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補強禁止で「絶対不利」アトレティコがマドリー、バルサを脅かす?闘将シメオネの勝算

小宮良之スポーツライター・小説家
今シーズンも男気でアトレティコに残ったグリーズマン(写真:Maurizio Borsari/アフロ)

 2017―18シーズン、アトレティコ・マドリーはFIFAから夏の移籍(補強)禁止処分を受けている(未成年選手の移籍に違反があった)。

<アトレティコは苦しいシーズンを送ることになるのではないか?>

 前評判は落ちた。当然だろう。多くのクラブが戦力補強し、果敢に挑んでくる。一方、アトレティコは手持ちの選手だけで戦わざるを得ない。これは大きなハンデと言える。

 しかしプレシーズンのアトレティコは無敵を誇っている。メキシコ遠征では標高2千メートル以上という絶対的アウエーでトルーカに引き分け、アウディカップではナポリ、リバプールを撃破して優勝。プレミアリーグのブライトンにも敵地ながら2-3と勝利を収めている。

「フットボールは理屈ではない」

 そう語られるが、シメオネは理屈を覆そうとしているのだ。

シメオネの侠気

―新シーズンに向け、新戦力補強が禁止されていますが?

 メディアからの質問に対し、ディエゴ・シメオネは毅然として答えている。

「まず、クラブの仕事を評価すべきだろう。主力選手を引き留め、契約を更新することができた。これは重要なこと。私は現場の監督として、新戦力がないなら現有戦力を最高の状態で戦わせる。その他に道はない。飛躍したいという気持ちさえあれば、我々は高い士気で戦いに臨めるはずだ」

 闘将シメオネらしく、一切の泣き言を口にしていない。

「ネイマールのパリSG移籍を見れば分かるように、移籍はいつだってあり得る。しかし、私は選手たちに『世界最高のチームにいるのだ』と伝えるだけ。他にもっとお金をもらえるチームがあるとしてもね」

 シメオネはそう言って、牙を研いでいる。

<侠気>

一言にすれば、シメオネの作り上げるチームはその塊である。侠気は、権勢や強者に屈せず,弱者を助けて正義を行おうとする心を意味する。仲間のためにすべてを擲つ姿勢だ。

 事実、アントワーヌ・グリーズマンは侠気からチームに残留した。

「補強もままならないチームを置き去りに、自分だけ移籍することはできない」

 そう言ってグリーズマンは大金が転がり込むオファーも蹴った。また、GKヤン・オブラクにはパリ・サンジェルマンから1億ユーロのオファーも一蹴。まさに、侠気でつながっている。

 そのボスがシメオネである。

 アルゼンチン人監督の生き方は、まさに侠気そのものとも言える。

闘争心のすべてをぶつける

 CHOLO

 スペイン語でインディオを表す言葉が、シメオネのニックネームになっているが、それは誇り戦い戦闘者であることを意味する。現役時代からそうだったが、シメオネは自身にも仲間にも、一切の妥協を許さない。

「我々は常に競争している」

 シメオネは言うが、その作法は切迫したものだ。ときに、鼻白むようなプレーも見せる。

「あのようなタックルは親善試合でするべきではない」

 プレシーズンマッチ、ナポリ戦後に敵将は苦言を呈した。試合終盤、アトレティコのDFゴディンのタックルはまるで容赦がなかった。褒められたタックルではなかったし、事実、退場になっている。ただ、どんな試合であれ手を抜かない、という精神が如実に表れていた。

 新戦力がない点はハンデと言えるだろう。しかし裏返せば、昨シーズンまで作り上げてきたチームで戦えるアドバンテージもある。新戦力が馴染むには時間がかかるもので、期待外れのときもあるし、不具合が生じる可能性も少なくない。その点、戦い慣れているアトレティコは開幕から一気にアクセルを踏み込めるのだ。

完成しつつある陣容

 昨シーズンもリーガ最少失点(27失点は1試合平均0.71失点で王者レアル・マドリーは41失点)。守備の安定感はチームを支えている。今や欧州最高のGKとも言われるオブラクを中心に、守りに隙なし。センターバックもディエゴ・ゴディンが健在、ホセ・ヒメネス、ステファン・サビッチ、リュカ・エルナンデスら腕利きを擁する。右サイドバックはファンフラン、シメ・ヴルサリコ、左サイドバックはフィリペ・ルイス、リュカ。層も厚い。

 中盤はケガから復帰したアウグスト・フェルナンデスが"新戦力"に等しい。主将ガビも衰えていないし、技巧もパワーも十分のトーマス・パーティはアクセントになる。コケ、サウール・ニゲスはセンターもサイドもできるし、システム変更(4―4―2が基本だが、4―3―3も)にも対応する知性と技術を持っている。両サイドでは、ヤニック・カラスコ、ニコ・ガイタンが殻を破る予感がある。

 攻撃の中心はグリーズマンだろう。左足フィニッシュは世界有数で、ファーポストに入る感覚も絶品。そのセンスに疑いの余地はない。フェルナンド・トーレスはプレシーズンを見る限り「9番」は当確か。ゴールゲッターとしての決定力と経験は群を抜く。故障明けのケビン・ガメイロも9月には調子を上げるはずで、アンヘル・コレアもアグレッシブで計算が立つアタッカーだ。

 昨シーズンはポゼッションスタイルに挑戦し、最後はカウンタースタイルに戻して勝ち点を稼いだ。一つ言えるのは試行錯誤する中、着地点を見つけつつある点だろう。粘り強くブロックを作り、引き込む戦い方は基本になるが、相手をねじ伏せる時間も作れるようになった。昨シーズンCL準決勝2レグ開始15分間、マドリーを押し込み、2得点した攻撃は瞠目に値した。

 彼らの戦いが完成に近づいているとしたら――。9月には新スタジアム、ワンダ・メトロポリターノでこけら落とし。来年1月にセビージャから獲得したビトーロが合流予定で、チェルシーからはジエゴ・コスタが復帰と言われる。ただ、シメオネは先のことに思いを巡らしてはないはずだ。

「ジエゴは我々の選手ではない。コメントもない。私は今ある戦力で目の前の戦いに挑むのみだ」

 そう語るシメオネの腹は決まっている。ヘタフェ、レガニェスとプレシーズンマッチを戦った後、ジローナと開幕戦を迎える。

 

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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