小1の壁2023~今年起きた最新の状況と解決策を考える~
「保育園落ちた日本死ね」から7年が経ったこの春、「#学童落ちた」あるいは「#小1の壁」の投稿がSNSに相次ぎました。子育て当事者の間では今年だけでなく、ずっと課題視されてきた「小1の壁」の最新の状況と解決策を考えてみます。
〇ますます高くなった壁
就労家庭が、子どもが小学校入学のタイミングで、子育てと仕事の両立に悩む「小1の壁」。小1の壁の要因は学校・放課後に分かれます。学校は、子どものたちの過ごし方が大きく変わることや、プリントや持ち物の複雑さ(名前つけなどの作業も)、また平日の保護者会などの大変さがあります。放課後は、子どもたちの安全な居場所の不足、習い事も含めた送迎の必要性、費用の課題などもあります。
この春「小1の壁」がさらに高くなったのは放課後の要因です。学童保育に落ちた方が多数出る事態になりました。下記の図は保育園と学童保育の待機児童数を示したものですが、2022年には学童保育の待機児童は15,180人となり減少するどころか再上昇しました。ちなみに保育園の待機児童は2,944人ですのでその5倍以上になっています。「待機児童から待機学童へ」と課題が大きくシフトしています。
〇留守番の練習をお願いする自治体も
この春、学童保育の不足に対してある自治体が「留守番の練習」を保護者にプリントでお願いしたという報道がされました。その自治体は1年生を新たに受け入れると2年生に学童を辞めてもらう必要があるので、留守番練習のお願いをしました。このような状況を「学童の肩たたき」と呼ぶことがありますが、肩たたきされた子どもの人数は待機児童に入りませんので、学童保育の不足はより深刻な状況だと言えます。先日の日経新聞では、子どもが留守番中に狙われる被害が相次いでおり、「1割近くの児童が留守番中に不審者の訪問を経験している」というショッキングな結果も報道されていました。海外では子どもの留守番を法律で禁じている国も数多くあります。目指すのは子どもが留守番できるようにすることではなく、安全な居場所をしっかりと確保することです。
〇社会的な機運の高まり①:政治
厳しい状況が続く「小1の壁」ですが、明るい兆しもありました。それはこの課題に対する社会的な機運の高まりです。この春のSNSでの危機感ある投稿を背景に多数のメディアで学童保育の不足や小1の壁の報道がされ、ついに3月13日には国会で岸田総理が「小1の壁を打破することが喫緊の課題だ」と発言されました。今年4月にこども家庭庁も始動し、6月には骨太方針も示されますが、ここにどのくらい「小1の壁」問題が入ってくるのかが注目されるところです。
〇社会的な機運の高まり②:企業
「小1の壁」を作っている要因は、行政や政治だけではありません。実は企業側がその壁を高くしているようにも見えます。下記の図は「短時間勤務がいつまで取得できるのか」をまとめたものですが、約7割の企業で子どもが小学校入学前に制度が終わります。つまり「子どもが小学生になったらフルタイム!」ということがまだ主流で、そのことで仕事を諦めたり、パートに切り替えたりする保護者は少なくありません。さらに言えば、このタイミングで仕事を諦めた人が、以降も正社員として復帰できなくなるケースも見受けます。
このような状況に対し、希望の持てる報道がありました。4月下旬にトヨタ自動車株式会社が短時間勤務を認める従業員の子どもの年齢を18歳までに引き上げるというのです。そしてさらに素晴らしいのは正社員だけでなく非正規社員にもそれを適用するということでした。この施策はすぐに打てますし、優秀な社員の退職防止に効果があると思いますので、多くの企業がトヨタに続くことを願います。
〇「小1の壁」の解決施策
放課後NPOアフタースクールでは、この春に「小1の壁」に関する調査を行いました。そこで見えてきた実態や声をご紹介します。
最初にご紹介する結果はこちらです。子どもの小学校入学にあたって過半数の保護者が働き方の見直しを検討しており、約6割の保護者が「子育ての負担や悩みが増えた」と回答しています。
具体的に増えたと感じる負担や悩みは「イライラ・ストレス」です。体調不良や家庭内での喧嘩なども増えるようになり、そのことでますますイライラしてしまう悪循環もありそうです。家庭内のイライラは、子どものウェルビーイングを下げることになり、不登校などに繋がっていくリスクも含むので、軽視してはいけない課題です。子どもにとって保護者が笑顔であることは極めて重要なのです。
このような状況に対して、どんな手を打てば良いのか?
次の資料が1つの結論です。
「小1の壁」を打破するためには、①配偶者の理解・②放課後の子どもの居場所・③職場の理解が3種の神器です。
3種の神器のうち2つは「理解」に関するものでした。まずは社会全体でよく「理解」し、当事者に寄り添う必要があります。第一には、配偶者・パートナーが「小学生になると子育てと家庭の両立がより困難になる」ということを認識して、より助け合うことが必要です。保育園・幼稚園時代より子育ての悩ましさが深まることも意識しないといけません。
そしてもう一つが「職場の理解」です。昭和の時代には「子どもが小学生になってもう安心ね」と言われたもので、その感覚が抜けてないシニア層なども多いように感じます。短時間勤務制度延長や柔軟な働き方が望まれますし、「保育園・幼稚園時代より大変になる」という認識で周囲がサポートしてあげることが必要です。その苦しい時期にサポートしてもらった経験は、その社員の方がきっといつか会社や後輩に恩返ししてくれるのではないでしょうか。まずはこうした理解と応援が必要です。
3種の神器の最後の1つは「放課後の子どもの居場所」です。アンケートによると、6割以上の保護者が放課後に関する悩みがあります。求めているのは「子どもだけで安全に遊べる」「友達と一緒に自由に遊べる」そんな居場所です。
多くの保護者が望むことはそんなに大それた放課後ではなく、「友達と子どもだけで遊べる安全な居場所」です。そしてこれは実は子どもも全く同じ願いを持っています。親子共に願うそんな放課後を叶えることはできないのでしょうか?
〇切り札は『学校活用』
学童保育の不足解消、友達と安全に遊べる場、様々な体験活動、これらのことをいっぺんに解決するアイディアは『学校活用』です。今春多くのメディアでもそのように報じられていました。そしてその課題として「放課後の縦割り」が指摘されました。学童保育(厚生労働省)-学校(文部科学省)の縦割りです。私が全国の様々な自治体を見ていても確かにこの縦割り課題は存在し、放課後の学校活用には「できない理由探し」をしてしまい、諦めてしまう傾向にあります。よく言われる「できない理由」は下記のものです。
・学校と学童は所管が異なる
・学校と学童は成り立ちや目的が違う
・放課後に学校を使うと先生の負担が増える
・日常の学校の施設使用ルールと異なる使い方をしてほしくない
・学校の備品が壊れる可能性がある
・大人数で放課後を過ごすと怪我が増える
・学童は生活の場であり、体験の場ではない
「できない理由」にも相応の根拠が当然ありますが、これだけ課題が高まっているのであれば、「できる理由」を探して実行に移しても良いのではないでしょうか。実際に千葉市や南あわじ市など、放課後の学校活用に取り組む自治体も出てきました。
ちなみにアンケートで学校活用型の放課後の居場所づくりについて聞くと78.4%が「通わせたい」とポジティブな回答でした。多くの保護者はそれを望んでいます。
学校は北海道から沖縄まで日本全国に存在します。追加で家賃もかかりませんし、既にある施設の活用なので新たな建築なども必要ありません。ですので、全国規模で課題を解決するためにもまずは「学校施設を使い切る」ことを一丁目一番地の政策として進めるべきだと考えます。
〇「小1の壁」解消へ:ラスボスは予算不足
最後に言及しなければならないのは、予算不足です。
現在「異次元の少子化対策」の中で、「保育士の配置増」が検討され、これは良いことですが、残念ながら「学童スタッフの配置増」は明確に示されておりません。
国家の年間予算を見ると、保育園:2兆円-学童保育:1千億円です。学童は保育園の20分の1の予算ではいくらなんでも少な過ぎます。
学校活用型の放課後も学童保育増にも何はなくても予算が必要です。保育園問題が大変過ぎたので、ついそちらに目が行きがちですが、保育園で起きる課題は放課後でも同じことですので、セットで考えるようになりたいものです。
今春、「小1の壁」はますます高くなりましたが、こども家庭庁も始動し、「子どもの声」を何より最優先にする姿勢を見せています。「どうしたら子どもの願いが叶うか?」という視点で社会全体が取り組み、「小1の壁」問題が解消に向かう元年が2023年であることを願うばかりです。
<参考>小1の壁アンケート全結果(2023年3月:放課後NPOアフタースクール発表)