マイナビ仙台は充実補強で復活の狼煙。自粛期間も焦らず「全員が同じ状態でスタート地点に立つ必要はない」
【それぞれの自主トレーニング】
昨年、一昨年と続けて残留争いに巻き込まれ、下位に苦しみながらも辛うじて残留を果たしたマイナビベガルタ仙台レディース。指揮をとって2年目となる辛島啓珠監督の下で上位進出を目指す今年は、水原WFC(韓国)からFW池尻茉由、ノジマステラ神奈川相模原からDF國武愛美、INAC神戸レオネッサからMF福田ゆい、浦和レッズレディースからGK松本真未子と、各ポジションに代表クラスの選手を獲得した。
マイナビでは、緊急事態宣言が発出された翌日の4月8日から活動を自粛。自粛期間中、仕事を持っている選手たちは通常通りお昼までの勤務や在宅勤務をし、その後は各自、自宅でトレーニングを行っていたという。
攻守の要であり、プロ契約選手でもあるボランチのMF隅田凜は、この2カ月間のトレーニングをこう振り返る。
「家の中では体幹トレーニングをしたり、近くの公園で家が近いチームメートたちと何人かで、密集しないように気をつけながらボールを使った練習や、サーキットトレーニングなどをしています。ボールも使っています。走る時は、ただ一定のペースで走るだけではなくて、負荷を上げて落としたりインターバルを入れたりして、普段やっているフィジカルメニューを自分なりに工夫しながら心拍数を上げることを意識しています」
隅田は、日テレ・ベレーザ(現日テレ・東京ヴェルディベレーザ)からマイナビに移籍して2シーズン目となる。今季は持ち味の守備力に加え、攻撃面でもさらなるパワーアップを見せたいと思っていた。1月末から2月にかけて鹿児島キャンプを行い、トレーニングマッチを重ねて着実に開幕に備えていただけに、「2月のキャンプでもフィジカルとか、試合も積み重ねてやってきたので、本当に開幕を楽しみにしていました」と、切ない思いを吐露した。
辛島監督はこの時期、選手たちにどのようなアプローチをしているのだろうか。
「選手はそれぞれ住んでいる環境や職場も違いますし、メンタリティも違いますから。トータルとして考えたときにまだまだ先が見えない状況でしたから、基本的には感染しないことを第一に考えて、『(自粛期間中に)コンディションはゼロに戻るかもしれないけど、そこまで心配しなくていいよ。やる時はゼロからスタートのつもりで、そこからまた作っていくから』と、4月中にみんなに伝えました。
JFAの広瀬(統一)フィジカルコーチから家でできるYouTubeの素材が各チームにも送られているので、参考として選手たちに送ったぐらいです。ほぼ1カ月間指示はほとんど何も出さずに、自分のペースに合わせて生活してもらうようにしました」
メニューを課すことはせず、個々にトレーニングを委ねている背景には、練習したくてもできない状況下で選手たちに過度なプレッシャーを与えないようにしたいという思いがある。また、自身の経験から感じることもある。辛島監督は現役時代、ガンバ大阪や水戸ホーリーホックでディフェンダーとして活躍したが、ケガも多かった。そうした経験から、既往歴やプレースタイルも含めて選手たちの独自性を最大限に尊重している。
選手とは電話で話し、全員の状態を把握するようにしているという。その際、トレーニング内容や個々の取り組み、メンタリティにも差があることを認識している。現在は、チーム練習が6月から再開し、リーグ戦は早ければ7月から始められることも想定している。実際のところ見通しははっきりしていないが、辛島監督に焦りはない。
「仮に練習が再開した時にコンディションがバラバラでも、全員が同じ状態でスタート地点に立つ必要はないし、コンディションが良くない選手は悪いなりに自分で作っていけばいいと考えています。今シーズンの方針は活動自粛に入る前、紅白戦や試合映像を通じて選手たちに伝えていました。その中で、去年からいる選手も含めて徐々にチームを作ることができているなという手応えはあったんです。そういう戦術的なことも、実際に再開してみないとわからないし、今はできることをできる範囲でやっていく。短期的な目で見ないようにはしています」
時間の区切りやルーティンが作りにくい中で、心技体を高いレベルで維持するためには、自制心や強い意志も必要だろう。そうした面でも、マイナビの選手にとって今は自分とじっくりと向き合える時間になっているのかもしれない。
【攻守の鍵を握る新キャプテン】
なでしこリーグは5月25日にすべての都道府県で緊急事態宣言が解除されたことを受け、翌26日に各チームへの活動自粛要請を解除した。これを受けて、マイナビは翌日、6月2日からのチーム活動再開を発表している。
リーグ戦が再開した時には、どんなサッカーを見せてくれるのだろうか。
マイナビは今季、各ポジションにゲームを作ることができる選手が増えたため、より攻守のバリエーションは広がりそうだ。
「ボールを持っていても遅くて、ゴールシーンが少なく、外から見ていてつまらないサッカーはしたくないです。縦に速い部分を大切にしつつも、よりポゼッション率を上げていきたい。それは理想ですが、実際は一つのことに固執しすぎると良くないので、攻守の質を上げて、中央だけでなくサイドも使う『バランスのいいサッカーをしよう』と、いつもみんなに伝えています」(辛島監督)
仮に練習再開から開幕までの準備期間が十分に取れなかったとしても、試合を重ねる中でチームを作っていけると辛島監督は自信を見せる。
その中で、今季のチームの命運を握る一人が隅田であることに疑いの余地はない。今年はキャプテンにもなった。
「自分的にキャプテンと言ったら、やっぱりベレーザで(10年以上)長くプレーしたので、イワシ(岩清水梓)さんがキャプテン像です。でも、自分はかけ離れている感じですから(笑)。自分なりに、いろいろとやってみながらそういうキャプテン像を見つけ出していきたいなと思います」
思い出されるのは、ベレーザの下部組織にいた中学生時代のエピソードだ。大人しい性格をみかねた当時の寺谷真弓監督(現東京ヴェルディアカデミーダイレクター)が隅田を無理やりキャプテンにしたところ、本人は厳しい指導で有名だった指揮官に「嫌がらせですか?」と言ったという。切羽詰まって出たその言葉に「そうです」と直球で返したことを寺谷監督は笑いながら話していたが、当時の隅田にとってはそれほど切実な問題だったのだろう。
だが、そのセンスの高さを認めていた恩師は、リーダーとしての資質も見抜いていたのかもしれない。
今年はキャプテンとしての自覚も、新しいメンバーのいいところを引き出したいという思いにつながっているようだ。
「自分でミドルシュートを狙ったり、チャンスメイクすることは、去年とは変化させていきたいところです。今年はメンバーがガラリと変わったので、新しいメンバーのプレーも理解して、それぞれのいいところをもっと引き出していきたいです」
2017年4月、熊本でなでしこジャパンがコスタリカ女子代表に快勝した試合は忘れられない。隅田はボランチの一角で持ち前のハードな守備を見せ、攻撃面でも大きな存在感を放った。鋭いドリブルで相手のサイドを崩し、力強いミドルシュートはピッチのサイズが小さく思えるほどの鮮烈な軌道だった。
周囲を生かすだけでなく、隅田がその高い攻撃力を周囲によって引き出されるようになった時、マイナビの得点力はさらに上がるだろう。
サッカー以外の時間は自炊をしたり、パズルに夢中になったりと、凝り性な一面も見せる。多くを語らず、ピッチでは内に秘める熱い闘志とそのテクニックでチームを支えてきた隅田は、この困難な状況を乗り越えたあと、どんなプレーを見せてくれるだろうか。
(※)インタビューは、5月中旬にオンライン会議ツール「Zoom」で行いました。