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監督が映画を辞める時:“クリエイティブ面での意見の相違”か、 “もっと予算が欲しい”か

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
ジョセフ・ゴードン=レヴィットは、クリエイティブ面での相違で「サンドマン」を降板(写真:ロイター/アフロ)

ジョセフ・ゴードン=レヴィットが、DCコミックの映画化作品「サンドマン」を降板した。映画化の企画が立ち上がった時から関わっており、監督と主演を兼任することになっていた。ワーナー・ブラザースとの契約のもとで製作準備を進めていたが、ワーナーが、「ヴァーティゴ」レーベルのコミックを、傘下のニューラインシネマの管理下に移したことで、状況が変わってくる。「2ヶ月ほど前、サンドマンがなぜ特別なのか、この映画はどうあるべきかについて、ニューラインの人たちとは意見が合わないということに気づきました。なので、残念なことに、僕は、このプロジェクトから降板すると決めました」と、ゴードン=レヴィットは声明を発表している。

その2日後には、ハロルド・ベッカー(『訣別の街』)が、撮影開始を間近に控えた「Vengeance: A Love Story」の監督を降板し、主演のニコラス・ケイジが新しい監督に決まったと報道された。ベッカーは今作に長年たずさわってきており、脚本も共同執筆している。衝突の理由は、資金を出す人々が、ベッカーに、製作予算を100万ドル下げろと言ってきたことらしい。出資者たちは、下げた予算でも製作は可能だと見たが、ベッカーは、そうすると映画のクオリティが落ちると撥ねつけ、降板に至った。ケイジに白羽の矢が当たったのは、プロデューサーで出資者でもあるマイケル・メンデルソンが、これまでに多数の作品で組んできた関係にあることが大きいと見られる。ベッカーの名は、エクゼクティブ・プロデューサーとして残される。

製作準備がかなり進んだ段階、あるいは撮影がまさに始まろうとしている時になって、監督が急遽降板した例は、ハリウッドにいくつもある。最近では、ソフィア・コッポラが、ユニバーサルの「Little Mermaid」を、クリエイティブ面での意見の相違を理由に降板した。コッポラの降板後に、主演がクロエ・グレース・モレッツに決まったが、コッポラは無名の若手女優を望んでいたようで、衝突の理由のひとつはそこにもあったようだ。

昨年公開され、大ヒットした「アントマン」では、2006年からマーベルと製作準備を進め、監督と脚本を兼任していたエドガー・ライトが、北米公開予定日の1年2ヶ月前になって降板している。理由はやはり、“クリエイティブ面での意見の相違。” マーベルは新しい監督にペイトン・リードを任命し、ライトの名前は、脚本に残されている。マーベル映画では、ほかにパティ・ジェンキンスが、「マイティ・ソー/ダーク・ワールド」を降板している。その後、彼女がDCコミックスの「ワンダー・ウーマン」に決まったところを見ると、スーパーヒーロー映画が嫌だったわけではないようだ。

「ウルフマン」(2010)では、マーク・ロマネク(『わたしを離さないで』)が、製作予算を理由に降板した。満足のいく映画を作るために、あと3,000万ドルから4,000万ドルの予算が必要だと彼は主張したが、受入れられなかったことが原因らしい。新しい監督にはジョー・ジョンストンが決まったが、映画は、興行面でも、批評面でも、失敗に終わった。

ずっと前にさかのぼれば、「風と共に去りぬ」の例もある。ジョージ・キューカーは、スタジオとの衝突が絶えず、撮影が始まって3週間で降板。代わりにヴィクター・フレミングが決まったが、彼もまたトラブルに直面することの連続だったらしい。しかし、誰もが知るとおり、映画は歴史的な大ヒット作となり、フレミングはオスカー監督賞を受賞した。一方でキューカーも、「フィラデルフィア物語」で、翌年のオスカー監督賞にノミネートされている。

監督が降板するというのは、大きなハプニング。時にそれが公開予定日に影響を与えることがあっても、スタジオが監督を訴訟するということは、めったにない。だが、「Jane Got A Gun」は、裁判沙汰にまで発展した。また、この映画の場合は、何が不満で監督が降板したのか、公にはわかっていないままだ。

ナタリー・ポートマンが主演とプロデュースを兼任するこのインディーズ映画には、リン・ラムジー(『少年は残酷な弓を射る』)が、早くから監督としてたずさわっていた。だが、彼女は、2度、製作開始を延期したあげく、2013年3月の撮影初日、現場に訪れず、突然にして降板した。7ヶ月後、プロデューサーらは、ラムジーを、詐欺と契約違反で訴訟。ラムジーのエージェントに対しすでにエスクローとして支払っている36万ドルの返金と、50万ドルの損害賠償と求めた。半年後、プロデューサーらは連邦裁判所への訴状を取り下げ、示談で解決している。示談の条件は、明らかになっていない。新しい監督にはギャヴィン・オコナーが決まったが、ラムジーの降板を受けてジュード・ロウが出演を取りやめ、次に決まったブラッドリー・クーパーも降板するなど、トラブルの波及効果は大きかった。映画はようやく今年1月に公開されたが、北米興行収入はわずか150万ドルで、大赤字に終わっている。次にラムジーがアメリカで映画を監督することがあっても、ポートマンに出演を依頼することは、難しそうだ。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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