Yahoo!ニュース

中国が神経を使う“主張を通す国ベトナム”とのミサイル威嚇合戦

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
VNエクスプレスが報じた中国のミサイル基地の兆候=同紙サイトよりキャプチャー

 南シナ海問題に関する情報を発信する非政府組織が最近、「中国がベトナムとの国境近くに地対空ミサイル基地を建設している兆候がある」との情報を公開し、ベトナムが危機感を抱いて確認を進めている。そのベトナム側でも中国に対する抑止効果を念頭に最先端ミサイル購入の計画が浮き沈みしており、中国側が神経を尖らせている。

◇「広西チワン族自治区に地対空ミサイルの基地」

 ベトナムのオンラインメディアのVNエクスプレスの2月4日報道によると、中国がベトナム国境から約20kmにある広西チワン族自治区寧明県で、地対空ミサイルの基地を建設している兆候があると、非政府組織(NGO)が衛星写真をツイッターに投稿したという。

 このNGOは「ザ・サウス・チャイナ・シー・ニュース」で、南シナ海問題に関する情報発信を続けている。

 衛星写真には、この基地のほか、軍事用滑走路に沿って少なくとも6基のミサイル発射装置とレーダーが存在することが示されているという。衛星データによると、中国側は2019年6月にミサイル基地の建設に着手したそうだ。NGOは「現時点では未完成」としている。

 このほか、ベトナム国境から約60km離れた場所にも、ヘリポートとみられる構造物が建設されていると、NGOが分析している。

 ベトナム外務省報道官はVNエクスプレスの報道を受けた記者会見で「この情報の信ぴょう性を調査する」と述べ、中国に確認を求めている。

 中国側の意図をどうみるか。米ダニエル・イノウエ アジア太平洋安全保障研究センターのアレクサンダー・ビュビン教授は米政府系放送局ボイス・オブ・アメリカ(VOA)の取材に「これは中国が国境戦争の準備を進めているというシグナルだ。それはきょうや明日という話ではなく、長期的なものだ」と語った。

 一方、シンガポール南洋理工大研究員の高瑞連氏はVOAに「ベトナム国営石油ガスグループが現在、(中国が領有権や海洋権益を主張する)南シナ海での新たな天然ガス探査計画を提案している。寧明県で建設しているミサイル基地はこの計画に対する“中国からの警告”の可能性がある」と指摘する。

◇浮き沈みする「ブラモス供給」の噂

 一方、中国側は共産党機関紙・人民日報系「環球時報」が2月8日付記事で、ベトナム側の報道を転電するとともに、中国が警戒するベトナムの超音速巡航ミサイル「ブラモス」配備に対する懸念を表明した。

インドとロシアが共同開発したブラモス=中国「百度」百科より筆者キャプチャー
インドとロシアが共同開発したブラモス=中国「百度」百科より筆者キャプチャー

 ブラモスはインドとロシアが共同開発したもので、陸海空・潜水艦のいずれの方法でも発射できる世界で唯一のミサイルとされる。最大300kgの通常弾頭と核弾頭を搭載でき、音速の3倍以上で飛行して精密にターゲットを攻撃できるそうだ。このためインドは「中国のミサイル防衛システムでは迎撃できず、中国の空母を含む大半の海上目標に致命的なダメージを与える」と評価している。

 インドのモディ政権は2014年、中国への対抗措置として、ブラモスをベトナムに供給するための協議を開始。同時にブラモス製造メーカーに増産を指示したとも報じられた。

 これに中国が猛反発し、「ブラモス供給はレッドライン(越えてはならない一線)」との立場を明確に示したうえ、その場合の制裁の可能性も示唆した。こうした状況を受け、ブラモス供給に関する情報は途絶えた。

 ただ中国とインド、ベトナム両国の関係が緊張しているため、昨年12月に開かれたモディ首相とベトナムのフック首相のテレビ会談で「中国に対抗する手段としてのブラモス」に関する言及があったのでは、という観測が出ている。

◇「ベトナムは主張を通す国」

 中国は南シナ海の大部分で海洋権益を主張している。国際社会の批判を聞き入れず、大量の土砂で人工島をつくって軍事基地を建設してきた。このため海洋権益がぶつかる東南アジア諸国連合(ASEAN)各国との間であつれきが生じている。

 昨年1年間でも▽インドネシアの排他的経済水域(EEZ)に中国海警局の公船が漁船を引き連れて侵入▽中国とベトナム双方が領有権を主張するパラセル諸島付近で中国監視船がベトナム漁船と衝突して漁船が沈没▽フィリピン領海内で中国海軍艦艇がフィリピン海軍艦船にレーザー照射――など、さまざまな事案が発生し、その処理に関して中国の強硬姿勢が際立った。

 その一方で、中国はASEANの中で南シナ海に権益を持たないカンボジア、ラオス、ミャンマーなどに対しては「マスク外交」を展開し、自国側に引き寄せようと懸命だ。領有権で対立するフィリピンやマレーシアも、中国への警戒感を抱きながら経済関係の強化を進める。

 そんな中でベトナムは中国と一定の距離を保ち続けているようだ。

 昨年のASEAN議長国を務めた際、同年6月にオンラインで開かれたASEAN首脳会議を主導し、中国を念頭に「新型コロナ禍のさなか、国際法に反する無責任な行動があった」と批判したうえ、議長声明にもASEAN全体の意思として「最近の出来事に懸念が表明された」と盛り込んだ。

 南洋理工大Sラジャラトナム国際研究院の張嘉松・准教授はVOAに「ベトナムは、中国との経済関係を優先して軍事問題を脇に置くような国ではない」とみる。フィリピンやマレーシアが、中国からの投資に配慮して対中圧力への同調を避ける傾向があるのに対し、ベトナムについては「主張を通す唯一の国。同国の最大の関心事は安全保障だ」というのが張嘉松氏の見解だ。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

西岡省二の最近の記事