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異次元の天才・藤井聡太二冠(18)朝日杯3回目の優勝達成 決勝で三浦弘行九段(46)に逆転勝ち

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 2月11日。東京・有楽町朝日ホールにおいて第14回朝日杯将棋オープン戦決勝▲藤井聡太二冠(18歳)-△三浦弘行九段(46歳)戦がおこなわれました。棋譜は公式ページをご覧ください。

 14時に始まった対局は16時4分に終局。結果は101手で藤井二冠の勝ちとなりました。

 藤井二冠はこれで朝日杯3回目の優勝を達成しました。

 藤井二冠の今年度成績は41勝8敗(勝率0.837)。4年連続の勝率8割超えも現実的なものとなってきました。通算対局数はちょうど250局で、210勝40敗(勝率0.840)という途方もない成績です。

 さらには現在、公式戦14連勝も達成。澤田真吾七段と並んで、連勝部門トップに立ちました。

藤井二冠、形容しがたい偉業達成

 準決勝の▲三浦九段-△西田拓也四段戦は、西田四段の三間飛車に三浦九段は居飛車穴熊。結果は125手で三浦九段の勝ちとなりました。

 一次予選から勝ち進み、前回優勝の千田翔太七段を破るなど快進撃を見せた西田四段は、ここで敗退となりました。

 ▲渡辺明名人-△藤井二冠戦は大逆転の名局でした。

渡辺「後手玉はかなり危ないので、普通は100手以内で先手が勝てるところだと思いますが・・・」

 渡辺明名人は自身のブログでそう本局を振り返っています。渡辺名人の苦笑いの声が聞こえてくるような文面です。

 準決勝の大逆転劇の興奮も冷めやらぬまま、14時、決勝戦は始まりました。

 振り駒で先手番を得た藤井二冠。まずお茶を飲み、次いで盤上に手を伸ばして飛車先の歩を伸ばし、スーツの上着を脱ぎました。

 棋界屈指の作戦家である三浦九段。横歩を取らせたあと、角交換から乱戦辞さずの角を打ちました。こう進めた以上、事前に深い研究があることは明らかです。またそれは、本棋戦が持ち時間40分の早指しという条件も踏まえた上での選択でした。

三浦「本当に形勢がいいかどうかはわかんないんですけど、短時間の勝負だと、まあ・・・」

木村「自分のペースに持ち込みやすいと」

三浦「そうですね」

 終局後、解説担当の木村一基九段をまじえての検討で、三浦九段はそう語っていました。

 さすがの藤井二冠も、三浦九段の序盤作戦には意表をつかれたようです。飛車を成り込んで乱戦に飛び込むか。それともじっと引き上げるか。早くも悩ましい二択でした。

 藤井二冠は考えた末に乱戦を避け、飛車を引いて比較的穏やかな順を選びました。藤井二冠は2歩得の成果を得た一方で、陣形が乱れます。一方で三浦九段は中原囲いの理想的な形。両者慎重に時間を使い合って、ほぼ互角のまま序中盤は推移していきました。ただし藤井二冠としては、やや不本意な進行だったようです。

藤井「▲2四飛に△8八角成から△3三角と指されて・・・。▲2八飛と引くのでは、作戦としてはあまり面白くもないのかもしれないな、というふうに思ってました」

藤井「△3三角と打たれたときに▲2一飛成ができるかどうか、ちょっとわからなくて・・・。ただ本譜▲2八飛ではちょっと主張がないかもしれないなと思って」

三浦「厳密には無理をしている作戦だと思っていましたので。まあでも短時間の将棋なので。もちろん、簡単にわるくはならないというのはわかっていたので、実戦的に指して・・・。本当に形勢がよかったかどうかも、本当はわからないんですけれども、短時間の将棋ではまあ、比較的勝ちやすいような将棋にはなっていたのかもしれませんね」

 実戦的には、藤井二冠が苦労の多い展開となったようです。

藤井「(▲2八飛と飛車を引いた)そのあと、バランスの取り方があったと思うんですけど、うまくまとめられることができなくて。序盤は少し苦しいと思って指してました」

三浦「実際に形勢がいいかどうかは微妙だなあ、と思っていたんですよね。なかなか視界が開けるような展開にならなかったので。そのへんはうまくバランスを取られてさすがだなあ、と思ったんですけれども。本当に形勢がよかったのかどうかさえ、本当はわからないです」

 三浦九段は積極的に技を仕掛け、銀桂交換で駒得の戦果を得ます。対して、藤井二冠は手番をにぎって反撃に移ります。

藤井「あのあたりは攻めていく展開になって。難しくなったのかなと思ったんですけど、ただ、そうですね、こちらの玉も薄いので、判断が難しかったです」

 67手目。藤井二冠は左側の桂を跳ね出します。これで五段目に藤井二冠の桂が3枚並びました。

 藤井二冠の桂使いのうまさはよく知られるところ。前局の渡辺-藤井戦では、藤井二冠は使いづらい持ち駒の桂3枚をうまく使って、大逆転に持ち込んでいます。

 藤井二冠は自陣の銀を取らせたあと、手抜きで桂を打って攻め合います。きわどい終盤戦に入りました。

 74手目。三浦九段は自玉のふところを広げ、角に連絡をつけながら、金を立ちました。これが藤井二冠の意表を突きます。

藤井「手の流れはいいかと思ったんですけど、ただ△3三金が見えていない手で。それでちょっと、うまい手がわからなかったです」

 76手目。三浦九段は歩を打って、三段目に浮いている藤井玉に王手をかけます。ここもまたどう応じるのか、大変に難しいところ。

 藤井二冠はぐいと四段目に玉を上がりました。いかにも危ない形をあえて選びます。しかしそこで、形勢は一気に三浦九段優勢となりました。

藤井「▲5四桂と打ったところで△3三金というのがちょっと見えていなかった手で。そのあと、指し方を間違えてしまって。△5六歩と(王手で)叩かれたあたりで違う対応の方がよかったのかな、と思います」

藤井「△4四歩から△4五歩と金を取られて、負けにしてると思ったので。それ以降は仕方ないという感じで指してました」

 ソフトの評価値は、三浦九段勝勢と示しています。しかし秒読みの中での人間同士の勝負。最後まで何が起こるのかはわかりません。藤井二冠が奇跡のような逆転勝ちを収める場面は、これまでに何度も見せられてきました。つい先ほどの準決勝もそうでした。

 のどからしぼり上げるような声で、三浦九段は何度も「いやあ」とうなります。そして時おり、すさまじい形相を見せました。

 82手目。三浦九段は単に相手の飛車を取るか。それとも金銀4枚を捨てて藤井玉をさらなる危険地帯に引っ張り込み、手番を握り続けるか。

 ギリギリの判断で、三浦九段は後者を選びます。途端に評価値は逆転しました。三浦玉と対峙するかのように、三浦陣三段目にまで入り込んだ藤井玉は、上下はさみ撃ちの形ながらきわどいところで耐えています。

 しかしそれはソフトの評価。観戦するほとんどの人間の目にはもちろん、どちらが勝っているのか、さっぱりわかりません。

 91手目。三浦九段は銀を打って王手をされる順を読んでいました。しかし藤井二冠は中空に銀を打ちます。これが藤井二冠渾身の勝負手。さらには三浦九段の意表も突きました。

三浦「まったく読んでない手を指されて・・・」

 三浦九段はここでは勝ちがあると感じていました。その直感は正しかった。しかしその正解がなんなのかは、あまりに難解でした。

三浦「途中、苦しくはしてると思ったんですけど。ただ形勢は、苦しいながらも明快な決め手は与えないように指していたつもりなので。終盤、やや苦しくなったと思った局面が長かったんですけれども、終盤は。最後の方は、うーん、なにかあったような気もするんですけど、ただ、読んでいない手を指されて、本当に危ない、藤井さんの玉に詰みがあってもおかしくないような・・・。まあ、そういった手も私、読んでしまいますから。ただ、ギリギリそこはおそらく耐えてると読んで、勝負手を出されて」

 三浦九段は銀を立って王手をかけました。しかしそれが敗着。するすると下がりながら藤井玉に逃げられ、勝機もまた去りました。

三浦「△3二銀はひどい手で、ちょっとあわてて指しちゃったんですけど・・・」

 銀を立つ手では、同じところに飛車を打つべきだったようです。その先の変化も難解ですが、三浦九段に有望な変化が多いところでした。

三浦「ちょっと、先ほど検討した感じでは、指しづらい手を指さなければいけなかったみたいで、そこは(藤井二冠は)さすがの勝負術だな、と思いました」

 最後に勝ち筋をつかんだのは、藤井二冠でした。銃弾、砲弾が飛び交う空中をさまよいながら、藤井玉は三浦陣から遠ざかっていきます。

藤井「▲2五玉と引いた局面は勝ちになっているのかな、と思いました」

 さらには端1筋に逃れた藤井玉は、きわどくつかまりません。

 三浦九段はしばらく中空を見つめたあと、目をつぶり、いかにも悔しそうに扇子で頭を叩きました。

 手番を得た藤井二冠は、三浦玉に迫っていきます。三浦九段はしばらくの間、盤上から目を離し、朝日ホールの壇上から、観客のいない観客席の方を見つめていました。

 101手目。藤井二冠は三浦玉の横から金で王手をかけます。三浦玉は即詰み。両対局者であれば、1秒もかからずに判断できるところです。三浦九段は腕を組み、しばらく遠い先を見つめていました。

「負けました」

 三浦九段がそう告げて、両対局者は一礼。この瞬間に藤井二冠、朝日杯3度目の優勝が決まりました。

「いやあ、そうか・・・」

 三浦九段は悔しさを隠そうともせず、何度もそうつぶやきました。

「いやあ、勝ちを逃した。ひどいな・・・」

 三浦九段がそうつぶやく間、藤井二冠はマスク越しにじっと口元に手を当て、盤上を見つめていました。

 両対局者は席を立ち、大盤解説場に移動。そこで解説担当の木村九段が三浦九段に声をかけました。

木村「おつかれさまでした。最後、なんかありました?」

三浦「(悔しそうに)いや、勝ちですよ」

 三浦九段はそう悔しそうに答えました。

藤井「少し序盤で苦しくしてしまって。そのあとは攻めにいって勝負する感じで。難しくなった局面もあるかな、と思ったんですけど、最後はまた負けにしてしまっていたと思うので。内容をしっかり振り返って、次につなげられるようにしたいなと思います」

木村「三浦さん、残念でしたけど、一言」

三浦「まあ、そうですね。藤井さんなんでしょうがないですね」(苦笑)

 18歳にして、同じ全棋士参加棋戦で3度目の優勝。それは過去に誰も達成していない偉業です。しかし藤井二冠の優勝コメントは、いつもの通り謙虚そのものでした。

藤井「優勝という結果を残せたのはよかったなと思います。ただ、今日の2局、どちらも苦戦の将棋だったので、内容を反省して次につなげられれば、というふうに思います。秒読みに入ってからちょっと、読めていない手が多い印象でしたので、そこは指していて、ちょっと課題なのかな、と感じました」

 そして惜しくも準優勝に終わった三浦九段は、藤井二冠の強さを称えました。

三浦「藤井さん相手にこれだけ指せれば十分かなと思ってます。準優勝・・・。そうですね、ここまで来れたのも幸運だったんですけれども、ここまで来たら、いくら藤井さん相手でもやっぱり優勝はしたかったな、と思うんですけども。まあでも、そんなに甘くはなかったですね」

 三浦九段と藤井二冠の対戦成績は、三浦1勝、藤井2勝となりました。

 藤井二冠は今年度、史上最年少の17歳で棋聖位獲得。18歳になってすぐに王位も獲得してタイトル二冠。全棋士参加の銀河戦では史上最年少で優勝。順位戦ではB級1組に昇級決定。そして朝日杯でも優勝。2020年度の最優秀棋士に選ばれても、まったくおかしくない実績を積み上げました。

 藤井二冠の朝日杯3度目の優勝が決まったあと、筆者はテレビ局の方から「それを他の分野で喩えると、どれほどの偉業なんですか?」と尋ねられました。これは難問です。筆者の能力では、ちょっとうまい喩えが見つかりません。逆に他の分野で、藤井二冠に匹敵するほどの異次元の天才がどれだけ存在するのか、尋ねてみたいです。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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