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本当の自分を見せられないのは、ヘンだと思われるのが怖いから。

渥美志保映画ライター
全編にジャズが流れるモノクロ映画。コーヒーを飲みながら見るのにもピッタリ。

どうにも海外旅行がたりなくて、先日、仕事にかこつけてベルリン映画祭に行ってきましたー。

いやー、いい町でした~。てかビール激安!店で飲んでも1杯300円くらいだし、軽いビールが多いんで気づくとガバガバ飲んでます。フルーツビアなんかも多いから、ビールが苦手な女子も楽しめますよー。私の場合、ビールを100種類置いてる店に行き、一緒に行った映画宣伝ウーマンと「死ぬまで飲もうぜ!」と誓い73種類まで飲みましたー!なんちゃってな!てかムリ!4杯くらいで腹パンパンですから!さらに驚くのは治安が抜群によくて、奥さん、週末とか地下鉄が終夜営業よ。いかんなベルリン、呑ん兵衛をそんなに甘やかしては!

ともあれ海外でカモにされやすい日本人もさほどピリピリせずにすむので、女子旅にもぴったり。最近ではヨーロッパのアーティストたちが集まる刺激的な町としても認知されているし……とここまで猛烈にベルリン押しな理由は、今回ご紹介する映画『コーヒーを巡る冒険』の舞台だからですねー。我ながら作為的ですー。いや、ホントにいい町ですけども!

まずは物語。映画はベルリンの大学生、ニコのある1日を、様々な人々との出会いのエピソードを数珠繋ぎにしながら描いてゆきます。ネチネチと嫌味な心理学者、「妻とセックスできない」と泣く隣人、ニコの父親のイケメンでゲイな秘書、「何か食べる?」と何度も聞くかわゆくボケたバアちゃんなど、ヘンな登場が次々登場し、コミカルな会話を展開してゆきます。

冒頭では主人公のニコは彼女の部屋にいるんですが、一夜を過ごした余韻を引きずる彼女を面倒に思っている感じ。「コーヒー飲む?」って誘いも「予定があるから」とすげなく断って帰っていきます。そして誰かと会うたびに席に着き、朝飲まなかったコーヒーを飲もうとするんですが、小銭が50セント足りなかったり、たまたま品切れだったり、同席した相手に「酒にしろ」と押し切られたり、惜しいところでいちいち飲み損ねちゃうんですね。これが妙におかしい。すごくシャレてます~。

見たところ、ニコはお金持ちのお坊ちゃんで、頭もいいしチャーミング。そして常に周囲の人を観察し、そのヘンさ加減を「なんだかなあ」と冷めた目で見ています。そうした「他人との深いコミュニケーションを避け、常に状況に動かされる受動的な姿勢」は、クールを気取りながら実は自分を安全地帯に置く術なのかもしれません。日本人の多くがすごーく共感しやすいタイプの登場人物、てか日本人ってこんな人だらけ!

ベルリンでインタビューした、yン・オーレ・ゲルスター監督。イケメンですー。
ベルリンでインタビューした、yン・オーレ・ゲルスター監督。イケメンですー。

ゲルスター監督「じゃあ日本では作品をすごく理解してもらえますね(笑)。ドイツでは、この映画は“若い世代のポートレートだ”と表現されることが多かったんですよ。大ヒットした理由は、誰もが経験したことがあるそうした時代への共感があったのだと思います」

そんなニコを最初に揺り動かすのは、ヘンテコな前衛演劇の舞台に立つ高校時代の同級生ユリカの「人前に自分を晒すのが好き。ヘンに思われてもかまわない」という言葉です。

高校時代、デブゆえにイジメられた過去を持つユリカ。「アソコに毛が生えてからナンパしな!」とか言うんですよ、ド迫力で!
高校時代、デブゆえにイジメられた過去を持つユリカ。「アソコに毛が生えてからナンパしな!」とか言うんですよ、ド迫力で!

ゲルスター監督「ニコは“どこに向かえばいいかわからない”という自信のない日々を送っています。そして周りの誰もがヘンに思えて仕方がないという“他人への違和感”は、むしろ自分に問題があるせいじゃないかと思い始めるんです。自分を他人に理解してもらうための行動を何一つしていない、自分にね

そして最後のエピソード、バー出会う老人フリードリヒが、ニコの中にある問題を浮き彫りにしてゆきます。

「やつらの話しているのはドイツ語だが、何を言ってるのかわからん!」
「やつらの話しているのはドイツ語だが、何を言ってるのかわからん!」

フリードリヒは「ひとりにしてくれ」というニコの言葉を無視し、がんがん話しかけてきといて、他人の言葉には「何を言ってるのか全然分からん」と繰り返します。それはニコのコミュニケーション不全を象徴しているんですね。

ゲルスター監督「なのにニコは彼の人生に自分から関わっていくんです。これまで面倒な関係を避けてきたニコが、なぜ?と思いますよね。それこそがニコのキャラクターを表しています。つまり老人が抱える孤独の中に、自分と同じものを見出してしまうんです

最後に老人が語る「水晶の夜事件」について、少し説明しておきましょう。

1938年にベルリンで起きた「水晶の夜事件」は、ナチスのユダヤ人強制収用が始まるきっかけとなったユダヤ人に対する襲撃事件で、ユダヤ人の住居、商店、教会の叩き割られたガラスが道路で光る水晶のように見えたことから、その名がつけられたといわれています。

映画は、事件を知る世代と知らない世代を対比させると同時に、ベルリンの歴史的な町並みとその中に息づく現代を描いています。

例えばニコのアパートがあるのは東ベルリンの中心地「ミッテ」の北に位置するプレンツラウアー・ベルグ。ゲルスター監督も事務所を構えるこの近辺は、第二次大戦の戦火をまぬかれ、古く美しい町並みがそのまま残る地区であると同時に、若い人が集まるカフェやクラブ、ブティックが立ち並ぶおしゃれ地区として知られています。そこから少し南に下ったハケッシャー・マルクトは「水晶の夜事件」の舞台となった旧ユダヤ人地区で、今やベルリンで最もヒップなカルチャーの発信地。つまり映画はベルリンで交錯する過去と現代を、人と町の両方で描いた作品なんですねー。

ニコと一緒に心地よく町をさまよううち、ほんとにベルリンに行きたくなっちゃうに違いありません。

『コーヒーを巡る冒険』3月1日(土)より、シアター・イメージフォーラムにて

(c)Stefan Klueter

映画ライター

TVドラマ脚本家を経てライターへ。映画、ドラマ、書籍を中心にカルチャー、社会全般のインタビュー、ライティング、コラムなどを手がける。mi-molle、ELLE Japon、Ginger、コスモポリタン日本版、現代ビジネス、デイリー新潮、女性の広場など、紙媒体、web媒体に幅広く執筆。特に韓国の映画、ドラマに多く取材し、釜山国際映画祭には20年以上足を運ぶ。韓国ドラマのポッドキャスト『ハマる韓ドラ』、著書に『大人もハマる韓国ドラマ 推しの50本』。お仕事の依頼は、フェイスブックまでご連絡下さい。

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