【ビジネスの考え方】ほぼ日手帳とは何か(その2)『インターネット的』(糸井重里著)の中の2つのヒント
前回は、ほぼ日手帳が、ほぼ日刊イトイ新聞の読者のためのものである旨の説明をしました。今回はその続きです。
ほぼ日刊イトイ新聞を主宰する糸井重里氏には『インターネット的』(2001年 PHP新書 ※現在は増補改訂された文庫版あり)があります。
ここに、ほぼ日手帳の現在のあり方を読み解くヒントがあるのではないかと考えました。その1つは以下のことです。
まず本書の中で、糸井重里氏はインターネットの可能性をリンク、シェア、フラットなどの考え方を軸に解説しています。新しいインフラであることは間違いないけれど、それ自体は重要ではないこと。自ら発信できることの可能性や、テレビや雑誌、新聞などの旧来的なメディアではボツになっていたようなアイデアがどんどん出せること。またそのことによって出てくる洗練されてはいないけれど面白いアイデアが出てくることの重要性についても触れています。
実力以下に評価されているものを探す
こういう本文の中で、私が面白く思ったのは「実力以下に評価されているものを探す」という節でした。少し作って少し売ることで成立しているビジネスはさがせば色々あり、その実力は、必ずしも規模の大きさに比例しない。だからそういうものを探して企画にすることをしたいという主旨でした。
そう考えるとたとえば、牧野富太郎の植物図のほぼ日手帳などもそういうものの一種だと言えそうです。
「朝ドラの人気があるじゃないか」という声が聞こえてきそうです。ですが、ほぼ日手帳が牧野富太郎の植物図の手帳を出すのはこれで5回目なのです。
つまり、牧野富太郎というコンテンツは、その時点では、偉人をテーマにした学習漫画の主人公にはなり得たかもしれません。
しかし一般的な知名度としては、人々が日常的に触れるものではなかったはずです。それを、温故知新というわけでもなく、手帳の題材として使ったのは、まさに、「実力以下に評価されているものを探す」だったのかも知れません。
つまりほぼ日手帳は、ドラマになるもっと前から、牧野富太郎の植物図というコンテンツに注目。それをほぼ日手帳の形で世に送り出していたわけです。(つづく)