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プログレッシヴ・ロックの命運を握るイエスのロック殿堂入りとアンダーソン、ラビン&ウェイクマン来日

山崎智之音楽ライター
YES Steve Howe / photo by 土居政則

2016年11月、イエスが日本公演を行った。

1968年に結成したプログレッシヴ・ロックを代表するベテラン・バンドである彼らにとって、ちょうど2年ぶりとなるジャパン・ツアーは『ドラマ』(1980)と『海洋地形学の物語』(1973)からの楽曲、そしてライヴ作『イエスソングス』(1973)に収録されたベスト・トラックスを演奏するというレアな趣向。東京・Bunkamuraオーチャードホール4公演を含むジャパン・ツアーには多数のロック・ファンが集まり、前回と変わらぬ熱い声援を送った。

だが、前回とは大きく事情が異なる。2015年6月27日、オリジナル・メンバーでベーシストのクリス・スクワイアが亡くなったのだ。

さらにドラマーのアラン・ホワイトも体調不良で各公演の終盤のみステージに上がることになり、その結果、1970年代のメンバーでフル出演するのはギタリストのスティーヴ・ハウだけ、という事態となった。彼とてもオリジナルではなく、二代目ギタリストである。

そうなると、ひとつの疑問が生じる。はたして我々の見たこのバンドは本当にイエスだったのか?イエスとは何なのか?

ステージに置かれたクリス・スクワイアのベースとスクリーンに映し出される勇姿 / photo by 土居政則
ステージに置かれたクリス・スクワイアのベースとスクリーンに映し出される勇姿 / photo by 土居政則

●What is YES?

今回のツアーにおけるバンドのラインアップはスティーヴ・ハウ(ギター)とアラン・ホワイト(ドラムス)に加えてジェフ・ダウンズ(キーボード)、ビリー・シャーウッド(ベース)、ジョン・デイヴィソン(ヴォーカル)、ジェイ・シェレン(ドラムス)というものだ。

今回のツアーについて逆説的にいうと、クリス・スクワイアが不在であるがゆえに、このバンドはさらに“イエスらしさ”を増すことになった。

ビリー・シャーウッドはイエスのトレードマークのひとつだったクリスの極厚のベースラインを踏襲、ステージ・アクションまで似ている瞬間があったし、ジェフ・ダウンズのキーボードは、彼のもうひとつのバンドであるエイジアとは異なるイエス・スタイルを構築している。ジョン・デイヴィソンは往年のジョン・アンダーソンを彷彿とさせる天使のハイトーン・ヴォイスを披露する。

さらに今回の公演で目立っていたのは、スティーヴ・ハウのギター・プレイだ。黄金時代を知る唯一のメンバーである自覚ゆえか、これまで以上に積極的に前に出て、時にアグレッシヴなまでに弾きまくる。失礼なことに40年ぐらい前から“ご老体”呼ばわりされてきた彼だが、その細い肉体は筋金入りであり、グイグイ斬り込んでくるフレーズには何度も 驚きを込めた歓声が上がった。

『ドラマ』からの「マシーン・メサイア」「白い車 White Car」「光陰矢の如し Tempus Fugit」3連打で始まったライヴ。「光陰矢の如し」の「an answer to- YES」という箇所では背後のスクリーンに“YES”という文字が映し出される。もしジョン・アンダーソンがバンドに留まっていたら実現しなかったであろう『ドラマ』からの選曲だが(彼はアルバムで歌っていない)、“自分たちがイエスである”というステートメントだとも言える。

『海洋地形学の物語』から「神の啓示 The Revealing Science Of God (Dance Of The Dawn)」、「リーヴズ・オブ・グリーン Leaves Of Green」、「儀式 Ritual (Nous Sommes Du Soleil)」を披露、アンコールでは「ラウンドアバウト」「スターシップ・トゥルーパー」で観衆を総立ちにさせたバンドは、まごうことなくイエスそのものだった。

彼らをイエスたらしめたのは、イエスの音楽に愛情と敬意を持ち、正しく演奏する姿勢だった。そして、その演奏が“正しい”かを判断するのは世界中のファンである。たとえオリジナル・メンバーが1人もいなくとも、イエスの音楽が演奏され続け、それを愛し支持するファンがいる限り、バンドは永遠に存続しえるのだ。

今回のイエス来日公演は、“イエスとは何であるか? What is YES?”というクエスチョンにひとつの答えを出したイベントだった。

Yes on stage / photo by 土居政則
Yes on stage / photo by 土居政則

●Which one's YES?

そして、イエスに関するもうひとつのクエスチョンが生まれた。それは“どっちが本物のイエスか? Which one's YES?”というものだ。

2016年1月、元メンバーのジョン・アンダーソン(ヴォーカル)、トレヴァー・ラビン(ギター)、リック・ウェイクマン(キーボード)が新プロジェクト“アンダーソン、ラビン&ウェイクマン(ARW)”を始動させたのだ。

ARW / photo by Deborah Anderson Creative
ARW / photo by Deborah Anderson Creative

彼らは2016年10月に“アン・イヴニング・オブ・イエス・ミュージック&モア”と題された北米ツアーを開始。そのタイトル通り、イエスの名曲の数々をプレイするツアーは全36公演が大盛況に終わっている。2017年にもツアーは続けられ、新作アルバムも作られる予定だという。

ある意味“本家”イエスにとっては商売敵が生まれたわけだが、両者の関係に不穏な空気を漂わせることになったのは2016年9月19日、米『ローリング・ストーン』のジョン・アンダーソンへのインタビューだった。このインタビューでジョンは「イタリアやブラジル、チリ、日本などにイエスの曲をやっているバンドがいる。スティーヴ(ハウ)のバンドもそのひとつだ。彼はバンド名の権利を持っている。それが人生というものさ」と、現行のイエスを半ばカヴァー・バンド扱いする発言をしている。

それに対してスティーヴは9月27日に自らのfacebookで反論。ジョンが「ほとんど全部の歌詞を自分が書いた」と話しているのに対し「クリス・スクワイアと私が書いたイエスの歌詞を自分の手柄にしようとする人物がいるのは悲しいことだ」と嘆き、「イエスの音楽に敬意と愛情を持っており、誰にも謝る必要も交渉する必要もない」と主張している。

これまでもプログレッシヴ・ロック界では何度か“お家騒動”が起こってきた。1987年にはピンク・フロイドの『鬱』ツアーとロジャー・ウォーターズの『レディオKAOS』ツアーがバッティング、“Which one's Pink?”と揶揄された。

(ピンク・フロイドはデビュー当時、“ピンク・フロイド”が個人名だと勘違いされて、しばしば「which one's Pink? どれがピンク君だい?」と訊かれたという。「葉巻はいかが」で歌詞にもなっているこのフレーズが引用されたもの)

イエス自身も1988年にジョン・アンダーソンが脱退して、元メンバー達と合体してアンダーソン・ブルーフォード・ウェイクマン・ハウ(ABWH)を結成。イエスの音楽をプレイするバンドが2つ存在したことがある。バンド名の権利を持つ本家イエス以上にイエスらしいといわれた『閃光 Anderson Bruford Wakeman Howe』(1989)を発表、 “イエス・ミュージックの夜”と題されたABWHのツアーは成功を収めるが、2作目のアルバムを制作する過程で本家イエスと合流。“8人イエス”が実現することになった。

そんな“お家騒動”はこれまで日本のファンにとっては対岸の火事だった。ピンク・フロイドは1988年に来日したものの、ロジャー・ウォーターズは『レディオKAOS』ツアーでは日本を訪れなかったし、ABWHの来日時には本家イエスが活動休止中だった。

だが今回は話が違う。2016年11月のイエス来日公演に続いて、2017年4月にアンダーソン、ラビン&ウェイクマンのジャパン・ツアーが行われることになったのだ。

約5ヶ月を隔てて、日本のファンを前にした“直接対決”。「ラウンドアバウト」「スターシップ・トルーパー」「同志 And You And I」「燃える朝焼け Heart Of The Sunrise」「オール・グッド・ピープル」など、ライヴ演奏曲目もかなり重複している。これは比較するなという方が無理だ。“どっちが本物のイエスか?which one's YES?”とゴシップ的な見方もしたくなってしまう。

もちろん両者の優劣を決めるわけではなく、イエス公演を見たファンは、異なったプレイヤー達によるプレイを楽しむことが出来る。そして見逃してしまったファンにとっては、今度こそイエス・クラシックスを堪能する貴重な機会だ。

アンダーソン、ラビン&ウェイクマン来日公演は、2017年のプログレッシヴ・ロック界における必見のイベントのひとつである。

●イエス、『ロックンロール・ホール・オブ・フェイム』殿堂入り

2016年12月、アメリカの『ロックンロール・ホール・オブ・フェイム』の2017年度殿堂入りアーティストが発表された。

ジョーン・バエズ、エレクトリック・ライト・オーケストラ、ジャーニー、パール・ジャム、トゥパック・シャクール、ナイル・ロジャースと共にイエスが選出されたことは、既に各メディアで報じられている。

ロック界で権威のある殿堂入りを果たしたことはめでたいことであり、スティーヴ・ハウも「とても嬉しい。待ったかいがあった」と話しているが、ひとつひっかかることがある。ジョン・アンダーソン、ビル・ブルーフォード、スティーヴ・ハウ、トレヴァー・ラビン、クリス・スクワイア、リック・ウェイクマン、アラン・ホワイト、トニー・ケイのみが殿堂入りメンバーとされている。つまり現在のイエスのメンバーの過半数が蚊帳の外となるのだ。

『ドラマ』でプレイ、出戻りで現キーボード奏者のジェフ・ダウンズ、同じく『ドラマ』でヴォーカルを取り、プロデューサーとして『ロンリー・ハート 90125』を大ヒットに導いたトレヴァー・ホーン、そして初代ギタリストのピーター・バンクスも名前が挙がっていない。

同様の問題は2016年に殿堂入りしたディープ・パープルにもあった。現メンバーであるスティーヴ・モーズやドン・エイリー、初代ベーシストのニック・シンパー、第4期ギタリストのトミー・ボーリンが無視されたことは、ファンから大きなブーイングを浴びることになった。

さらに2016年にはスティーヴ・ミラーがバンドでなく個人として殿堂入りしたため、スティーヴ・ミラー・バンドのメンバー達は記念式典に自費参加しなければならなかった(参加費は1人あたり千ドルだという説も)。彼が殿堂について「金の流れが不明瞭」「業界のデブどもがテーブルについてド素人どもが運営するイベント」などと ボロカスに批判しているのは、そんな事情も背景にあるだろう。

今回のイエスにしても、ファンからは「何故クリスが生きているときに殿堂入りさせなかったのか。今更遅い」「メンバーの関係がギクシャクしている時期に空気を読めていない」など、批判も少なくない。

ただ、ファンが願っているのは、殿堂入りをきっかけに全メンバーが和解、クリス・スクワイアの遺志を継いで前進を続けることだ。バンド結成50周年となる2018年に“再結晶”アニヴァーサリー・ツアーが実現したら素晴らしいのだが、はたしてどうなることか。

2017年4月7日の殿堂入り式典、そしてアンダーソン、ラビン&ウェイクマン来日公演はイエスの、そしてUKプログレッシヴ・ロックの命運を握る重要なイベントだ。

アンダーソン,ラビン&ウェイクマン 来日公演

Anderson, Rabin & Wakeman Japan Tour 2017

【来日予定メンバー】

ジョン・アンダーソン(Vo)

トレヴァー・ラビン(G)

リック・ウェイクマン(Key)

リー・ポメロイ(B)

ルイ・モリノIII(Ds)

4月17日(月)・18日(火)・19日(水)

東京 Bunkamura オーチャードホール 18:30 open/19:00 start

4月21日(金) 尼崎 あましんアルカイックホール 18:15 open/19:00 start

4月22日(土) 広島 クラブクアトロ 16:00 open/17:00 start

4月24日(月) 名古屋 日本特殊陶業市民会館ビレッジホール

来日公演公式サイト ウドー音楽事務所

http://www.udo.co.jp/Artists/ARW/index.html

音楽ライター

1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,300以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検1級、TOEIC945点取得。

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