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子どもが懐柔される「グルーミング」を知っていますか

小川たまかライター
(写真:Paylessimages/イメージマート)

 「グルーミング」という言葉を検索すると、現在上位に表示されるのは「ワンちゃんのお手入れチェック」など動物の毛づくろいについて。愛犬家、愛猫家には馴染み深い言葉かもしれない。

 実はこの言葉には、もう一つの意味がある。子どもへの性暴力・性虐待を理解するための重要なキーワードとして知られつつある。

 2021年9月16日、上川陽子法務大臣は性犯罪に関する刑法の改正について法制審議会に諮問した。昨年から約1年間にわたって法務省で行われた検討会での議論を受け、諮問は10項目にまとめられた。

 ニュースでもたびたび話題になり、検討会で議論の中心となった「不同意性交罪の創設」「暴行脅迫要件・抗拒不能要件の緩和」「公訴時効の撤廃や延長」「性交同意年齢の引き上げ」などの論点が“順当に”入った中で、多少の驚きを持って受け止められたのが「グルーミング」の諮問入りだ。

「グルーミングが諮問に入るのは、正直言って意外でした。残って良かったと思いますが、積極的に残してもらえるとは思っていなかった」(性暴力の被害者支援関係者)

 性暴力の被害者支援に関する情報をツイッターで発信している「らめーん弁護士」も、こんな感想を漏らした。

 諮問では「六 性交等又はわいせつな行為をする目的で若年者を懐柔する行為(いわゆるグルーミング行為)に係る罪を新設すること」とあり、グルーミングという言葉が明確に書き込まれた。

 若年者に対して性暴力が行われる場合、しばしばそれは段階を踏んで行われる。加害者はある時期までは子どもから好かれるように振る舞い、暴力や脅迫は行わない。子どもが心を許したところでその信頼を利用して性的な行為を行うのが典型的なグルーミングの手口だ。子どもは混乱し、自分が被害を受けたと自覚していないこともある。

 性被害に遭った子どもの多くは、なぜそれを訴えられないのか。被害を被害と認識することができないのか。その心理を解明するために、加害者の手口を分析することが必要だった。そこでわかってきたのが、「グルーミング」だ。

 グルーミングは顔見知りの大人から行われることもあれば、オンライン上で顔のわからない相手から行われることもある。ただ、巧妙に子どもの孤独や承認欲求につけ込む点では同じだ。

 たとえば教師やスポーツのコーチから「君は他の子とちょっと違うね」「才能があるよ」と言われて喜ばない子どもはいないだろう。あるいは「悩んでいないか?大丈夫か?」と聞かれ、実際に不安や悩みを抱えていたらホッとするだろう。

 もちろん、こういった言動が子どもの能力を伸ばすためや子どもの不安を払拭するために行われるならなんの問題もない。問題は、最終的に性的な行為を行うために、このような言動で子どもからの信頼を得る大人がいることだ。

 法務省の検討会に出席したSANE(性暴力被害者支援看護職)の山本潤さんは、「グルーミングは、被害者本人が性的に虐待されているという事実さえ認識できない恐ろしい犯罪と言われています」「手なずけと洗脳操作という独特の加害者戦略があります」と意見を述べている。(第9回検討会議事録:17ページから)

 山本さんがこのとき紹介したのは、当時14歳の中学生のケースだ。塾の人気講師から「君は他の子と全然違うね」「頭が良くて大人と対等に話せるよ」などと言われ、勉強を教えてあげるからと自宅に呼ばれた。最初は複数人の友達と一緒だったが、徐々に人数が減り、被害に遭った。

 また、最初の被害が起こった後にもグルーミングは続く。「これは2人の秘密だよ」「他の人に言ったら君や君の家族が大変なことになるかもしれないよ」などと言い、子どもをさらに自分だけに依存させる状況を作っていく。

 昨年、韓国で「n番部屋事件」と呼ばれる組織的な性犯罪事件が明らかになったとき、被害者に対してオンライングルーミングが行われていたことが話題となった。

 日本でもオンラインで見知らぬ大人によってグルーミングが行われている実態がある。

「出会い系アプリで被害に遭うと思われがちですが、ツイッターやTikTokなど誰でも使うSNSを通じてグルーミングが行われることは少なくありません。理解者のふりをして近づき、信頼を得て依存させ、要求を徐々に上げて最終的には性的な行為に持ち込みます」(検討会委員の一人で、臨床心理士の齋藤梓さん)

 諮問項目には入ったものの、グルーミングがどのように法改正に組み込まれるかは未知数だ。齋藤さんも「グルーミングが審議会で話し合われることは意義があるが、法で規定するのは難しいという意見が多いのではないか」と懸念を示す。

 グルーミングは懐柔行為だが、外形的には最初の段階では「子どもを誉める」「頭をなでる」といったもの。徐々に「子どもを膝に乗せる」「マッサージする(させる)」「性的な描写の含まれるコンテンツを見せる」「着替え中にわざと立ち入る」「自分とのハグやキス、さらに性行為が自然だと思うように誘導する」などとエスカレートしていくが、それらの行為に法で線引きをすることができるのかどうかは意見が分かれるだろう。

 検討会ではグルーミングに関して規定を持つイギリスとドイツの例が示されているが、海外のこのような先行事例も規定に苦慮したことが見て取れる。

 とはいえ、子どもへの性暴力を防ぐ観点から必要なのは、まず大人が「グルーミング」の概念を知り、このような手口を使う者がいると理解・周知することだろう。

 性暴力・性犯罪は、衝動に駆られた一時的な行為と考えられがちだが、時間をかけて計算して被害者を罠にかける者がいる。このような巧妙で卑劣な手口を知ることが、「騙される方も悪い」といった安易な被害者非難を減らすためにも必要なはずだ。

おまけ:

「ぱっぷす」は、デジタル性暴力やリベンジポルノの問題に取り組む団体です。被害の実態に少しでも法が追いつくことを私も願っています。

【関連・参考】

性暴力の前に巧みにつけ込む 忍び寄る「グルーミング」(2021年7月12日/朝日新聞デジタル※有料会員記事)

韓国を震撼させた性犯罪「n番部屋事件」、被害者を罠にかけたグルーミングとは(2020年3月26日/Yahoo!ニュース個人)

【性犯罪刑法検討のための諮問(法務省)】

諮問第百十七号 近年における性犯罪の実情等に鑑み、この種の犯罪に適切に対処するため、所要の法整備を早急に行う必要があると思われるので、左記の事項を始め、法整備の在り方について、御意見を承りたい。

第一 相手方の意思に反する性交等及びわいせつな行為に係る被害の実態に応じた適切な処罰を確保するための刑事実体法の整備

一 刑法第百七十六条前段及び第百七十七条前段に規定する暴行及び脅迫の要件並びに同法第百七十八条に規定する心神喪失及び抗拒不能の要件を改正すること。

二 刑法第百七十六条後段及び第百七十七条後段に規定する年齢を引き上げること。

三 相手方の脆弱性や地位・関係性を利用して行われる性交等及びわいせつな行為に係る罪を新設すること。

四 刑法第百七十六条の罪に係るわいせつな挿入行為の同法における取扱いを見直すこと。

五 配偶者間において刑法第百七十七条の罪等が成立することを明確化すること。

六 性交等又はわいせつな行為をする目的で若年者を懐柔する行為(いわゆるグルーミング行為)に係る罪を新設すること。

第二 性犯罪の被害の実態に応じた適切な公訴権行使を可能とするための刑事手続法の整備

一 より長期間にわたって訴追の機会を確保するため公訴時効を見直すこと。

二 被害者等の聴取結果を記録した録音・録画記録媒体に係る証拠能力の特則を新設すること。

第三 相手方の意思に反する性的姿態の撮影行為等に対する適切な処罰を確保し、その画像等を確実に剝奪 できるようにするための実体法及び手続法の整備

一 性的姿態の撮影行為及びその画像等の提供行為に係る罪を新設すること。

二 性的姿態の画像等を没収・消去することができる仕組みを導入すること。

ライター

ライター/主に性暴力の取材・執筆をしているフェミニストです/1980年東京都品川区生まれ/Yahoo!ニュース個人10周年オーサースピリット大賞をいただきました⭐︎ 著書『たまたま生まれてフィメール』(平凡社)、『告発と呼ばれるものの周辺で』(亜紀書房)『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を』(タバブックス)/共著『災害と性暴力』(日本看護協会出版会)『わたしは黙らない 性暴力をなくす30の視点』(合同出版)/2024年5月発売の『エトセトラ VOL.11 特集:ジェンダーと刑法のささやかな七年』(エトセトラブックス)で特集編集を務める

トナカイさんへ伝える話

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これまで、性犯罪の無罪判決、伊藤詩織さんの民事裁判、その他の性暴力事件、ジェンダー問題での炎上案件などを取材してきました。性暴力の被害者視点での問題提起や、最新の裁判傍聴情報など、無料公開では発信しづらい内容も更新していきます。

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