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少女の人権を無視・アイドル交際禁止違反で賠償を命じた非常識な東京地裁判決はこのままでよいのか

伊藤和子弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

■ 衝撃の判決

AV違約金判決を受けて、裁判所もようやく女性の人権について尊重した判断をするようになってきたかな、なんて思っていた今日この頃、同じ東京地裁で、アイドルの交際禁止を正当化し、アイドルに賠償を命ずる判決が出たという。

「交際禁止」違反、元アイドルに賠償命じる判決

東京地裁であった9月18日の判決によると、当時15歳だった少女は2013年3月、マネジメント会社と専属契約を結び、「異性との交際禁止」などの規約を告げられた。7月に6人組のグループとしてデビュー。ライブやグッズ販売などで220万円を売り上げたが、10月に男性と映った写真が流出して交際が発覚。会社はグループを解散した。

判決で児島章朋裁判官は、アイドルとは芸能プロダクションが初期投資をして媒体に露出させ、人気を上昇させてチケットやグッズなどの売り上げを伸ばし、投資を回収するビジネスモデルと位置付けた。

その上でアイドルである以上、ファン獲得には交際禁止の規約は必要で、交際が発覚すればイメージが悪化するとした。会社がグループの解散を決めたのも合理的で、少女に65万円の支払いを命じた。ただ、会社側の指導監督が十分ではなかったとも指摘し、賠償額は、請求の約510万円から、大幅に減額した。

出典:読売オンライン9月19日

■ 人権侵害で違法・無効では?

21世紀の日本で、こんな人権の視点に欠ける判決が出ようとは、呆れた。

私は2013年に、AKB48のメンバー峯岸みなみさんが恋愛禁止令を破ったことを理由に丸刈りになって涙で謝罪した際に、

「AKB48 恋愛禁止の掟って、それこそ人権侵害ではないか。」

とこちらYahoo! 個人で寄稿し、

「そんな個人の自由を禁止する就業規則があったら人権侵害で違法・無効であることは明らか。」「恋愛禁止を理由に解雇や降格するのは人権侵害で違法である(こんなこと、真面目に議論するのがアホらしいほど当たり前の話)。 」と書いたところ、様々な御意見をいただいたが、法曹界では当たり前のコンセンサスだと信じて疑わなかった。

ところが、まさか法曹界でこれと異なる判決が出るとは心底驚いた。

「枕営業判決」につづく衝撃、仰天の珍事である。

しかも、賠償責任が認められたアイドルの少女の交際が発覚したのは15歳の時だというのだ。異常である。

■ 判決文を読む。

いくつかのメディアからも問い合わせをいただいたのだが、このたび、この判決の判決文を読む機会があった。しかし、疑問は益々深まった。ここで判決をみていこう。

● 交際禁止の決まり

本件でプロダクションと少女は専属契約書を締結し、「ファンとの親密な交流・交際等が発覚した場合」プロダクションが少女との契約を解除して損害賠償請求が出来ると書かれていた。また、プロダクションから渡された「規約」という文書には、「私生活において、男友達と二人きりで遊ぶこと、写真を撮ること(プリクラ)を一切禁止します。発覚した場合は即刻、芸能活動の中止および解雇とします」と書かれていたという。

AKBの恋愛禁止は、不文律のようであるが、このように明確な文書で、私生活を過度に制限する契約を公然とさせていることに驚いた。

● プロダクションの一存で解散

この契約を締結してしばらく、少女はあるユニットのメンバーに加わったが、それからしばらくしたとある10月初旬、ファンとの交際写真を撮られ、それがファンを経由してプロダクションの手に渡った。しかし、特にこの交際が広く世間に行き渡っていない(ゆえに裁判所も信用棄損を認定していない)。ところが、10月下旬にはプロダクションが一方的にユニットを解散した。

そして、このユニットを通してプロダクションが儲けられたであろう利益等を請求してきたというのだ。

交際が広く知られて悪評が轟いたというわけでもないのに、プロダクションの一存で解散され、挙句に賠償請求されるとは、非常にブラックな展開である。

● 裁判所の判断

ところが、裁判所はこうしたプロダクションの運営を支持・追認しているのである! 判決を読んで驚いた部分は以下のとおりだ。  

本件グループはアイドルグループである以上、メンバーが男性ファンらから支持を獲得し、チケットやグッズ等を多く購入してもらうためには、メンバーが異性と交際を行わないことや、これを担保するためにメンバーに対し交際禁止条項を課すことが必要だったとの事実が認められる。これに反する被告の主張は採用できない。

・・・判決はアイドルグループである以上、交際禁止をすることが「必要だった」と、何の前提もなく認定する。これでは、すべてのアイドルが交際禁止をする必要性やその正当性に裁判所がお墨付きを与えているに等しい。一般論として、異性と交際を行わないことがアイドルの条件だと決めつけるのはあまりにも杜撰であり、現在のアイドルの実態にすら反するのではないか。 

(上記を前提とすると)アイドルおよびその所属する芸能プロダクションにとって、アイドルの交際が発覚することは、アイドルや芸能プロダクションに多大な社会的イメージの悪化をもたらすのであり、これ(交際禁止条項)を設ける必要性は相当高いことが認められる。

・・・ アイドルの交際発覚が「多大な社会的イメージの悪化をもたらす」とどうしていえるのか。ファンが交際を温かく見守る例も少なくないいま、実態にも反している。アイドルも人間であり、自然な感情として交際や恋愛をしたいと考える自由があるというのに、それを「社会的イメージの悪化」とするのは、アイドルの人間性否定の論理ではないか。このような不寛容の論理が横行することは恐ろしい。

一般に異性とホテルに行った行為が直ちに違法な行為とはならないことは被告らが指摘する通りである。しかし被告少女は、当時本件契約等を締結してアイドルとして活動しており、本件交際が発覚するなどすれば本件グループの活動にも影響が生じ、原告らに損害が生じうることは容易に認識可能であったと認めるのが相当である。そうすると被告少女が本件交際に及んだ行為が、原告らに対する不法行為を構成することは明らかである。

被告少女は交際禁止条項があることを知りながら、故意または過失によりこれに違反し、本件交際及び発覚に至ったことは明らかであるから、債務不履行責任および不法行為責任を負う。

・・・ 少女が交際に及んだこと自体が原告らに対する不法行為というのには仰天した。人間の私生活上の行為が、他人の不法行為を構成するとどうしていえるのか。

芸能プロダクションは、初期投資を行ってアイドルを媒体に露出させ、これにより人気を上昇させてチケットやグッズ等の売り上げをのばし、そこから投資を回収するビジネスモデルを有していると認められるところ、本件においては本件グループの解散により将来の売り上げの回収が困難になったことが認められる。

・・・ 判決はこのように言って、ユニット解散により初期投資費用相当額は損害となったとし、過失相殺のうえ賠償を命じたのだが、アイドルの少女をまるでビジネス上の商品、駒のようにしか見ていない、非人間的な判決の理屈が垣間見える。

・・・ 以上の判決を通して垣間見えるのは、芸能プロダクションの事情と、その経済的利益の擁護である。

アイドルはその経済的利益獲得の道具に過ぎず、恋愛禁止という非人間的なルールを課されて人権を制約されるが、契約した以上、プロダクションのビジネス・モデルに奉仕しなければならず、それを阻害する私生活上の行動は不法行為だというのだ。

ここで全く忘れられているのは、契約当事者は人間であり、人権を享有する主体だという事実である。こんなことが判決で堂々と許されると、日本は益々「全体」の利益のためにそれぞれが自己規制をする社会になっていくのではないかと危惧される。

■ 公序良俗に反し、無効

恋愛・交際の禁止というのは、憲法13条により保障される幸福追求権・人格権に対する明らかな侵害である。

私人間の契約であっても、憲法の人権条項に反する契約は、民法90条により、公序良俗に反するとして無効になる。

こうした人権論、憲法論がこの判決では一顧だにされていないのは問題である。

少女側の弁護士さんも様々な主張を展開されていたようだが、裁判所の主張整理をみると公序良俗違反を主張していないようなので残念である。高裁では是非主張していただければと思う。

また、AV違約金判決でも問題になったが、このアイドルとの契約は実態的には労働契約に該当するはずであり、アイドルには労働者としての権利がきちんと認められるべきだ。特に、所定の労働時間外の私生活への介入は許されないはずである(ちなみに、日本の現行法上の例外は、公務員の時間外の政治活動禁止であるが、これも国連から強く批判され、最高裁も管理職的地位にある者のみに適用されると合憲限定解釈をするに至り、人権を保障する流れとなっている。)

このように甚だ疑問な判決であるが、例えば、冒頭の枕営業判決は当事者が控訴せず、確定してしまった。おかしな判例でも、判例集に搭載されるなど無視できない影響力があるため、是非控訴してがんばっていただきたいと思う。

その場合、東京高裁にはしっかりと判断を見直してもらいたい。そうでなければ東京高裁の名が泣くであろう。

最後に、恋愛禁止という日本のアイドル文化は、80年代アイドルの頃には崩れてゆるくなっていたのに、最近年々強化されているように思われる。アイドルを幼稚な存在であり続けてほしい、男性ファンを喜ばせる存在であり続けるべき(そういえば判決には男性ファンのことしか書かれていないが、スターには同性のファンもいるものだ)という日本の未成熟な意識がそのまま今回の判決には無批判に反映されてしまっているように思う。しかし、それは世界の常識とは大きくかけ離れている。

欧米ではスターの人間性を公然と否定して恥じないような文化はない。恋愛禁止という日本のアイドル文化はカルト的とみなされている。

アイドルやスターは、若い人たちにはかり知れない影響力を与える。みんなの憧れの存在が、人権を制約され、道具や機械のように扱われるとしたらどうだろうか。スターには、みんなの夢をかなえるような、これまでの枠を超えた自由な生き方をしてほしい、そうした自由なロールモデルの存在が、社会に大きなエネルギーを与えるはずだと思う。

弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

1994年に弁護士登録。女性、子どもの権利、えん罪事件など、人権問題に関わって活動。米国留学後の2006年、国境を越えて世界の人権問題に取り組む日本発の国際人権NGO・ヒューマンライツ・ナウを立ち上げ、事務局長として国内外で現在進行形の人権侵害の解決を求めて活動中。同時に、弁護士として、女性をはじめ、権利の実現を求める市民の法的問題の解決のために日々活動している。ミモザの森法律事務所(東京)代表。

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