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仮説:世界は、1つのネーションから2つのリージョンに向かっている

鈴木崇弘政策研究アーティスト、PHP総研特任フェロー

筆者は最近、今後の世界は、社会運営の中心の重要性がネーションからリージョンへと移ってきているあるいは移っていくのではないかという仮説をもっている。本稿では、なぜそのような仮設をもっているかを、いくつかの観点から説明していきたい。

1.東西冷戦構造の崩壊で、ネーション(国家)の影響力の低下:

1989年のベルリンの壁崩壊、そして1991年のソ連邦の崩壊によって、東西両陣営からなる世界の冷戦構造が崩れた。その構造は、陣営内においては国家という枠組みを基に構成されてきた。だが、その構造が崩れたことで、国家の影響力や拘束力が低下し、世界は国家により踵から解き放たれたのである。9・11の同時多発テロが、国家でなく、民族や宗教などに基づくテロ集団によって起こされたことは、その象徴であるといっていいだろう。

2.グローバル化の進行で、国を越えたリージョナル(地域)統合の高まり:

また冷戦構造の崩壊で、世界全体に資本主義経済が広がり、経済がグローバル化し、いわゆるグローバル経済が出現した。また、国家の拘束力が低下し、企業も、個人も、国を越え、移動し、交流できるようになった。また、情報も、インターネットなどの新しいテクノロジーやメディアなどを通じて、容易に国を超えて、特定の企業に集積されてきている。つまり世界が正にグローバル化してきたのだ。このようにして、企業や個人が、「国や地域を選ぶ時代」が生まれてきたのである。

一方、このグローバル経済は、リーマンショックなどに象徴されるような金融危機が起きると、世界全体の経済を揺るがしかねない世界経済の脆弱さを極めて高めてしまったのである。そのような脆弱性に対して、一国では対応できない現状において、EUをはじめとする地域統合を行うことで対応していこうという動きが高まっている。

また、グローバル経済の進行等のために中国やインドなどの経済新興国が急速に台頭し、国際経済における競争がし烈さを増してきている。このために、世界システムが非常に限定的な国家による影響や支配からより多元的で流動的なものに変容してきており、世界の構図を大きく変貌させてきている。そのような事態に対抗するために、ASEANなどは地域統合度を増そうとしてきているのである(注1)。

このようにグローバル化の進行に対して、リージョナル(地域)的な統合で、自国の利益などを守ろうという動きが高まっている(注2)。

3.リージョナル化の進行の中での一国制度の限界の顕在化

他方、地域統合的な動きをみると、地域全体の動きと参加国の間の乖離というか齟齬などの問題が生まれてきてもいる。たとえば、EUにおけるギリシャにおける国内の混乱(注3)や環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)における交渉参加や交渉における関係国の国内の混乱は、地域統合の仕組みと関係国の政治制度(特に一国民主主義)との間に齟齬が生まれてきていることを示している。またこのことは、一国の政治・政策では、経済や社会の問題解決が出来なくなってきているともいえる。

4.問題解決の単位としてのリージョンの重要性の高まり

以上でみてきたように、国家の役割が低下してきている。その結果、国を越えたリージョンである地域が重要になってきている。その一方で、社会において個人の意味が重要になってきている。そこでは、地域統合などのリージョンは、個々の住民や市民との距離があるために、彼らの現場の個々の状況に応じた対応をしていくことは難しい。そこで重要になるのが、彼らに近い存在である国の中のリージョンといえる自治体や地域・地方である。つまり地方分権が重要になるのである。政策的な分野にもよるが、住民・市民に直接かかわる政策は基本的に自治体などのリージョンなどが意味をもってくるのである。

実際にEUなども、地域統合を進め、国家の意味・影響力を次第に限定する方向にある一方で、地方分権を推進しようとしている。

筆者も、2000年代以降国政に関わることが多かったが、現場の声が国政に活かされていないことを実感してきている。その意味でも、特に医療や福祉分野などの分野では、国による中央集権的な対応でなく、自治体などが現場状況に応じて、より柔軟に対応できるような仕組みの方が、有効な対策がとれるのではないかと考えている

上記のことからもわかるように、国家の力や国による政策の意味が低下し、国を超えた「リージョン」と国の中の地域・地方としての「リージョン」という2つのリージョンが重要性を増してきている、あるいは今後ますます重要になっていくと考えられる。これ方向性を突き詰めていくと、国や国の政策はなくなっていくのではないかとも考えることができる。

その方向性から、次のようないくつかの課題が生まれてくる。

・一国民主主義中心のこれまでの仕組みから、その2つのリージョナルの関係性を踏まえた政治制度、政策形成をどのようにしていくのか。

・またその場合の政治制度はどのようにすべきなのか。従来型の「民主主義」でいいのか。そもそも「民主主義」が有効なのか。

・今後、個人や市民の役割の重要性がより高まっていくのであろうが、彼ら/彼女らはどのように政策形成や政治に関わっていくようにすべきなのか。

以上、今後進みつつある世界や社会の方向性に関して、一つの仮説を説明してきた。この仮説はすでに実際にいくつかの事象に顕在化してきていると考えられるが、この方向に実際に進むかどうかはいまだ不明確な部分もある。

しかしながら、このような方向性も視野に入れて、新たなるガバナンスを構想していくことが望まれているのだと考えることができる(注4)。

(注1)外務省のHP(2013年11月20日アクセス)は、ASEANに関して、次のように述べている。

「ASEANは,2015年までに「政治・安全保障共同体」,「経済共同体」,「社会・文化共同体」の3本柱から成る「ASEAN共同体」の実現をめざしています。当初は2020年の実現を目標としていましたが,インドや中国とのグローバル競争を意識して域内統合を加速化。」

(注2)この状況は、戦前のブロック経済の状況に似ていなくもない。ブロック経済は、「一般には,世界経済史上1930年代の大不況期から第2次大戦中にかけて現れた,主要国が自国を中心にいくつかの国によって排他的,閉鎖的なグループをつくり,その中での貿易によって経済を運営しようとした現象のことを指し,経済のブロック化ともいう。」(kotobankhttp://kotobank.jp/word/%E3%83%96%E3%83%AD%E3%83%83%E3%82%AF%E7%B5%8C%E6%B8%88、2013年11月20日アクセス)。ただし、現在進行中の地域統合は、地域外へのオープンさや参加国の平等性も配慮されていたり、経済のみながら政治や文化なども視野に入れており、戦前のブロック経済が生み出したブロック間の対立が起こりにくい工夫もされているようだ。

(注3)次の記事を参照のこと。「ギリシャ危機…潰えた国家投票の政治的意味([ギリシャ危機…潰えた国家投票の政治的意味 http://astand.asahi.com/magazine/wrpolitics/2011110800003.html])」

(注4)一向に進展していかない日本における道州制の議論も、本来はこの視点からの議論や可能性の追求が必要だと思う。

政策研究アーティスト、PHP総研特任フェロー

東京大学法学部卒。マラヤ大学、米国EWC奨学生として同センター・ハワイ大学大学院等留学。日本財団等を経て東京財団設立参画し同研究事業部長、大阪大学特任教授・阪大FRC副機構長、自民党系「シンクタンク2005・日本」設立参画し同理事・事務局長、米アーバン・インスティテュート兼任研究員、中央大学客員教授、国会事故調情報統括、厚生労働省総合政策参与、城西国際大学大学院研究科長・教授、沖縄科学技術大学院大学(OIST)客員研究員等を経て現職。新医療領域実装研究会理事等兼任。大阪駅北地区国際コンセプトコンペ優秀賞受賞。著書やメディア出演多数。最新著は『沖縄科学技術大学院大学は東大を超えたのか』

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