リーマンショックから12年
12年前の2008年9月15日に、米大手証券リーマンブラザーズは、連邦破産法11条(日本での民事再生法)の適用を申請した。米財務省やFRBなどリーマンの大手金融機関への身売りを模索してきたものの、バンク・オブ・アメリカやバークレイズが、リーマンを買収する交渉から撤退し、結局、1990年にドレクセル・バーナム・ランベールが破産法11条を申請して以来の米大手金融機関の破産法申請という異常な事態となった。
ポールソン米財務長官(当時)は、リーマンブラザーズの公的救済は一度も考えなかったと発言。さらに、バンク・オブ・アメリカは、リーマンではなくメリルリンチの買収で合意したと発表した。
15日の米国市場では、このリーマンショックを受けて株式市場は大幅に下落し、債券は利回りが大きく低下した。破産法の適用を申請したリーマンブラザーズや、ゴールドマン・サックス、モルガン・スタンレーなどの株が下落し、メリルリンチの買収合意を発表したバンク・オブ・アメリカも急落。また、保険最大手のAIGも資金調達が難航しているとの報道などを受けて急落した。AIGへの対応に、ニューヨーク連銀が財務省や大手銀行幹部を招集して会合を開催しているとの報道も。15日のダウは504.48ドル安の10917.51ドルと2001年9月17日の684ドル安以来の下げ幅となった。
翌16日の東京市場では、日経平均先物の寄り付きが先週末比600円安の11570円となるなど大幅に下落してのスタートとなった。債券先物は買い気配スタートとなり、気配値を切り上げ先週末比1円72銭高の139円07銭で寄り付いた。寄り付き後も買い戻し圧力が強まり、先週末2円高の139円35銭をつけ、サーキットブレーカーが発動され139円36銭で売買停止となった。15分後の午前9時36分から売買が再開され買い気配となり、139円76銭で出合い後、一時先週末比3円高の140円35銭とサーキットブレーカー導入後、初めてのストップ高をつけた。
これをきっかけにいわゆるリーマンショックが起き、市場は大混乱となった。金融機関が危機の発端となった上、大手証券の破綻はいわゆる金融危機を招いたのである。
今回のコロナ禍による世界的な経済の落ち込みは、リーマンショックと大きく異なり、人や物の移動を制限したことで人為的に引き起こされたものであった。リーマンショックはいわば金融バブルの崩壊ともいえるもので、大きなリスクを抱えてもそのリスクの顕在化などは想定しないような状況が続くなか、サブプライムローン問題を発端としてリスクが顕在化し、金融危機を招くことになった。
今回のコロナ禍による経済の落ち込みは金融危機ではないものの、各所に多大な影響を与えており、経済社会活動がこれによって変革期を迎えるとの見方もある。危機はいったい後に何を残したのか、もう一度リーマンショックとその後を振り返ることも必要かと思われる。