高級旅館がベストではない! 本物の温泉好きが大浴場ではなく、小さな湯船を好む理由
二日市温泉(福岡県)の大丸別荘では、大浴場の換水を年に2回しか行っていなかったことで全国的なニュースになってしまった。
循環ろ過をしているにもかかわらず、塩素を投入していなかったことは論外であるが、適切に管理されていれば大浴場は魅力的な空間である。
家の風呂とは比べものにならないほど広々とした湯船の中で、手足を思いきり伸ばして浸かる。あるいは、誰もいないプールのような巨大な露天風呂で童心に帰って泳ぐ――。これも温泉の醍醐味のひとつだ。
実際、大丸別荘も例外ではないが、高級旅館の多くは見栄えや快適さを重視するため、浴室も大きくなる傾向がある。
しかし、「100人がいっしょに入れるような大きな湯船とひとりしか入れない小さな湯船のどちらかを選べ」と言われたら、筆者は間違いなくひとり用の湯船を選ぶ。
温泉は劣化する
理由のひとつは、(かけ流しの湯船であれば)ひとり用の湯船のほうが新鮮な湯を堪能できるからだ。温泉もビールや鮮魚と同じように、鮮度が高いほうが気持ちいい。空気に触れることで酸化し、劣化してしまうからだ。
当たり前だが、湯船の容積が小さいほうが、どんどん湯があふれ出て入れ換わる。湯船が大きければ大きいほど、湯が滞留する時間が長くなる。
そもそも湯船の中の温泉は、均等に入れ替わるとは限らない。湯船の構造にもよるが、どうしても古い湯は湯底のほうに滞留してしまい、水面の新しい湯が先に湯船からあふれていく。
大きくて入り組んだ形の湯船ほど、その傾向が強くなる。隅っこの落ち着く場所ほど「ここの湯はずっと流れずにとどまっているのではないか」と心がざわざわしてくる。湯船が大きければ大きいほど、湯が入れ替わるペースは遅くなり、劣化していく。
いい温泉ほど湯船が小さい
湯船が小さくて、なおかつ源泉の供給量が多ければ、新鮮な湯を堪能することができる。
山形県鶴岡市に湧く湯田川温泉にも、幸福感を得られる小さな湯船がある。1300年の歴史を誇る湯田川温泉は、毎分約1000リットルという豊富な湯量が自慢だ。
8軒ほどの旅館が並び中心に位置するのが、共同浴場「正面の湯」。地元の人の生活湯だが、一般客も近くの商店で料金を支払えばカギを開けてもらえる(宿泊客は各旅館が対応)。
湯船は数人で一杯になるサイズで、浴室もこぢんまりとしている。だが、湯口から投入される湯量がすごい。透明な湯(硫酸塩泉)がじゃばじゃばと注がれ、湯船から大量にあふれだす。
それもそのはず、浴槽面積に対する源泉供給量(4時間あたり)が全国でもトップクラスなのだ。正面の湯は、山形県内の他のかけ流し温泉の約4倍、標準的な湯船の8倍もの源泉供給量である。たちまち湯船の中の源泉が新しいものに入れ替わる。気持ちよくないはずがない。
こんな贅沢な温泉の使い方ができるのは湯量が豊富だから。クセがなく、やさしい肌触りの湯は40度くらいとぬるめなので、いつまでも浸かっていたくなる心地よさだ。体の疲れがみるみるとれていくだけでなく、気持ちよいほどにザバザバとあふれだす湯を見ていると、心も爽快な気分になる。
湯船には適正サイズがある
湯田川温泉の小宿に泊まったことがあるが、その宿の湯船は大量の源泉が激しく投入されているにもかかわらず、2~3人が入ればいっぱいになるサイズ。素人の感覚では、「もっと大きくすればいいのに」と思うが、これが適正サイズなのだ。
宿のご主人いわく、「源泉は42度なので、湯船を大きくすると加温する必要があるので、これ以上大きくできない」とのこと。加温して循環ろ過をすれば、湯の鮮度が失われてしまうから、賢明な判断なのだろう。
温泉の魅力は、家のように狭い風呂ではなく大きな湯船に入ることであることは否定しないが、本物の温泉好きは、湯船の大きさよりも、湯の鮮度にこだわるのである。