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習近平のウクライナ戦争「和平論」の狙いは「台湾平和統一」  目立つドイツの不自然な動き

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
習近平国家主席(写真:ロイター/アフロ)

 ウクライナ戦争に対する習近平が発布した「和平論」の狙いは、来年の台湾総統選で親中の国民党を勝たせ、自分の任期中に台湾平和統一を達成することだ。各国の反応は予想通りだが、ドイツのショルツ首相の不自然さが際立っている。背景には何が?

◆ウクライナ戦争に対する「中国の立場」を示した「和平論」

 2月24日に中国は「ウクライナ危機の政治的解決に関する中国の立場」を発表した。2月23日のコラム<プーチンと会った中国外交トップ王毅 こんなビビった顔は見たことがない>で予測した通り、これは「ロシアを重んじた中国の立場」の表明になっている。それでも一応、十二項目全て概観すると以下のようになる。( )内は筆者注。

 一、すべての国の主権を尊重する。

 二、冷戦精神を放棄する。(アメリカに対する抗議。)

 三、戦火を煽らず戦争を停止させる。(アメリカに対する抗議。)

 四、和平交渉を開始させる。

 五、人道的危機を解決する。

 六、民間人と捕虜の保護。

 七、原子力発電所の安全を維持すること。

 八、戦略的リスクの軽減。核兵器の使用を許さず、化学兵器および生物兵器の開発と使用にも反対する。(『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』のp.246【BRICS共同声明でプーチンの核使用を束縛した習近平】。)

 九、穀物の輸出を確保する。

 十、一方的な制裁を停止する。 関係国は、他国に対する一方的な制裁や「ロングアーム管轄権」(アメリカがアジアに長い腕を伸ばすことなど)の濫用をやめ、ウクライナ危機を薄める役割を果たせ。

 十一、産業チェーンとサプライチェーンの安定性を確保する。世界経済の政治化・道具化・武器化に反対する。(アメリカに対する抗議。)

 十二、戦後の復興を促進する。中国はこの点に関して支援を提供し、建設的な役割を果たす用意がある。(『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』p.39、昨年3月中旬に既に約束。)

 これら「十二項目」の中から浮かび上がってくるのは「アメリカへの抗議」だ。

◆バイデン大統領とゼレンスキー大統領の反応

 案の定、アメリカのバイデン大統領は「プーチンが拍手喝采するような案に、いかなる価値があるのか?」とした上で、「ロシア以外の誰かに役に立つことでもあるのかい?」とか「そもそも、中国が口出しするなどというのは、まったく不合理な話だ」と吐き捨てた。

 かたや、ウクライナのゼレンスキー大統領はやや前向きで、「中国がウクライナの平和に関心を持ち出したのは悪いことではない」、「領土保全を尊重すると言っているのも悪いことではない」と一定の評価はしたが、しかし「ロシアが完全に撤退することを盛り込んでないのでは話にならない」旨の発言もしている。

 しかし、「中国とウクライナ両国にとって非常に重要なので、習近平国家主席と会談する予定だ」と語り、さらに「中国がロシアに武器提供をしていないことを信じたい」とも述べている。アメリカのブリンケン国務長官がミュンヘン会議で「中国がロシアに武器提供を検討している兆しがある」とほのめかしたのに対し、ゼレンスキーは「今のところ、その兆しはない」と否定さえしている。

 中国とウクライナの間には、ウクライナという国家が誕生した瞬間から緊密な関係があるので、アメリカが崩そうとしても、ここはなかなか崩れない。

◆不可解なのは「バイデンになびく」ドイツ・ショルツ首相の言動

 最も不可解なのは、ドイツのショルツ首相の発言だ。

 ショルツは中国の「和平論」が発表される前日の2月23日、「中国はロシアに敵対的な姿勢を取ったことがないので、中国の和平論に幻想を抱くべきではない」とわざわざ言っている。

 2月22日のコラム<ブリンケンの「中国がロシアに武器提供」発言は、中国の和平案にゼレンスキーが乗らないようにするため>に掲載した一覧表をご覧いただければ一目瞭然だが、アメリカは常にウクライナ戦争が「停戦」に向かおうとすると「中国がロシアに武器を提供しようとしている」という噂を流すことによって「停戦を妨害する」傾向にある。ところが、この停戦妨害のためのアメリカの手段に、なんと、ドイツの大手紙「デル・シュピーゲル」が乗った。そこには「ロシアが中国企業とドローン100機の購入を巡って協議しているらしい。4月の納入を検討しているようだ」という「予測形」の報道が載っている。

 アメリカ以外では、ドイツだけだ!

 それに日本は飛びついた。

 しかし、冷静に考えてみてほしい。

 ショルツは2022年11月4日に大企業12社のドイツ企業団を引き連れて北京を訪問し、習近平に会い、中独の経済協力を、どのEU諸国よりも先駆けて誓っている。これがあったからこそ、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』の【第七章 習近平外交とロシア・リスク】の図表7-5(p.266)に書いたような、11月14日から19日にかけて、G20とAPECにおける「習近平への朝貢外交ラッシュ」が実現したのだ。

 挙句の果てに、12月1日にはEUのミシェル大統領が北京を訪れ、習近平と会い、「もし中国がウクライナ戦争の停戦に向かって努力するなら、中欧投資協定の交渉復活も夢ではない」趣旨のことを言っている。

 これら一連の動きの端緒を切ったのはショルツだった。

 そのショルツがなぜ?

 そしてなぜドイツ紙だけが率先してブリンケンの言い分の後追いをしているのか?

◆ショルツがなぜバイデンにおもねるかが見えてきた

 EUの中でも、ドイツは群を抜いて中国と仲が良い。

 それは1980年代に中国が一般乗用車を何としても中国で製造したいと世界各国に技術協力を求めていた時に、唯一、温かい手を差し伸べたのはドイツのフォルクス・ワーゲンだったからだ。そのときトヨタは東南アジアなどに興味を持っていて、中国の要望に応えなかった。

 そのためフォルクス・ワーゲンと提携して「大衆」という車が中国で製造され、爆発的に売れた。江沢民の時代に入ると愛国主義教育が始まり、激しい反日感情が若者に植え付けられるようになったが、それを支えた一つがドイツと日本の戦後処理の違いだった。ドイツはあんなに戦争犯罪を反省しているのに、日本は反省してないとして何度も日本に謝罪を求める運動が展開された。

 それくらいドイツと中国は蜜月関係にあり、EUが中国に対して好意的だったのも、ドイツのお陰だ。

 そのドイツがいきなり中国に牙をむき始めた背景には、実は思いもかけない「ショルツの苦悩」があるのを発見した。

 まず、2月23日のショルツへのインタビューで、「ショルツが本音を語る」ような場面がある。そこにはScholz sagt auch dieses Mal nicht den Satz: "Die Ukraine muss gewinnen."(ショルツは今回も「ウクライナは勝たなければならない」とは言わなかった)と書いてあるではないか。

 これがショルツの本音であることは、これまでも何度か見聞きしている。

 ますます「何かある」という疑念が強まり、さらに調べたところ、もともとは中国共産党の老党員などが見る内部資料的な役割を果たしていた「参考消息」に<ドイツの社会民主党はベルリン地方選挙で壊滅的な敗北を喫した>という記事があるのを見つけた。中国共産党にとって「意味のある情報」なので、「参考消息」で取り上げている。

 「参考消息」はショルツが党首を務める社会民主党がベルリンの地方選挙でわずか18.4%しか獲得できず、これは第二次世界大戦の終結以来最悪の記録だと強調している。かたや元ドイツ首相のメルケルが率いるキリスト教民主同盟は28.2%でリードしているとのこと。

 こうなると、支持率も落ちているショルツは、他の何かで支持率を高めるしかない。

 一方、2月22日の「観察網」には<ウクライナ紛争において、ドイツはなぜ常に躊躇し、受動的だったのか>という論説が出ていて、そこには概ね以下のようなことが書いてある。

 ――ウクライナ戦争を受けて、それまでEUを牽引してきたドイツなどが後退し、代わりにポーランドやバルト三国などが前面に出て、EUで主導権を握っていたドイツやフランスを脅かすようになった。その結果、支持率が落ちているドイツのショルツは、アメリカを頼って浮上する以外にないところに追い込まれた。(概略引用ここまで)

 これでようやく見えてきた!

 なるほど、だからショルツが最近、バイデンにおもねるような言動ばかりするようになったわけだ。中国は自国の利害に直結するので、こういう情報をくまなく取り上げるのに長(た)けている。

◆習近平の「和平論」は、台湾の総統選と平和統一への布石

 2月21日のコラム<習近平がウクライナ戦争停戦「和平案」に向けて動き始めた――そうはさせまいとウクライナ入りしたバイデン>の最後のパラグラフ【◆習近平の狙いは、ただ一つ】に書き、また2月20日公開の週刊「エコノミスト」オンラインで<習主席は台湾の“和平統一”のために停戦調停へ乗り出すか>でも書いたように、習近平の狙いはただ一つ、「台湾の平和統一」なのである。

 自分の在任中に台湾統一を果たしたい。

 武力統一などを試みたら、中国共産党の一党支配体制が崩壊するので、何としても「平和統一」に持っていきたい。

 それが習近平の悲願だ。

 そのためには来年1月の「中華民国」台湾総統選で親中の国民党に勝利してもらわないと困る。だから無党派層を習近平側に引き寄せ、「中国は平和を望んでいる」という印象を抱かせなければならない。すべては、この悲願達成のために進められていることを日本人は見逃さない方がいいだろう。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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