Mr.トルネードこと、藤田哲也博士のすごいところ
野球のイチロー選手、俳優の渡辺謙さん、発光ダイオードの川崎教授など、日本人が世界で活躍しているのを見ると、なんだか自分の事のように嬉しくなる時があります。同じ国の国民として誇らしく、なにか勇気をもらえるのです。
気象の世界はというと、私は第一に藤田哲也博士を思い浮かべます。戦後まもなくして単身アメリカに渡り、天賦の才能と人一倍の努力で革新的な研究を次々と成功させ、ついには気象界のノーベル賞と言われる名誉をも獲得した人物です。藤田博士は1998年に78歳で他界されており、残念ながらお会いしたことはありませんが、彼の功績を調べていくたびに、益々藤田博士の魅力にとりつかれていくのです。
一体、藤田博士の何がすごいのか、紹介しましょう。
すごいところ、その1
世界初の竜巻スケールを考案
意外なことに、世界一の竜巻大国であるアメリカでは、1970年代前半頃まで竜巻の強弱を区別せず、ただ数だけをカウントしていました。確かに竜巻は、すぐにどこかに行ってしまいますし、どこに現れるのかもわからない突発的な現象なので、風速を測るなんてことは不可能です。そこで博士は、竜巻によって壊れた家、倒れた木などに注目して、それらから風速を推定し、竜巻の強さを分類するという、画期的な方法を思いつくのです。これが、1971年に考案された「藤田スケール」で、40年以上経った今もなお、改良されながら、世界の多くの国々で使用されています。
すごいところ、その2
飛行機を落とす、見えない風を突き止めた
今や飛行機の安全は折り紙付きで非常に安全な乗り物になりましたが、数十年前までは、原因不明の風により墜落するという原因不明の事故が発生することがありました。その中でも、特に大きな被害を出した、1975年に起きたイースタン航空墜落事故で、博士はその検証を依頼され、謎に取り組み、当時あり得ないと考えられていた下降気流の存在を突き止めます。これが、「ダウンバースト」と呼ばれる風です。そして、その風の検知のための「ドップラーレーダー」が多くの空港に設置されるようになり、航空機の安全性が増したのも、藤田博士の功績の一つです。
すごいところ、その3
衛星画像を動かす
私たちが日頃からよく目にする、動く雲の画像。気象衛星ひまわりが捉えた画像を動画にしたものですが、これを世界で最初に考えたのも、藤田博士です。何を言っているかと言うと、衛星画像はもともとは写真なので、動画ではありません。これを世界で初めて動かして、雲の動きを見たのが藤田博士です。
すごいところ、その4
子供の頃から頭がいい
博士がまだ15歳の頃、大分県の耶馬渓に遠足に行ったときのことです。禅海和尚が30年の年月をかけて、自力で掘りつづけて貫通したトンネルについて、こう言いました。「先生、禅海和尚は立派だとは思いますが、私ならまず15年かかって穴掘り機を開発し、次の15年で穴を掘ります。そうすれば穴と穴掘り機の両方が残りますから」。的を射ていますが、先生からは大目玉を食らったようです。
しかしこうした考えを博士は大人になっても持ち続け、まず道具を先に作ってから研究に取り掛かり、最後には研究成果と道具の二つを残したのです。
天賦の才能とアイディア、人並み外れた努力が、世界の藤田を作ったのでしょう。私が尊敬して止まない気象学者です。