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シティーは安倍首相をどうみたか

木村正人在英国際ジャーナリスト
ロンドンのギルドホールで講演する安倍首相(木村正人撮影)

英首相の高祖父に助けられた日本

G8首脳会議を終えた安倍晋三首相は19日、ロンドンのギルドホールで「私の経済政策(アベノミクス)とは、私の政治的意思に裏打ちされています」と講演し、聴衆を魅了した。会場の英国人からは「日本人の政治家からこれほど明確なメッセージを聞いたのは初めてだ」という声が聞かれた。

会場は立ち見が出るほどの盛況で、安倍首相は「日本に高橋是清という政治家がおりました。帝政ロシアの軍事的脅威に日本が立ち向かおうとしていた時代です」と語り出した。

日本国債をロンドンの銀行団に引き受けてもらうため、高橋はたった1人でシティーにやってきた。その時、助けてくれたのが香港上海銀行ロンドン支店長のサー・ユーウェン・キャメロン、現在のキャメロン英首相の高祖父だった。

安倍首相は「ケインズが一般理論を発表する5年前の1931年、高橋はケインズを先取りする政策を打ち、深刻なデフレから世界に先駆けて日本を救い出すことに成功しました」と紹介した。

「デフレとは、だんだん体温が下がるような状態です。放置すると、消費者はモノを欲しがらなくなります」「強い政治的意思がなかったせいで、デフレは退治できなかったのです」

安倍首相は「日本は第1にデフレからの脱却。第2に労働生産性の向上。第3に財政規律の維持というトリプルの構造課題を同時に解かなくてはならず、それには成長が必須の条件です」と力説。

成長のカギは「国を開くこと、日本の市場をオープンにすることです」と強調した。

安倍2・0

質疑応答にも手際良く答えた安倍首相に、キングス・カレッジ・ロンドンで日本・イラン関係を研究している博士課程のゴードン・ジョーンズさん(48)は「これまで日本の首相は1年で交代してきた。安倍首相は支持率も高いので、とにかく政権を長く続けることが重要だ。安倍首相は前回の失敗から多くのことを学んだ。安倍2・0に期待している」と話した。

国際コンサルタント、プライスウォーターハウスクーパースのアンドリュー・マッククロソンさん(49)は「強い意思を感じた。安倍首相の強い意思が国や国民に浸透すれば、アベノミクスは効果を持つはずだ」と笑顔を見せた。

多くのシティー関係者が、安倍首相の講演から日本を復活させようという強い政治的意思を感じたのは間違いない。

バブル時代を含め12年間を日本で過ごしたというマーク・パーティントンさん(49)は「アベノミクスは経済浮揚の良い機会になるが、人口が減少する中でインフレを起こすのは難しい。長いデフレの記憶が日本にはこびりついている。しかし、台頭する中国のカウンターバランスとして日本が復活するのを期待している」と話した。

会場には知日派の英国人が多く、「コメの市場開放や女性の社会進出など、アベノミクスの課題は山積みだ。もう少し様子を見てからでないと成功かどうかはわからない」という慎重な意見が目立った。

ある英議会関係者の1人は「私は、私は、私は、と安倍首相は何度も強調したが、英国では私たちはというだろう。政権はみんなの協力がなければ回っていかない。日本は保護主義を撤廃できるかどうかが問題だ」と厳しい見方を示した。

アベノミクスの失速を懸念する英誌エコノミストの風刺画(木村正人撮影)
アベノミクスの失速を懸念する英誌エコノミストの風刺画(木村正人撮影)

日本の関係者からは「アベノミクスを成功させようと思ったら、規制をなくすことが必要だ。しかし、霞ケ関の縦割りがきつく規制緩和はなかなか解消されていないのが現実だ」「日本の学会でアベノミクスへの懸念を示した人が集中砲火を浴びた。日本ではアベノミクスは、もはや信仰になっている」との声も聞かれた。

アベノミクスによる大胆な金融緩和で急激な円安・株高が進んだものの、大幅な調整が行われている。夏の参院選で勝って政権基盤を固めたあと、安倍首相とアベノミクスの正念場が待っている。利ざや稼ぎの投機マネーも、海外投資マネーも「安倍改革」の進捗を注視している。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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