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リオサッカー五輪代表は北京大会の「94%」を目指せ!

小宮良之スポーツライター・小説家
北京五輪でアメリカ戦に挑む内田篤人。(写真:アフロスポーツ)

五輪サッカーの存在意義とは、一体なんなのか?

<23歳以下の代表>

出場条件は、年代別に区切られている。必然的に"世界一"を決める大会ではない。OA(オーバーエイジ、24歳以上選手枠)が3人許されるが、エース級の選手を呼べたのは開催国のブラジルだけ。年齢制限はワールドカップとの線引きだが、他競技も世界選手権などはある。それでも競技種目から外されないのは、サッカーがひとえに世界最高の人気スポーツだからだ。

その上、今大会はFIFA(世界サッカー連盟)が「選手の拘束権はない」と突き放している。クラブが承諾してくれなかったら、選手を招集できない。事実、日本は出場メンバーに選んでいた久保裕也を巡って、所属先のヤングボーイズが突如、大会参加に難色を示し、代表ディレクターが交渉に奔走する羽目になった。

五輪サッカー軽視。

それが世界の流れなのだろう。

EURO2016で優勝したポルトガルは、Uー21欧州選手権の王者でもあり、「優勝候補筆頭」と言っていいはずだが、リオ五輪では伏兵に過ぎない。実は主力の大半が欠場。EUROに出場したレナト・サンチェス、ラファエル・ゲレイロだけでなく、同じく代表経験のあるベルナルド・シルバ、ゴンサロ・グエデス、ルーベン・ネベスらもクラブに拘束され、不参加を選択せざるを得ない。

しかしそもそも、欧州勢は五輪を重視していない。彼らにとって育成年代の集大成と言えるのは、Uー23代表の五輪ではなく、Uー21欧州選手権である。Uー21欧州選手権は五輪予選も兼ねているが、2年間をかけて行われる中、出場規定は大会開幕時に21歳以下。五輪の始まる3年後には、24才になっている選手も少なくない。言い換えれば、五輪を目指した選手構成ではないのである。

「23才にもなって若手とは片腹痛い」

それが欧州や南米のサッカー先進国の本音だろう。例えばアルゼンチン五輪代表も、ディバラ、イカルディ、クラネビッテル、ビエット、ムサッキオらがリオ五輪を欠場。欧州のビッグクラブで主力として戦う(あるいは先発争いをする)選手は、もはや年代別代表に出てる場合ではない。チャンピオンズリーグやワールドカップこそが目指すべき舞台なのである。

94%の代表招集率

しかしながら日本人選手にとって、五輪サッカーは「育成年代表の総決算」であるべきである。

島国で、サッカー後進国地域に位置する日本にとって、五輪は世界を体験できる数少ない真剣勝負の場と言える。ここで得た感覚は、言葉には尽くせない財産となる。勝っても負けても、全力で戦った人間に一つの道を与えることになる。

例えば準決勝に進出したロンドン五輪、センターバックの鈴木大輔はモロッコのFWノルディン・アムラバトとマッチアップしている(アムラバトはガラタサライ、マラガ、ワトフォードなど各国リーグで活躍する)。試合中、体をぶつけてもビクともしなかったという。初めての体験で、食いつきすぎると別格とも言えるスピードで裏をとられそうになる。そこで、アムラバトとオランダのフェンロ時代にチームメイトだった吉田の忠告を受け、間合いをとって守るとどうにか凌げた。

「試合中の発見が楽しかった」と語る鈴木は、短時間に成長を感じたという。

リオ五輪も、選手たちが刹那に成長の活路を見いだせるか? 試練が彼らを鍛える。

北京五輪はOA選手を使わず、グループリーグで惨敗に終わった。世界との距離感を突きつけられた。心をかきむしられる屈辱だった。敗北に心をへし折られたが、再生した心は硬度を増していたのだろう。参加したメンバーは五輪を通過点にし、世界を闊歩する選手になっていった。

18人中17人。北京五輪のメンバーはほとんどが代表のユニフォームを着た(山本海人、谷口博之の二人は招集のみ)。代表招集率は94%。しかも、岡崎慎司、内田篤人、本田圭佑、長友佑都、香川真司、吉田麻也は代表を支え、海外で足跡を残している。

<育成年代の総仕上げとして成功だった>

そう断じて差し支えないだろう。彼らの学習能力の高さは、イノベーションと表現しても大げさではない。オペレーションの成功と失敗の連続が、才能を革新させた(シドニー五輪は18人中18人が代表に選ばれたが、OA選手がいたこと、当時の黄金世代は五輪世代ですでにフル代表の主力が多数)。

リオで、ルーキーたちは勝負の機微を感じられるのだろうか。

懸念されるのは、今回のチームがアジアで結果を出すために固定したメンバーで戦ってきたチームである点だろう。組織としての強みはあるが、一方で個人の能力は停滞している。トップリーグでの試合経験が乏しく、はたして成長できるだけの水準に達しているのか。リオ五輪直前のブラジル戦は、個人技やワンツーだけで崩され、その後も反発力を感じさせず、為す術もなく終わっている。腰が引け、覇気を欠いた。

ノビシロという点、橋本拳人(FC東京)のような逸材をメンバー外にしたことは、"大きな損失"だろう。橋本は触媒次第で、日本人にはいない「攻守にダイナミズムを感じさせる選手」になれる。他にも鎌田大地(サガン鳥栖)、奈良竜樹(川崎フロンターレ)、関根貴大(浦和レッズ)、富樫敬真(横浜F・マリノス)、中谷進之介(柏レイソル)、伊東幸敏(鹿島アントラーズ)らは面白い人材だったが・・・。

しかし、希望はある。本大会に挑むメンバーでも、中村航輔(柏レイソル)、大島僚太(川崎フロンターレ)、室屋成(FC東京)の3人は、可能性を感じさせる。もし彼らが翼を持てるなら、そこには勝敗以上に問われるものがある。五輪サッカーは、日本人にとって育成年代の仕上げなのだ。

8月5日、マナウス。強烈な高温多湿のアマゾンで、日本はナイジェリア戦で五輪の火蓋を切る。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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