スーマックが新作『ザ・ヒーラー』を発表。アーロン・ターナーが語る“激音と癒やし”のアート・メタル
スーマックがニュー・アルバム『ザ・ヒーラー』を2024年6月に発表する。
新世代アート・メタルの旗手と目されたアイシスが解散、ギタリスト/ヴォーカリストのアーロン・ターナーが2014年に始動させたのがスーマックだった。伝説を超えるヘヴィかつエモーショナルな世界観で躍進を続けてきた彼らが結成10年を迎えて世界に問う新たなる一撃が『ザ・ヒーラー』である。
全4曲・約75分(日本盤CDはさらにボーナス1曲を追加)の激音の塊が“癒やし”の歌詞と相まって生み出す波状攻撃の美学。バンドの現在、そして切り開いていく未来をアーロンが語った。
<アルバムは印象派の画家によるバンドの肖像画>
●スーマック結成10周年、おめでとうございます!
どうも有り難う。もう10年だなんて実感が湧かないけど、ひとつの節目を迎えられたのは嬉しいね。
●2015年9月にスーマックとして初めて日本でプレイしたとき、あまりの緊迫感に、バンドが短命に終わるのではないかと不安に感じましたが、今日まで健在でとても嬉しいです。
ツアーの頻度を減らしたことで、バンドの寿命が延びたと思う。世界中を延々とサーキットしていると、どうしても集中力が途切れる。それに毎日移動することでエネルギーを消耗するんだ。東海岸、西海岸、中西部など地域ごとに効率的にレコーディングやライヴを行うことで、より集中して活動することが出来るよ。
●スーマックと並行してあなたはマミファー、オールド・マン・グルーム、そしてタトゥー・アーティストとしても活動しているし、ブライアンもロシアン・サークルズやボッチ再結成、ニックもジ・アームドなど、全員が忙しく働いています。アイシス時代よりもむしろ忙しくすら見えるのですが、疲弊してしまうことはないでしょうか?
いや、忙しさのバランスが異なるんだ。アイシスではアルバムを出すと1〜2年間、ぶっ続けで世界をツアーしていた。それで人間関係にも摩擦が生じたし、毎日ずっと一緒にいると、どうしてもコミュニケーションのズレがあったり、他のことをしたくても出来なくて、精神的にストレスが溜まった。今では他のことにも時間を割くことが可能だし、さまざまなミュージシャンとコラボレートも出来て、常にクリエイティヴでいられる。それが結果的にスーマックのエネルギーにプラスに働いているよ。
●スーマックとして最近やったライヴは2月、ボストンとニューヨーク×2公演の10周年アニヴァーサリー・ライヴですが、スーマックの曲は長いものが多く、ラジオやMTVでヒットした曲もないため、10年間のキャリアを網羅するセット・リストを組むのは難しそうですね。
ははは、そうだね。自分たちがプレイしてエキサイト出来る曲、ファンが盛り上がる歴代の曲をピックアップして、新作から「ワールド・オブ・ライト」を加えたんだ。大雑把にバンドの軌跡を辿ることが出来たと思うよ。スーマックがどこから来て、どこにいて、これからどこに向かうか...10年のあいだに俺たちは灰野敬二とのコラボレーションも行ったりして、それを反映することは出来なかったけどね。印象派の画家によるバンドの肖像画という感じかな。
●リリース前の曲をライヴで披露することはよくあるのですか?
滅多にないね。ネットにリークすることを恐れているのではない。アルバムをレコーディングするまで、曲が完成していないからなんだ。ただ『ザ・ヒーラー』は去年レコーディングして、発売まで1年かかったから、それに先駆けてみんなに聴いてもらいたかった。
●『ザ・ヒーラー』は2023年5月にレコーディングして、2024年6月の発売まで1年かかりましたが、聴き直して「ああすれば良かった」と後悔することはありますか?
アルバムというのは“完成”することはないんだ。気に入らない箇所を直していたらいつまでもいじり続けることになるし、どこかで手放す必要がある。アルバムはその瞬間の自分たちを捉えたドキュメントなんだ。それからライヴで演奏するうちに、さらに進化していくこともある。アルバムとまったく同じアレンジにはならないよ。ライヴではオリジナルと異なる、エキサイティングなものを提供したいね。
●ツアーを地域ごと、数公演ずつの短期で行うことにしたのはコロナ禍によって、長期のツアーを組んで中止になることがリスキーであると判断したのでしょうか?
そういうわけでもないんだけどね。アルバムを完成させて、発売になる前の待機期間に短期のツアーをやっておこうと考えたんだ。俺たちの存在が忘れられないようにね(笑)。みんな別のバンドやプロジェクトで忙しかったけど、なんとかスケジュールを調整できたよ。3人ともライヴをやるのは大好きだし、やって良かった。
●2023年10月にはオレゴン州ポートランドでスーマックとボッチのダブル・ヘッドライナー公演が行われましたが、ブライアンは両方のバンドでプレイしたのですか?
うん、物凄い体力と集中力だよな!しかもライヴが終わってからもケロリとしていた。毎晩でも出来そうだったよ(笑)。
<長い曲が多いのはそれだけの時間を曲が必要としていたから>
●『ザ・ヒーラー』は2023年5月にレコーディングしたそうですが、曲を書いたのはいつだったのですか?
2021年に書き始めたんだ。俺1人で6〜7ヶ月かけて、それからバンドで完成させていった。スーマックのアルバムでは最も時間がかかったよ。コロナ禍が始まって1年から1年半のあいだクリエイティヴな閃きを得ることが出来ず、曲を書ける心境ではなかった。精神的にツアー・モードではなかったし、ツアーに出られる状況でもなかったしね。ロックダウンでニックやブライアンと顔を合わせてリハーサルが出来ないことで、モチベーションも上がらなくて、彼らからのインプットを得ることも出来なかった。1年ぐらいそれが続くと、カンを取り戻すのが大変だった。「ワールド・オブ・ライト」「イエロー・ドーン」は苦しみ抜いて書いた曲だったよ。それを彼らに聴かせてみて、徐々にアルバム作りが軌道に乗ったんだ。残りの2曲は比較的スムーズに書くことが出来た。そうして全員でスタジオで顔を合わせてレコーディングしたんだよ。
●そうして完成した『ザ・ヒーラー』はどんなアルバムだと表現しますか?
スーマックの音楽に慣れ親しんだリスナーならば、バンドの軌跡において必然的なステップであることが判るだろう。メロディ、ドローン、インプロヴィゼーション、複雑なリフ...変化があったとしたら、曲の“書かれた”部分とインプロヴィゼーションがよりシームレスに繋がっていることかな。インプロヴィゼーションの手腕も上達して、よりディープなインパクトがある。ファースト・アルバム『ザ・ディール』(2015)では基本的に俺が曲を書いて、それに2人がアイディアを加えていったけど、今回は3人がひとつの集合体として機能している。インプロヴィゼーションの割合は初期と較べて確実に増えているね。まだフィフティ・フィフティとは行かないけど、だんだん近づいている。自分にとっても大きな意味を持つアルバムだよ。
●アルバムの全4曲は2曲が約25分、すべてが10分以上と長いものですが、それぞれの曲はワン・テーマから発展していくのですか?それともいくつかのアイディアを繋ぎ合わせていくのですか?
基本的にひとつ、多くてもふたつのアイディアから曲を創り上げていくんだ。あるリフを書いて、ピンと来たパートを繰り返し聴き返して、プレイしてみる。そうしてアイディアが“育って”いくんだ。
●ラジオで流れるポップ・ヒットが大まかに3分、ベートーヴェンの『交響曲第9番』が74分というのと同様に、あなたにとって25分という長さが最もフィットしているのでしょうか?
元々スーマックは長い曲が多いけど、『ザ・ヒーラー』に特に長い曲が多いのは、それだけの時間を曲が必要としていたからだ。俺自身の意志は介在していないよ。曲の長さに制限は設けない。曲が25分なのは、必然性があるからだ。無理矢理引き延ばすこともないし、切り縮めることもないよ。ただ、今スーマックでやっている音楽は、3分ですべてを語り尽くすことが難しいのは確かだね。
●「ワールド・オブ・ライト」のラジオ・エディットを求められたりはしませんか?スリープは『ドープスモーカー(エルサレム)』を“ロンドン・レコーズ”に聴かせたところ「MTVとラジオ用に3分のエディット・ヴァージョンを作ってくれる?」と言われたそうですが...。
幸い俺はそんなことを言われた経験はないな(苦笑)。アイシスの頃から自分の“ハイドラ・ヘッド・レコーズ”でやってきたし、“スリル・ジョッキー”も俺たちがどんなバンドかよく判っているから、無茶なことは言ってこないよ。
<俺たちは人類の存続と博愛に焦点を当てるべきだ>
●『ザ・ヒーラー』のサウンドはヘヴィで攻撃的、時に破壊的でもありますが、それに対して歌詞からポジティヴなメッセージを感じます。「ワールド・オブ・ライト」では“輝く”“上昇する”、「オープン・アイズ」では“目を開く”“目覚める”“祝福する”、「ニュー・ライツ」では“悲しみはなく力があるのみ”など前向きな描写があり、アルバムのタイトルも『ザ・ヒーラー』=“癒やす者”というものですが、歌詞を通じてどんなことを主張していますか?
メタルは破壊的だと思われがちだけど、俺にとって必ずしも正しいとは限らないものだ。若い頃、初めてメタルを聴いて、ものを壊したいとか人を殺したいと思うことはなかった。それよりもエネルギーとインスピレーションを受け取ったよ。だから俺にとってメタルは生命の音楽だし、不調和で暴力的なように聞こえても、ポジティヴなメッセージを込めることに矛盾はないんだ。ヘヴィでブルータルなサウンドは、現代の世界や人生そのものを反映しているとも言える。そんな社会において“ザ・ヒーラー=癒やし”が大事なんだ。現代の世界には破壊と混沌がはびこっている。アルバムのレコーディングを終えた後にもイスラエルとパレスチナの問題が起こったり、いつまでも終わることがないんだ。そんな状況で、俺たちは人類の存続と博愛に焦点を当てるべきだと思った。それに7年前に息子が生まれたことで、彼が受け継いでいくこの世界についていろいろ考えるようになったんだ。
●メタルを聴くようになったきっかけを教えて下さい。
子供の頃から、既存の価値観をひっくり返すようなアートが好きだったんだ。俺は両親が歳を取ってから出来た子供だった。父親が40歳、母親は32歳のときに生まれたんだ。彼らの音楽の趣味は保守的で、フォークやブルース、ジャズを聴いていた。でも俺は“自分のもの”といえる音楽を求めて、メタルやパンク、ハードコアを聴くようになったんだ。音楽やジャケット、すべてが異なっていた。俺はスポーツも好きではなかったし、これこそが“俺のもの”だったんだ。メタルに目覚めて最初にハマったのはガンズ&ローゼズやモトリー・クルーだったけど、すぐにメタリカやスレイヤーなどのスラッシュ・メタルが好きになった。それからマイナー・スレットやボーン・アゲインストのようなハードコアを聴くようになって、政治やイデオロジー、人種やジェンダーの平等などについて学ぶようになった。彼らとはまったく異なるけど、ニューロシスやフガジもDIYパンクス出身で、多大な影響を受けたよ。
●御両親が聴いていた音楽をあなたも聴くようになりましたか?
比較的早い時期からけっこう好きだったんだ。音楽を聴くようになってすぐB.B.キング、それからタジ・マハールのライヴを見に行ったし、レコードも好きだった。B.B.の『ライヴ・イン・クック・カウンティ・ジェイル』(1971)は囚人の前でプレイすること自体がひとつのステートメントだったし、他のアルバムとは空気が異なっていたね。ミシシッピ・ジョン・ハートも聴いていたよ。父親はジャズも聴いていたけど、俺がそれを受け入れられるようになったのは少し遅く、16歳ぐらいのときだった。その頃ハッパを吸うようになったことで、感性の幅が広がったのかもね。ジョン・コルトレーンの『至上の愛』(1965)は彼の初期とモダン・ジャズ期の橋渡しとなる作品で、スーマックと共通する音楽への取り組み方があると思う。
●灰野敬二とはコラボレーション・アルバムを3作発表していますが、どのようにして彼の音楽を聴くようになったのですか?
ハイノの音楽を初めて聴いたのは、“エイリアン8・レコーディングス”を通じてだった。俺のレーベルで出したアルバムを、彼らとトレードしていたんだよ。それで聴いたのがハーディガーディ作品のひとつだった。とてもミステリアスな音楽で、初めて聴いたときは、どう受け止めていいか判らなかった。それでも何度も繰り返し聴かずにいられなかったんだ。その後スティーヴン・オマリーと友達になって、サンO)))の初期作品をリリースしたり、俺とスティーヴンとジェイムズ・プロトキンでロータス・イーターズというプロジェクトを組んだりもした。スティーヴンがハイノの音楽の大ファンで、彼と話すうちに、もっといろいろ聴いてみようと考えて、掘り下げるようになったよ。
●彼と共演するに至ったのは?
ハイノの音楽を聴くうちに、自分と一緒にやったらどんな音が生まれるか、興味が生まれたんだ。ブライアンとニックに提案してみたら、あまり良く判っていなかったようだけど、面白そうだと考えたみたいだった。それでハイノのマネージャーと何度か連絡を取り合って、スーマックの2017年の日本公演のときに会うことになったんだ。彼も俺たちがどんなことを求めているのか、興味があったのだと思う。最初は手探り状態で、明確なヴィジョンがあったわけではない。ハイノの音楽にはいくつもの謎や質問が込められている。彼は恐れを知らず空間を生かしたアコースティックなサウンドから混沌のノイズまで、あらゆる可能性に身を投じていくし、独自のヴォイスと個性を持っている。毎回共演するたびに、予想もしなかった音楽が生まれるんだ。これからも何年に1回か、コラボレーションを続けたいね。
●2018年10月13日、ロサンゼルスの“ウィルターン・シアター”で行われたケイラブ・スコフィールド(ケイヴ・イン、オールド・マン・グルーム、ゾゾブラ)に捧げるトリビュート・コンサートに“セレッシャル”名義で出演したライヴはレコーディングされたそうですが、公式リリースの予定などはありますか?
まだ決まっていないんだ。そのライヴは撮影もしているし、いずれ公にしたいとは考えているけど、どのような形になるか判らない。ブルーレイにするかライヴ・アルバムにするか、ストリーミングで公開するか...良いライヴだったし、きちんと記録しておいて良かったよ。今年2月、10周年アニヴァーサリー・ライヴのボストン公演とニューヨーク2公演の片方もレコーディングしているし、その中からベスト・テイクを選りすぐってライヴ・アルバムにしても良いと思う。レイヴン・シャコンとの共演もあって、スペシャルなライヴだったよ。今年のツアーの何公演かもライヴ・レコーディングするつもりだ。
●ムーア・マザーとのコラボレーション・アルバムを作っているそうですね。
うん、彼女はフィラデルフィアのシンガー・ソングライターで、最近意気投合して一緒にやることになったんだ。もう80%ぐらい完成している。あと数ヶ月かけて完成させて、2025年には発表するつもりだ。自分と異なった音楽をやっている人とコラボレートすることは楽しいし、さまざまなことを学べる。どんな新しいものが生まれるか、自分でも予測不能だ。自分の音楽を見つめ直して、新しいアプローチの仕方を発見することが出来る。とても価値があることだよ。“スリル・ジョッキー”や“デイメア・レコーディングス”のようなレーベルと一緒にやるのが楽しいのも、さまざまな音楽性、いろんなアイディアの作品をリリースしているからだ。自分の安全圏から逸脱することが、アーティストとして前進するための刺激になるんだよ。
●『ザ・ヒーラー』を2024年6月に発表した後の予定を教えて下さい。
スーマックとしては6月に西海岸、8月にテキサスなど南西部をツアーする。どちらも2週間ぐらいのツアーだよ。その後はまだ日程が確定していないけど、年内に南東部と東海岸をツアーしたい。その合間にムーア・マザーとのアルバムのミックスやアートワークを完成させる。俺自身はサークルやファラオ・オーヴァーロードのメンバーとのプロジェクトでも何かやるし、友人のダニエル・メンチェとレコーディングした音源をミックスする予定だ。その他にもいくつか話し合っているプロジェクトがあるけど、話せるのはそのあたりかな。
●ご多忙だと思いますが、ぜひまた日本でもライヴをやって下さい!
うん、既にその話はしていて、ぜひ2025年には実現させたいね。すぐに飛んでいく準備は出来ているよ。
●アイシスは最高傑作のひとつ『ウェイヴァリング・レイディアント』(2009)を発表して、翌2010年3月に行われたバロネスとの日本公演も大成功に終わらせて、いよいよ天下を取る!...というところで突然の解散宣言でファンを落胆させました。現在のスーマックも『ザ・ヒーラー』という凄いアルバムを創り出して、精神・肉体的に充実した状態でツアーに赴くところですが、順調だからこそ不安に感じてしまうのがファン心理というものです。
以前ブライアンと話していたんだ。「永遠に続くものは何もない」ってね。アイシスはその終着点を迎えたし、スーマックもいつか終わるときが来るだろう。ただ、アイシスはある日突然解散したわけではなかった。あのバンドでやれることはやった感覚があったし、クリエイティヴな面や人間関係などさまざまな要因があって、ゴールが迫っていることは判っていたんだ。だからこそ日本のステージではベストを尽くしたし、一生誇りに出来るショーになった。スーマックもいつか活動を止めるときが来る。でもそれは決して今すぐではないと思う。他の2人がどう考えているかは判らないけど、少なくとも俺はまだスーマックでやるべきことがあると信じている。いつか終わりが来るまで、俺たちの持っているすべてのエネルギーをバンドに投入し続けるよ。
【最新アルバム】
スーマック
『ザ・ヒーラー』
デイメア・レコーディングス
2024年6月19日発売
http://www.daymarerecordings.com/
【関連記事】
【インタビュー】ヘヴィ・ロック最新進化形。スーマック SUMACのニック・ヤキシンが語る
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/1612dd554458252b3bbea6259751b245220be4a9