Facebookの仮想通貨リブラ包囲網強まる EUが早くも独禁法違反の可能性を調査
世界人口の3分の1に近いフェイスブック帝国
[ロンドン発]欧州連合(EU)の行政執行機関、欧州委員会がソーシャルメディアの大手Facebook(フェイスブック)が来年前半の発行を目指す仮想通貨Libra(リブラ)についてEU競争法(独占禁止法)に違反しないか、初期段階の調査を始めたと米ブルームバーグと英紙フィナンシャル・タイムズが相次いで報じました。
2004年に創業したフェイスブックの活発な利用者は今年6月時点で1日当たり15億9000万人。月当たりでは24億1000万人にのぼっています。フェイスブック本体と傘下のInstagram(インスタグラム)、WhatsApp(ワッツアップ)、Messenger(メッセンジャー)全体の1日平均利用者は21億人以上。月当たりでは27億人を超えています。
中国13億8600万人、インド13億3900万人を合わせた人口、世界全体の3分の1に近い人口規模に匹敵する「サイバー帝国」がすでに存在しているわけです。その帝国が来年前半にも独自の仮想通貨を発行すると発表したため、大騒ぎになりました。
英国の通貨ポンドはもともとラテン語で重さを測る天秤を意味するリブラに由来し、「£」の略号は「Libra」の頭文字の「L」から来ているそうです。純度の高い銀1トロイポンドを通貨として使っていたため、重さのポンドが通貨の単位として使用されるようになったそうです。
スマートフォン(多機能携帯電話)の画面をタップしただけで、地球の裏側にアッと言う間に送金したり、決済したりできるようになります。ブロックチェーン(分散型台帳技術)を使ったビットコインなど仮想通貨の機能に改良を加え、今後10年の間にクレジットカードやデビットカードなどペイメントサービスに取って代わろうという狙いです。
金融秩序を一変させる可能性も
民間銀行が仮想通貨を発行しても史上最大のテクノロジー帝国にはスケール(規模)とスピードで到底かないません。アマゾンやアップル、グーグルのような巨大プラットフォーマーが次々と参入してくると、通貨発行権を持つ「通貨の番人」中央銀行を中心とした現在の金融秩序も大きく揺らぎます。
日本では三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)は今年後半にも暗号通貨「coin(コイン)」を実用化する方針です。しかし巨大プラットフォーマーが参入するとなると、デジタル決済サービスの「PayPay」「origami(オリガミ)ペイ」「LINEペイ」とともに大きな影響を受けるでしょう。
リブラの詳細はまだ、よく分かりませんが、どんな特徴があるのか、「リブラ白書」などからおさらいしておきましょう。
・世界には銀行口座にアクセスできない人が17億人もいるため、リブラの発行で「金融排除」から「金融包摂」に流れを変える
・ビットコインの取引には数ドルの手数料、確認に数分かかるが、リブラはごくわずかな料金で数秒以内に送金できる
・ビットコインの相場は乱高下するが、リブラはドルやユーロのような主要通貨にペッグして変動を最小限に抑える通貨バスケット方式を採用するため「安定通貨」になる
・ビットコインの送金には1000キロワット時以上の電力が消費されるが、リブラの送金にはクレジットカード使用時より少ない電力しか要しない
スイスにリブラ協会を設立して意思決定権を分散
・利用者がリブラを購入した時のお金を準備金に充てる
・ウォレット(仮想通貨のお財布)はフェイスブックの「Calibra(カリブラ)」だけではない。ウォレットのサービスプロバイダーはマネーロンダリング(資金洗浄)など、それぞれの国のルールに従う
・金融会社や非営利団体関係者ら約100人のメンバーで構成される非営利法人(NPO)リブラ協会をスイスに創設して意思決定を分散。ブロックチェーンによる取引を確認し、準備金を社会問題解決のために役立てる。協会の評議会は代表者の投票によって政策や運営方針を決定する
・最低1000万ドルを出資したリブラ協会創設メンバーとしてペイパル、イーベイ、スポティファイ(音楽ストリーミングサービス)、ウーバー、リフト(自動車運輸モバイルアプリの開発・運営会社)、クレジットカード会社のビザ、マスターカードのほか、ベンチャーキャピタルのアンドリーセン・ホロウィッツやスライブ・キャピタルなど27社が名を連ねる。グローバルバンクはソッポ
・20年にリブラを発行した後は、フェイスブックは運営から撤退する。リブラ協会のメンバー約100人が等しい投票権を持つ
・メンバー約100人の出資金計10億ドルを元手にリブラを無料で配布するインセンティブプログラムを実施してリブラを普及させる
トランプ大統領「米国に実際の通貨は1つしか存在しない」
世界銀行によると、世界の総貯蓄は17年、22兆4260億ドル。その10分の1をリブラに換えるだけで準備金は2兆2400億ドルに達します。中国の外貨準備高3兆1000億ドルにはかなわないものの、日本の1兆2900億ドルをはるかに上回っています。
米国のドナルド・トランプ大統領はこうツイートしました。「私はビットコインや他の暗号通貨のファンではない。これらはお金ではなく、その価値は消えてなくなる空気のようなものだ。 規制されていない暗号資産は麻薬取引やその他の違法行為を助長する恐れがある」
「同様にフェイスブックの仮想通貨リブラは信用できない。 フェイスブックや他の企業が銀行になりたいなら、他の銀行と同じように、国内外すべての銀行規制の対象となる」「米国に実通貨は1つしか存在しない。信頼できる強力な通貨で、世界中どこででも圧倒的で支配的だ。常にそうだ。 その通貨は米ドルと呼ばれている」
米議会ではプライバシー保護の観点からリブラへの懸念が強く、開発凍結を求める声も出ています。先進7カ国(G7)首脳会議が今月24日からフランスで開幕しますが、G7もリブラに強い懸念を示しています。
英国の中央銀行・イングランド銀行のマーク・カーニー総裁も「心は開いているが、ドアは開いていない」と金融規制や消費者保護、マネーロンダリング規制を順守しなければならないと述べています。
EU、英国、オーストラリア、カナダのデータ保護当局もリブラのプライバシー保護について懸念を表明しました。フェイスブックには悪質なプライバシー侵害の前科があるからです。
「スマホに1日150回も触れる意味に気づくべきだ」
16年の米大統領選を巡っては、ロシアがフェイスブックに大量の偽アカウントを作って偽ニュースを拡散させていた疑惑が発覚。フェイスブックは保守層からの批判を恐れて見て見ぬ振りをしていたと批判されました。
トランプ大統領の誕生や英国が離脱を選択したEU国民投票の裏で英政治コンサルティング会社ケンブリッジ・アナリティカが暗躍していた疑惑も発覚。
ケンブリッジ・アナリティカ社は性格診断クイズアプリを悪用してフェイスブック利用者8700万人の個人データを収集。フェイスブックから破棄を要請された後もデータを違法に保持し続け、厳しい批判を浴びて18年5月、倒産しました。
英国の個人データ保護を監督する独立機関、情報コミッショナー事務局(ICO)は同年10月、フェイスブックに50万ポンドの罰金を科しました。
18年9月末、フェイスブックの5000万人分のユーザー情報がハッカーに脆弱性をつかれて流出。欧州でも300万人が影響を受け、フェイスブックが本社を置くアイルランドのデータ保護委員会が調査に乗り出しました。
EU一般データ保護規則(GDPR)が施行された昨年5月には、オーストリアの弁護士で個人情報保護活動家マクシミリアン・シュレムス氏と非営利団体noyb.euはフェイスブックと傘下のワッツアップ、インスタグラム、そしてグーグルの4社を訴えました。
フェイスブック共同創業者の1人でマーク・ザッカーバーグ氏と袂を分かったクリス・ヒューズ氏は英有力シンクタンク、英王立国際問題研究所(チャタムハウス)でこう指摘したことがあります。
「フェイスブック利用者は誰に、どんな形で自分たちの個人データを利用されているか、理解しているとはとても思えない。若い世代がスマートフォンに1日150回も触れる意味にそろそろ気づくべきだ」
リブラ協会がスイスに拠点を置いたのはおそらく、規制から逃れるためでしょう。通貨の価値を毀損する金融政策や政治から逃れたいと望む人や銀行より手軽で身近な金融サービスを必要とする人は世界中に数え切れないぐらいいます。
ブロックチェーンを使った仮想通貨は政府からも中央銀行からも自由ですが、プライバシーと利用者の保護が保障されないことにはどうしようもありません。
(おわり)