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山田章仁、藤田慶和、松井千士の落選が、なぜ「掟破り」なのか?【ラグビー雑記帳】

向風見也ラグビーライター
6月29日の壮行会の様子。本番での顔ぶれは、ここからやや変わる。(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

8月のリオデジャネイロ五輪を控えるラグビーの男子7人制日本代表(男子セブンズ代表)が、選手選考に関して議論を呼んでいる。

スポーツ報知電子版に7月18日、題して『山田、藤田ら「掟破り」の落選!』が掲載された。17日に内定した五輪の男子内定選手12名に関する記事である。

6月29日に日本選手団として公開された14人から、注目度の高い3人が外れた。その過程に関して関係者が「掟破りだ」と怒っている、という趣旨だった。

注目度の高い3人とは、山田章仁、藤田慶和、松井千士の3名だ。山田と藤田は昨秋のワールドカップイングランド大会の15人制代表で、松井は唯一の大学生選手である。

なかでも山田は、直前まで日本のサンウルブズの一員として国際リーグのスーパーラグビーで9トライをマーク。今年からはほぼ7人制に専念していた藤田と松井は、走力とスマートな外見からメディアの顔となっていた。

男子セブンズ代表ではこの3人しか知らないという日本のスポーツファンも少なくなさそうで、今度の落選発表に驚きの声が挙がった。何より、29日におこなわれた選手団発表会見後には結団式があり、「選手が家族も呼び、リオ行きを祝った」とのこと。12人のメンバーには26日のリリースに「バックアップ」と明記されたうちの1人、豊島翔平が加わっていた。

ただ、この事態は本当に「掟破り」なのか。もしくは、なぜ「掟破り」と言われるのか。瀬川智広ヘッドコーチら当事者への取材経歴をもとに考える。

あくまでメンバーは指揮官が決める

白状する。筆者は今季、セブンズ代表を十分にカバーしていない。2015年度に申請を締め切ったリオデジャネイロ五輪へ出向かないことが決まった段階で、主要な取材先をサンウルブズなどの15人制のチームにほぼ特化。スポーツ報知に書かれた6月26日の日本選手団発表会見も、申請の締め切りを失念した次第である。情けない話だ。

この集団に対して何か物を申せる立場には全くないのだが、2006年からラグビー場の取材エリアを出入りさせていただいた1人として、状況を整理する。以下の記述はその前提によるものだと思い、お付き合いいただきたい。

まず、6月以降にセブンズ代表へ加わった山田の落選は、合流後の故障と連携面などが考慮されての結果と推察される。

6月の北海道での合宿中に左ふくらはぎに肉離れを起こし、本番前最後の実戦の場があった7月のオーストラリア合宿を欠席。本来は7月16日だったはずの内定選手12名の発表が17日にずれ込んだのは、勝負強さに定評ある山田の状態確認と無縁ではなかろう。

イングランド大会時も直前の怪我から復帰して活躍した山田としては、五輪までに体調を戻す計画は立てていたはずだ。6月の段階で筆者が独自取材を申し込んだ折は、「ひどくはないですが、治療に専念しています」との返答が返ってきた。

さらには日刊スポーツの記事によれば、代表に内定した副島亀里ララボウラティアナラも、太ももの肉離れからのリカバリー中。同じ故障者同士で立場が異なることへは懐疑の念を抱く人もいようが、かような事例は決して珍しいことではない。

春先からセブンズ代表で奮闘していた副島をメンバーに入れ、山田は現地入りする2名の大会バックアップメンバー争いを求めた。

それが、ヘッドコーチたる瀬川の決断だった。

瀬川は、「明るく、楽しく、やる時はやる」を口癖とする指導者だ。2012年の同職就任前は東芝を指揮。日本代表元キャプテンの廣瀬俊朗は、現役時代の所属先である東芝では瀬川政権下のキャプテンだった。当時、上司について「本当にラグビーが好き。いつも何かの映像を見ている」と語った。

資源が15人制に集中投下される日本のラグビー界においても、競技への探求心、指導への情熱、リアリズムに徹した采配、もしくは過敏かもしれぬ神経で、瀬川はセブンズ代表の格を保ってきた。

昨秋の15人制のワールドカップの直前には、セブンズのワールドシリーズ4大会以上の出場で15人制代表になれる元オーストラリア代表のヒーナン ダニエルを招集も、本人がけがをした時点でメンバーから外した。当時の15人制代表のエディー・ジョーンズヘッドコーチが暗に期待していたヒーナンに対しても、「お情けで入れるようなことはしません」と、自らの職責を全うした。

各種報道や現場記者の知見を総合すると、藤田と松井の落選は怪我以外の理由だったとされる。藤田はスクラムハーフをはじめとする攻撃の起点で、雄大な走りとパスを期待されていた。松井は50メートルを5秒7で走るスピードに定評があった。

もし2人が無傷の状態で山田と同じバックアップ争いに回ったとしたら、あくまで予選プール(ニュージーランド、イギリス、ケニアと同組)を戦っての8強入りに必要とされる資質が、走力以外にもあったと考えるのが自然だ。

18歳の頃からジャパン入りをしていた藤田、日本ラグビー協会が女性誌をはじめ多くの媒体へプッシュしていたとされる松井を外すことに相応の反響があることは、一定の社会生活を送った大人であれば容易に想像がつく(事実、珍しくYahoo!トップでラグビーのニュースが躍っている)。

そんななか、本番のメダル獲得を見据えた瀬川は、今度の決断を下したのだ。

「掟」は6月の記者会見にできた?

では、なぜボスが自分の仕事をしただけで「掟破り」との論調が生まれるのか。

会見に参加していないバックアップメンバーが内定選手となったことがその理由とされるが、その背景にも視線を注ぐべきだ。

選手団の発表会見と結団式が6月29日になった理由は、日本ラグビー協会が男女同時での登壇にこだわったためとされる。30名以上の出席者や諸々の関係者の予定を合わせた結果、離日から約1か月に「喜びの声」を発する運びとなったのだ。

もっとも古今東西、大一番へのメンバー選考は、指揮官の最大の悩みどころだ。

15人制のイングランド大会でも、発表の5日前に候補選手のうち落選する8名を決定。当時のエディー・ジョーンズヘッドコーチも「コーチングで一番やりたくないのが、スコッドから外れる選手にそのことを伝えることです」と吐露している。

今回のセブンズ代表のように、怪我人やボーダーライン上の選手が多い場合はなおさらだ。故障で戦列を離れていても勝負強さは折り紙付きという山田は、たとえ本番に間に合わない可能性があっても選外にはしづらいところである。

さらに瀬川は、前年まで15人制に専念していたメンバーを希少なジョーカーと捉えていた。山田や藤田、さらに内定した福岡堅樹がそれにあたる。

時を追うごとに固まって来た代表常連組のグループを、さらにもうひと段階上のレベルへ引き上げる…。そんな青写真を描く以上、真のジョーカーとなりうるかを1日でも長い時間をかけて見定めたかったろう。

ちなみに15人制と同じグラウンドでたった半分の人数で試合をする7人制は、7人制ならではの資質が要求される。かねて「オリンピックをターゲット」としてきた山田も「(両者は)違うスポーツ」とし、サンウルブズにいる間から「リピーテッドスピード(加速を反復する力)」の鍛錬など、セブンズに特化したトレーニングを独自でおこなっていた。

それでも、指揮官の繊細な作業の締め切りが、自身の思いと異なる事情で早まった。瀬川は簡単にはカットしたくないであろう山田や藤田らを「男子日本代表選手団」の14名にリストアップした。選ばれた側は対外的に「五輪に出る人」と、豊島らバックアップメンバーは「五輪に出るかもしれない人」と目されるようになった。

その後、オーストラリア、鹿児島での強化合宿を通し、瀬川は自らの意志でメンバーを決定したのだろう。6月29日に発生した「14名のうちから内定選手を決める」という見えない「掟」は、7月17日、顕在化した。

人が人を選ぶということ

松井は大学生だが、山田と藤田はプロアスリートである。その競技生活は所属先の年棒以外の付加価値にも彩られており、彼らがオリンピアンにならなかったことで本人たちの「関係者」が異を唱えるのは当然。それ以前に、松井にも山田にも藤田にも家族や友人がいる。彼らがオリンピアンになるかどうかが、近しい人たちの笑顔の質を変える。

だからこそ、人が人を選ぶ行為は慎重になされるべきなのだ。

ちなみに筆者の知る限り、スポーツ報知のラグビー担当記者は競技への愛とユーモアを貴しとするプレー経験者。本当の意味での悪意を持った人ではない。

あの記事には、「選考事情に関するコメントを出す予定はない」という日本協会の発表と、「6月29日に発表した14人とバックアップ(6人)を含めた全員が日本選手団。その範囲内から選考した」という瀬川の発言とされるカギカッコも掲載された。

7人制ラグビーが正式種目となった初の大会へ挑む指揮官が、人が人を選ぶ行為と真剣に向き合った様子が浮かび上がる。きっと「関係者」の怒りの矛先も、選考基準そのものとは違うところにあろう。

五輪のバックアップメンバーは、7月26日、現在の鹿児島合宿の参加者のうち2名が選出される。現地では内定選手12名にアクシデントがあった場合に備え、選手村の外で待機する。

ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

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