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98歳で現役!一大ブランドの創立者、ピエール・カルダンの知っているようで知らない実像とは?

水上賢治映画ライター
「ライフ・イズ・カラフル! 未来をデザインする男 ピエール・カルダン」より

 世界的ファッションブランド「ピエール・カルダン」。どういうブランドなのか知らなくても、このブランド名を耳にしたことがない人はいないのではないだろうか?

 あまりに世界中に浸透しているので、もはや伝説のブランドと化しているピエール・カルダンだが、創立者であるピエール・カルダン氏は現在も存命。98歳の今も天才デザイナーとして現役で活躍している。

 ドキュメンタリー映画「ライフ・イズ・カラフル! 未来をデザインする男 ピエール・カルダン」は、これまであまり表にでてこないできたカルダン氏本人へのロング・インタビューを実現。本人の言葉によってこれまでの歩みがいいことも悪いことも含め赤裸々に明かされる

ピエール・カルダンにはまり、コレクターに!

 ファッション界のレジェンドといっていいカルダン氏に迫ったのは、アメリカのP.デビッド・エバーソール&トッド・ヒューズの監督コンビ。はじめにトッドは自身にとってのピエール・カルダンの存在を語る。

トッド「子どものころから、彼の存在、ピエール・カルダンという名前は知っていました。イメージとしてはおしゃれなデザイナー。でも、フランスのブランドとか、そういうことは当時はよくわかっていなかったかな。ただ、『Time』の表紙を飾ったことをすごくよく覚えていて、『すごい人なんだ』と認識はしていた。

 若いときに唯一持っていたのは、作品内にも出てくるけど、コロン。あのボトルはいまでも大切に持っているよ。

 あと、子どものころ、父親とスキーに行くことになったんだけど、そのとき、ピエール・カルダンのスキー板が欲しいとねだったんだ。そうしたら、父に『ブランド名のためにお金を払うなんてばからしい』と言われて、大ゲンカになったことをもよく覚えている。

 だから、ある意味、子どものころからピエール・カルダンのアイテムに慣れ親しんできたところがある。それで6年前に家を購入して、インテリアを揃えようとなったとき、ピエール・カルダンが美しくて洗練された現代家具のメーカーでもあることに気づいたんだ。

 さらに家具を集めているうちに、家具だけにとどまらない、さまざまな新たなライフスタイルをピエール・カルダンは提案していることに気づいた。それぐらいありとあらゆるもののデザインをしている。このことが今回の作品の出発点になったんだよね」

映画「ライフ・イズ・カラフル! 未来をデザインする男  ピエール・カルダン」より
映画「ライフ・イズ・カラフル! 未来をデザインする男 ピエール・カルダン」より

あれよあれよという間に、ピエール・カルダン本人と会うことに!

 今回の作品で、なにより驚きなのがピエール・カルダン本人にインタビューをしていること。世界に知られる人物で、アポイントをとることさえそうとうな時間がかかりそうで容易ではないことは想像に難くない。が、実は出演交渉は一切していないという。

デビッド「これがとても不思議な話で信じてもらえないかもしれないんだけど、実は『ドキュメンタリーを作りたいので』というアプローチを僕たちから彼に対しては一切していないんだ

 どういうことかというと、たまたまピエール・カルダン本人に会う機会に恵まれたんだ。ニュージーランドのピエール・カルダンのストアにいったときに、そこのスタッフに僕たちがコレクターで大好きという話をしたところから始まって、はじめに関係者に会うことになった。それからあれよあれよという感じで、実際にご本人に会えることになったんだ。

 それで僕らとしてはデザインのヒーローに会うような気分で。彼と写真が1枚撮れれば『友達に自慢できる!』といったぐらいで会うことになった。で、実際にお会いして、僕らがいかにコレクターでピエール・カルダンのアイテムを愛しているかをいろいろと写真を見せながら、お話ししました。たとえば、作品内にでてくる1972年の車。あれも実は僕の家族のもので実際にガレージにあるんだとかね。

 そうしたら、実は僕たちがドキュメンタリー作家だというのをピエール・カルダンがご存じで、『じゃあいつから撮る』って言われたんだ(笑)。僕たちはあっけにとられたんだけど、こんなことで今回の作品は始まったんだよね」

トッド「ほんとうにラッキーとしかいいようがない。今でも信じられないよ」

P.デビッド・エバーソール監督(左) ピエール・カルダン(中央) トッド・ヒューズ監督(右)
P.デビッド・エバーソール監督(左) ピエール・カルダン(中央) トッド・ヒューズ監督(右)

 はじめて本人に会ったときの印象をこう明かす。

デビッド「本当に正直な感想としては、思ったよりも『お年を召していらっしゃるな』と。たまたまその日が調子が悪かったのかもしれないんだけど、たとえば写真を撮るのにも立ち上がったりするのもちょっと苦労するようなところがあった。それで『大丈夫かな』と思ったんだけど、いざ撮影が始まったら、彼はなにかどんどん若返っていく感じだった(笑)。

 印象としては積極的でポジティブ。ほんとうに前を向いて生きてきた人なんだろうなと。あと余談になるけど、僕たちはてっきり英語をお話しになるんだと思っていたんだ。そうしたらフランス語で(笑)」

トッド「どうやってこの急場を切り抜けようかと思ったんだけど、ピエール・カルダンの甥っ子さんが英語が少しわかって、なんとか仲介してくれてね。その中で彼が『じゃあ僕のキャリアのどの部分に焦点を当てたいの?』とおっしゃったので『everything』といったら、優しい笑みを浮かべてくれたことをよく覚えているよ」

単なるファッション・デザイナーでは片付けられないピエール・カルダンの社会的偉業

 作品は、本人の証言のほか、ジャン=ポール・ゴルチエ、女優のシャロン・ストーン、モデルのナオミ・キャンベル、日本からも先日亡くなった高田賢三氏らのインタビューも収録。そこから見えてくるのはピエール・カルダンの単なるファッション・デザイナーでは片付けられない存在。国籍も肌の色も関係なく日本人や黒人をモデルに起用したり、世界で初めてメンズコレクションを始めたり、ファッションの民主化を推し進めたりと、社会や世界へ多大なメッセージを発し、いまのダイバーシティにつながるような考えをいち早く示してきたことが浮かびあがる。このピエール・カルダンの姿勢はどういうところでやしなわれたのだろうか?

デビッド「まず当時のデザイナーというのは裕福な人が多い。当然、そういう世界で生まれ育っていれば、デザインする対象もおのずとその世界の人物たちになってしまう。

 けれども、ピエール・カルダンは何もないところから始まっている。映画でも語られているけど、一家はファシズムから逃げるためにイタリアのワイン農場を捨てて移民としてフランスに渡った。さらに、渡ったフランスの中部では、イタリア移民ということでけっこうな差別を経験している。

 その中で彼の人間性は培われた。それでたどりついたのが、人はなんにでもなれる、それが彼にとってはファッションで。自己表現というのは何でもありと、つまり可能性は誰にでもあるということなんだ。

 そう思うのは、これも彼から聞いたことなんだけど、1945年にナチスに1回逮捕されたとき、彼はほんとうに自分は死ぬと思ったそうなんだ。彼はユダヤ人ではなかったけど、ゲイも殺害される対象に入っていた。だから、そうしたセクシャルをもっていた彼はそうとうな恐怖を味わったんだと思う。その難を逃れたとき、彼は自分が地上にいて生きているのは理由があると考え、だから前を向いて進まなければいけないと思ったそう。

 そういった経験があるからこそ、世の中にある固定観念や常識にとらわれない。それが結果として、先進的な考えと結びついていった気がする。

 あと、小さいときにフランスに渡っていろいろな差別を受けた経験があるから、そういうことのない世界にしたい気持ちが彼にはあるんじゃないかな。そのことが彼のデザインには自然な形で表れている。だから、彼のデザインにはグローバルなビジョンを感じるし、あらゆる性差の壁を越えて人々の心に届くのだと思う」

映画「ライフ・イズ・カラフル! 未来をデザインする男  ピエール・カルダン」より
映画「ライフ・イズ・カラフル! 未来をデザインする男 ピエール・カルダン」より

偉大なる映画人といってもいいほど、映画界での功績も大!

 もうひとつ、ピエール・カルダンは映画界へも多大な功績を残している。大女優、ジャンヌ・モローとの関係はよく知られるが、映画界での彼の功績こそもっと語られていい。

トッド「ほんとうにその通り。僕らも映画作家だから、今回の取材はワクワクすることだらけだったよ。

 すごいと思ったのは、一般大衆の服のデザインをしながら、当たり前のように映画の衣装デザインもしていたこと。両方を自由に往来していた。すごい才能だと思う。

 「天使の入り江」や「美女と野獣」をはじめほんとうにすばらしい映画に携わっている。映画界での彼の仕事というのはもっと語られるべきだと僕たちも思うよ」

映画「ライフ・イズ・カラフル! 未来をデザインする男  ピエール・カルダン」より
映画「ライフ・イズ・カラフル! 未来をデザインする男 ピエール・カルダン」より

 最後にピエール・カルダンはこう語る。「人に好かれなくてけっこう、人を愛したい」と。この言葉に彼の人間性が表れているかもしれない。

トッド「ほんとうに、こういう言葉がさらっと出てくるから、これだけのことを成し遂げたんだと思う」

デビッド「僕が、彼の語った中で、もっとも好きな言葉です。人がどういうふうに自分を見るのかということをいちいち心配するのではなく、自分、あるがままの自分でいて、ただ人を愛する。他人も自分もありのままに受け入れる。ほんとうにすばらしく美しい人生哲学だと思う」

トッド「きっと実際に彼はそういうふうに生きてきた。すごく幸せな人だと思うし、多くの人に幸せを与えた人でもあると思うよ」

映画「ライフ・イズ・カラフル! 未来をデザインする男  ピエール・カルダン」
映画「ライフ・イズ・カラフル! 未来をデザインする男 ピエール・カルダン」

「ライフ・イズ・カラフル! 未来をデザインする男 ピエール・カルダン」

Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国公開中

写真は筆者撮影をのぞきすべて(C)House of Cardin- The Ebersole Hughes Company

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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