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シリアに武器を供与し続けるロシア その背景は?

小泉悠安全保障アナリスト

2011年に始まったシリアの内乱は今や誰の目にも明らかな内戦へと発展している。英国に拠点を置く反政府シリア人団体「シリア人権監視団(SOHR)」によれば、すでに一般市民の死者は10万人近くにも達していると言われるほか、難民は150万人にも及ぶとされ、早急な暴力の停止が急務となっている。また、政府側と反政府側の双方が化学兵器を行使したとして互いを非難しており、事実であればさらに殺戮の大規模化も懸念される。

にも関わらず無秩序な暴力の行使が放置され続けている原因の一つに、ロシアの立場がある。

紛争の初期からロシアはシリアのアサド政権を擁護する姿勢を示し続けており、国連安保理でも拒否権を行使して欧米のシリア政府非難決議案や制裁決議案を阻んできた。

これに加えて、ロシアは政権側に武器を供給し続けている。

ロシアとシリアは2007年から2010年にかけて合計数十億ドル規模と言われる大規模武器輸出契約を結んだ。この中には軍用機の新規売却や既存のロシア製軍用機に対する近代化改修、防空システムや長距離対艦ミサイルの売却などが含まれていたが、内戦の激化によって戦闘機などの供与は停止されたようだ。

だが、ロシアは「防衛的兵器であれば供与も問題は無い」との立場を取っており、数種類の武器供与は行っている。

ロシアからシリアへの武器供与

その第一が、「バスチョン」対艦ミサイル・システムだ。「バスチョン」は移動式ランチャーから「ヤホント」超音速対艦ミサイルを発射できるシステムで、まだロシア軍でもまだ一部にしか配備されていない。発射される「ヤホント」ミサイルは超低空をマッハ2という高速で飛行する性能を持ち、射程は最大で300km(超低空飛行の場合は120km)に及ぶ。

ロシア側の報道によると、少なくとも2011年末(つまり内戦勃発以降)からシリア軍への供与が実際に始まっているとされ、最終的に36発分のヤホントとその発射システムが供与される予定であると伝えられる。これだけのまとまった数となれば、取りざたされている軍事介入に対する強力な牽制球となろう。

もうひとつ、欧米が懸念しているのは、この強力なミサイルがレバノンの武装組織ヒズボラの手に渡る可能性だ。シリアは以前からヒズボラを支援しており、ヒズボラがイスラエルに対して行っているロケット攻撃の背後にもシリアの支援があると指摘されている。すでにイスラエルはシリアに対して空爆を行っているほか、ゴラン高原では小競り合いが続いており、報復としてシリアがロシアから手に入れた強力なミサイルをヒズボラに供与する可能性は考えられるのだ(ヤホントには対地攻撃バージョンも用意されていると見られる)。

さらに、ロシアは2012年7月、シリアに向けてロシア製のMi-24攻撃ヘリコプターを供与したと言われている。このヘリコプターはもともとシリアが保有していたものであり、内戦前に近代化改修を受けるためにロシアへ送られたものなので送り返しただけ、というのがロシアの立場である。供与したと「言われている」というのは、問題のヘリコプターを積んだ貨物船が途中で位置通報装置のスイッチを切ってしまったためにシリアに寄港したかどうかさえはっきりしないためだ。

シリアへの供与が取りざたされるS-300防空システム
シリアへの供与が取りざたされるS-300防空システム

さらに今年5月に入ってから、ロシアがS-300防空システムをシリアに供与した、あるいはしようとしているとの情報が伝わってきた。

S-300はソ連で開発された広域防空システムで、バージョンによって性能はかなり異なるが、最新型のS-300PMU2ならば半径200kmの範囲に侵入してくる敵の航空機や巡航ミサイル、さらには短距離弾道ミサイルまで迎撃する能力を持つ。ロシア軍ではさらに高性能のS-400の配備も始まっているが輸出はされていないため、今のところ外国が手に入れうる最高性能のロシア製防空システムがS-300ということになる。

核開発問題でイスラエルが空爆を行うのではないかと言われているイランも一時期、ロシアからS-300を購入する方針であった。広い範囲をカバーできるS-300のような防空システムがあれば軍事介入を行う側は作戦行動が極度に困難になる。イランもロシアもそれを承知の上でS-300というカードを切ったわけだが、今回のシリアについても軍事介入が行われるとすれば空爆が主体となる可能性が高いだけに、そのインパクトは大きい。

ただし、S-300を巡っては、すでにシリアに4個大隊分のS-300がロシア人軍事顧問と共に到着しているとか、逆にプーチン大統領とネタニヤフ・イスラエル首相との間で供与取りやめの約束が交わされたとか、そのような約束などなかったとか、情報がめちゃくちゃに錯綜している感がある。

しかし、4個大隊ものS-300ということになればランチャーを積んだトレーラーだけで32両にもなり、これに各種レーダーや指揮・通信システムなど相当大がかりなものとなる。したがって、これだけのものが米国に把握されること無くすでにシリアに運び込まれているということはちょっと考えにくいように思う。むしろプーチンとネタニヤフの間で供与取りやめの合意があった/なかったという議論に見られるように、S-300の供与を巡って駆け引きが続いている、という状況なのではないだろうか。

(2013/6/2追記1:その後、5月末になってシリアのアサド大統領はS-300の第一陣がシリアに到着したと発言しており、「4個大隊がシリアに到着済み」との情報は事実でなかったと見られる。また、アサド大統領はS-300の数を「4セット」としており、「4個大隊」という以前の報道とはニュアンスが異なる。おそらくランチャーが4両分=0.5個大隊というのが実際のところと思われる)

(2013/6/2追記2:また、5月末には軍需産業関係者の話として、10機のMiG-29をシリアに供給する計画があるとの情報も伝わっている。内戦開始前の契約だからいいのだ、というのがロシアの理屈だが、一時は戦闘機の輸出を自粛していたのと比べると態度が変化しているのは明らかであろう。ちなみにロシアがシリアへの供与を予定しているのはMiG-29M2と呼ばれる大規模改修型で、レーダーなどの電子装備やエンジンの性能が大きく向上している。内戦前の2007年、シリアは24機のMiG-29M2をロシアに発注していた)

こうしたロシアの対シリア武器供与について、当然ながら西側は懸念を表明しており、最近では米国のテンプシー統合参謀本部議長が、ロシアのミサイル供与は「タイミングが悪い」「内戦を長引かせる」などとしてロシアを非難したことが広く報じられた。実際、S-300供与の話が出てきたのは5月7日にシリア問題を巡る対話の開催で米露が合意した直後のことであるだけに、「タイミング」は最悪であったと言ってよい。

地中海にロシア艦隊を展開

ロシアのシリアに対する肩入れは武器供与に留まらない。

シリア内戦が激化して以来、ロシアは地中海にたびたび艦隊を進出させており、昨年はロシア海軍唯一の空母「アドミラル・クズネツォフ」まで姿を現した(途中、シリアのタルトゥース港にも寄港)。今年に入ってからも、地中海で大規模な海上演習が実施されている。

さらにロシア海軍は最近、地中海に常設の「地中海作戦司令部」を設置し、常時プレゼンスを確保する方針まで打ち出した。現在、地中海沖にはロシア海軍の4大艦隊(太平洋、北方、バルト海、黒海)が持ち回りで艦艇を常時派遣しているが、これらの艦艇を指揮するための常設司令部を設置しようという構想だ。また、今後はロシアがフランスから購入予定のミストラル級強襲揚陸艦など、長距離パワープロジェクション能力を持つ艦艇をこの司令部の隷下に編入するという話も伝わってきている。いずれにしても、ロシアは冷戦後かつてなかったほどの海上プレゼンスを地中海に復活させつつあることは間違いない。

このような常設部隊を設置する理由として、ロシア側はテロとの戦いや沿岸の紛争地域からロシア国民を脱出させる任務の必要性を挙げており、シリア情勢が強く意識されていることは明らかであろう。

地中海作戦司令部は早ければ今年夏にも設置される予定である。

シリア情勢を巡るロシア側の立場

では、ロシアは何故、ここまでシリアの肩を持つのだろうか。

よく指摘されるのは、ロシアがシリアのタルトゥースに海軍の拠点を置いていることや、シリアが武器輸出市場の上得意である、といった軍事的・経済的理由である。

だが、内実をよく見てみれば、タルトゥース港にあるのは小規模な物資補給拠点である。また、ロシアの武器輸出による利益は年間150億ドル程度であり、ロシアの全輸出額中、0.7%程度にしかならない。どちらもたしかに重要ではあるが、欧米と全面的に対立してまで守らなければならないほどのものではない、と言える。

むしろロシアが懸念しているのは、旧ソ連諸国やロシアの同盟・友好諸国で相次いでいる体制転換だ。ユーゴスラヴィアから始まって旧ソ連諸国に及んだ一連の「カラー革命」、そして今回の「アラブの春」の背後には欧米による様々な形での「民主化支援」が存在しているとロシアは見ており、それだけにロシア政府(特にプーチン大統領自身)は神経を尖らせている。米国の「フリーダムハウス」のような民主化支援NGOや、こうしたNGOを支援する欧米政府がロシアの「影響圏」を脅かしている、という風にロシアには見えているのだ。

こうした認識を反映して、2010年に公表された新軍事ドクトリンでは「個別の国家および地域の情勢を不安定化し、戦略的安定を低下させようとする意図」がロシアにとっての軍事的危険(軍事的脅威に発展する可能性のある要因)のひとつとして列挙されているし、昨年2月にプーチン首相(当時)が大統領選に向けて国営紙に掲載した国防政策論文では「ロシアおよびその同盟国の周辺で、人為的に焚きつけられた紛争が発生している」という直截な表現も登場する。

さらに2013年にはロシアは、外国から資金などの援助を受けているロシア国内の政治NGOに「外国のエージェント」としての登録を義務づけ(ロシア語の「アゲント」には「スパイ」というニュアンスが強くある)、政府が監視するとの連邦法を施行したほか、「アラブの春」で大きな役割を果たしたとされるSNSなどのインターネット・メディアに対する情報機関の監視も強めている。

さすがにロシアで「カラー革命」のような事態が起きるとまで想定されているわけではないだろうが、求心力の低下に悩まされ、最近では反政府デモも相次いでいることから、ロシア国内での締め付けも強化する必要をロシア政府は感じているのだろう。

しかもロシアでは、シリアの反体制派に含まれるイスラム過激派がロシア国内の紛争地域である北カフカスに流入したり、同地のイスラム過激派がシリア情勢に呼応して活動を活発化させることを懸念している。

近年、チェチェン情勢は安定化しているものの、その周辺のダゲスタンやイングーシでは武装活動が活発化しており、ロシア政府を悩ませているところだ。ロシアは2003年に首長の住民投票を廃止し、住民による直接投票を復活させたが、2013年になってから再び大統領が首長候補の決定に介入できる法改正を施行した。これは北カフカスを睨んだものとされ、実際、ダゲスタンはすでにこの方式で次の首長選挙を行う方針を固めた。

このようなロシア側の事情を感挙げれば、一連の武器供与や艦隊の展開は、前述したシリア問題を巡る国際対話(米露、欧州、中東、シリア政府と反体制派の出席が予定されている)の開催を前に、ロシアの発言権を確保するとの狙いも見えてこよう。

安全保障アナリスト

早稲田大学大学院修了後、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究員、国会図書館調査員、未来工学研究所研究員などを経て、現在は東京大学先端科学技術研究センター特任助教。主著に『現代ロシアの軍事戦略』(筑摩書房)、『帝国ロシアの地政学』(東京堂出版)、『軍事大国ロシア』(作品社)がある。

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