの。もちろん、その棒を操るのは西田さん自身。一つの手で3体の人形を操作するハードな手法でした。
■6体の人形は「家族」。自分自身にも「夫」という役割を持たせた
さらに、ストーリー展開の見直しもはかりました。「3世代家族」という観客が共感しやすいシチュエーションを作り、大阪のおばちゃんをイメージした妻役の人形「鬼嫁」を自作。自らにも単なる腹話術師ではなく「恐妻家に言い込められる夫」という設定を持たせたのです。
「そこから必死で練習しました。テンポが命ですから、販売員の仕事を一か月休み、朝から晩まで部屋にこもって訓練しました。いやあ、難しかった。コンテストを受ける前に試しにお客さんに観てもらいましたが、『ようわからん』『ぐちゃぐちゃやな』と酷評されましたよ。人形を動かすのが精いっぱいで、それぞれの声で話し分ける余裕がない。声を間違えてしまうんです。でも、ここを誤ると、内容がさっぱりわからなくなります。だから、必ず克服しなければなりませんでした」
練習を重ね、さらにネタを練り直して、いっそう6体が存在する理由が明確になりました。各キャラクターの性格が伝わりやすくなり、夫婦漫才のようなおかしいやりとりが生まれ、がぜん観やすくなったのです。
いやあ、それにしても、6体の人形を操るだけでもミラクルなのに、そのうえ同時に7つの声を使い分けるとは凄絶です。どうして7色の声を出せるのでしょうか。
「昔からモノマネをよくやっていたんです。販売員のとき、志村けんさんやジャパネットたかた前社長の髙田明さんの声などでお惣菜を勧めると、お客さんが喜んでくれはるんですよ。その甲斐があって、いろんな声が出せるんです」
サービス精神から生まれたモノマネが、優勝に導くほど役に立つとは。人生に無駄は何一つありません。6体腹話術は、西田さんのこれまでの経験の集大成と言えるでしょう。そう思うと、6体腹話術が尊い「六神合体」に見えてきました。
■「F-1腹話術グランプリ」優勝で「人生が変わった」
西田さんは「F-1腹話術グランプリ」の初代チャンピオンになったのち、一気に脚光を浴び、テレビ出演やイベントに引っ張りだこの人気となりました。西田さんは「人生が変わった」と言います。
「福祉の講演会や火災予防運動など、呼んでいただける機会が増えました。『皆さん、火災には気をつけてくださいね。あ、放火魔や!』『誰がやねん!』って、場所によってネタも変えて、喜んでいただいています。6体いますから掛け合いもにぎやかで、たくさん笑っていただいていますね」
6体いるからこそアドリブも縦横無尽となり、笑いがさらに増幅してゆくのだそうです。初めて路上で大道芸を披露し、見向きもされなかった時代とは別人のよう。
「腹話術って、笑いが起きなかったら本当に寂しい芸なんですよ。特に幼稚園や保育園へ行くとね、笑えない腹話術はお子さんがおびえるんです。『怖い』と言って泣きだす子もいる。だから招く方々も『腹話術の芸人を呼んで大丈夫だろうか。会場の空気が冷えるんじゃないか』と内心不安なのだそうです。『ああ、よく笑った』『腹話術の人に来てもらってよかった。腹話術って面白かったんですね』と、今では言っていただけるようになりました」
そんな西田さんの今後の夢や目標は?
「これからはさらにネタを磨き、ネタの数を増やし、もっと笑ってもらえるようにしたい。そして多くの人に『腹話術って、こんなにおもろいんや』と知ってもらいたいです」
ステージ上に最後には人形が10体以上も登場する腹話術エンターテイメント、ニッシャン堂。バルーンアートやマジックまで取り入れながら30分から約1時間、進化した腹話術で笑いを届ける西田明和さん。そんなニッシャン堂を世に出した「F-1腹話術グランプリ」が2023年の今年も開催されます。初代王者ニッシャン堂もゲスト出演し、ウワサの6体腹話術などパフォーマンスを披露しますよ。
全国の腹話術ニューカマーたちが腹をくくって挑む「F-1腹話術グランプリ2023」。2代目王者は、いったいどんな芸で驚かせてくれるのか、楽しみだね。「うん! めっちゃ楽しみや!」。
F-1腹話術グランプリ2023
2023年3月4日(土)
神戸市東灘区文化センター うはらホール
ゲスト:ニッシャン堂
開場12:30 開演1:00
料金3,000円 配信2,000円
F-1腹話術グランプリ2023公式サイト
ニッシャン堂オフィシャルブログ