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中国珠海車暴走事件の容疑者は金持ちか なぜ動機は離婚財産分与への不満と分かったのか

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
暴走事件のあった珠海市スポーツセンターの隣には裁判所(人民法院)(筆者作成)

 11月11日夜、広東省珠海市で多数の死傷者を出した暴走車の容疑者が、自殺を図って意識不明なのに、なぜ動機が離婚財産分与への不満と分かったかというと、スマホの中に全ての情報が入っているからだ。事件現場の真横には、離婚後の財産分与訴訟に関して争っている裁判所がある。

 日本では中国経済の状況が悪く、貧者が「社会への報復」をしているとして「一党支配体制への不満の爆発」につながるという視点からの情報が溢れている。しかしそれはあくまでも「日本人の願望」であって、「社会不満があるため」と書けば、一部の日本人のうっ憤は晴らせても日本国民の経済状態が良くなるわけではない。先験的な「願望」を持たずに、客観的に事件の真相に迫る姿勢を持つべきだ。

 ちなみに容疑者が運転していた車は日本円で400万円ほどする高級車で、まず言えるのは、容疑者は金持ちではないかということである。一説には、この容疑者は億万長者でギャンブル好きとも言われている。ギャンブルに負けて莫大な借金を背負い、妻に迷惑をかけたくないために離婚をし資産を全て妻にあげるとしたものの、その妻が気持ちの上で男を捨てたため、妻に与えるとした資産を取り戻そうと裁判を起こした。しかし男の要求を認めないという判決が出たので激怒し、再審を申し立てていた。まだ審議中であったが、心が切れてしまったのだろうか。その裁判所の隣にあるスポーツ公園にいきなり突っ込んでいったとも言われている。

 男女間の感情の問題なので、まだ真相は不明なものの、この手の私怨からの破れかぶれ行動は、規模の差こそあれ、中国では昔からよく見られる光景だ。今回規模が大きすぎたのは、少なくとも容疑者が金持ちであるため、馬力の大きい車を所持していたことが最大の原因ではないかと思われる。

◆警察の第一報通報

 珠海市公安局は事件発生の翌朝11月12日に、図表1にあるような第一報の通報を出した。

図表1:事件に関する公安局側の第一報通報

中国のネットにある珠海市公安局情報に筆者が赤枠内の和訳を加筆
中国のネットにある珠海市公安局情報に筆者が赤枠内の和訳を加筆

 まず、この第一報通報全体の日本語訳を示そう。

警察情報通報

 2024年11月11日19時48分頃、珠海スポーツセンターで犯罪容疑者が運動中の市民に車で突っ込み大規模な凶悪事件が発生し、救助に駆け付けたものの35人が死亡し、43人が負傷し治療中(現時点で命に別条はない)。公安機関は人民警察を組織して現場に急行させ、樊(ファン)某容疑者(男性、62歳、離婚)をその場で取り押さえ、負傷者の治療に全力と尽くしている。

 事件当日、樊容疑者は小型オフロード車を運転して市立スポーツセンターに強行突進し、スポーツセンター内の道路で運動していた市民らに衝突し、逃走しようとした際に駆けつけた公安警察が現場で取り押さえた。人民警察は樊某が車の中で持参していたナイフを用いて自害を図っているのを発見し、すぐさま病院に搬送した。樊某自ら首などを切って重傷を負い、意識不明に陥っているため、現在も救命中で、暫時、公安機関の取り調べを受けることができる状態にない。

 捜査の結果、樊某と元妻は最近、離婚後の財産分与をめぐる争いで、基層人民法院と市の中級人民法院に民事訴訟を起こした。樊某は判決を不服として再審を申し立てていた。現在、この事件は再審審理中である。

 包括的な現場調査、ビデオ監視、証人証言および電子情報証拠を経て、公安当局の初動捜査では、この事件は離婚後の財産分与の結果に対する樊某の不満が引き金となったものと暫定的に判断している。

 現在、公安機関は危険な手段で公共の安全を危険にさらしたとして捜査を開始し、法律に従って樊某を刑事拘留することとしている。事件の捜査と負傷者の治療等の善後処理は進行中である。

                          珠海市公安局

                          2024 年 11 月 12 日

 図表1で赤線で囲んだ部分(上記日本語訳で太字で示した部分)は、裁判の内容に踏み込み過ぎたためか、公安局側がすぐさま削除し、第二報として図表2のような通報を発布しなおした。

図表2:事件に関する公安局側の第二報通報

出典:中国のネットにある珠海市公安局情報
出典:中国のネットにある珠海市公安局情報

◆なぜ離婚後の財産分与に関する判決結果への不満だと分かったのか?

 中国ではほとんどの人がスマホを持っており、すべての情報はスマホの中に入っている。身分証明書の携帯義務はないが、運転免許証も身分証明書も「財布」も全てスマホの中に入っているので、スマホを携帯していない人は(よほどの田舎でない限り)いない。都市では、現金を持って買い物する人や紙ベースの免許証や身分証明書を持参している人は、むしろ稀だ。

 また、たとえばAlipayやWechatなどの一般生活に必要不可欠なアプリが数多くあり、そのアプリ使用のために身分証番号や顔認証なども必要となるので、スマホを見さえすれば、すべてわかるのである。

 中国では身分証番号に個人情報の全てが紐づけられており、警察側は詳細な情報を瞬時に入手することができる仕組みになっている。

 それ以外にもスマホの交信メッセージの中には多くの情報が詰まっているだろうから、離婚後の財産分与に関する判決に容疑者が不満を持っていることなどの情報は容易に入手できたにちがいない。しかも、その裁判所が犯行現場の目の前にあるので、裁判所に聞けば審理状況なども詳細にわかるはずだ。

 再審を審理している中級人民法院(裁判所)の位置を、犯行現場との相対的位置関係を認識していただくために図表3に示す。車が暴走したエリアは、たとえばシンガポールの「聯合早報」などにある事件現場地図を参考にした。

図表3:裁判所と犯行現場との相対的位置関係

グーグルマップを基に筆者作成
グーグルマップを基に筆者作成

 日本のネットでは、「容疑者が意識不明なのに、なぜ離婚後の財産分与が原因だなどと分かるのか」などという発言もあり、また「当局のでっち上げだ」という種類のコメントなどもあるが、こういった、れっきとした証拠があることを客観的に見た方がいいだろう。

◆なぜ金持ちだと言えるのか?

 中国のネットでは、関係者の言葉などから「容疑者は億万長者だ」などという情報さえ飛び交っているが、その信憑性は確認できないものの、少なくとも容疑者が乗っていた車が、北京自動車のBJ40オフロードSUVだということから、相当の金持ちだったということは言えるだろう。

 この車の価格はおよそ20万人民元(約400万円)のようなので、一般の日本人が持っている車の値段から考えても高額の部類だ。中国だと、よほどの金持ちでないと買えない。
 BJ40オフロードSUVは、野山を越えることのできる強力な馬力を持っていることで知られており、そのことがスポーツ公園で散策をしている多くの人をひき殺すという凄惨な結果を招いた原因の一つと考えることができる。

 ということは「金持ちであったために、これだけ多くの死傷者を出した」という結論につながっていきはするが、日本のメディアが何としても持っていきたい「中国の経済状況が悪いので、虐げられた貧乏な人たちの、習近平一党支配体制に対する不満が爆発しつつある」といった趣旨の憶測には結びつかない。

◆ギャンブルにのめり込んでいる富豪の特徴か

 なぜ、ここまで衝動的で無鉄砲なことができるのかに関しては、一概には言えないが、ギャンブルに打ち込んでいる富豪の特徴としては、強気で傲慢で勝ち気で、かつ短気という側面が考えられる。ギャンブルは「イチかバチか」の勝負の世界。金持ちで強気、かつ勝負師として短気という性格は十分に考えられるだろう。

 ギャンブルで負けて莫大な借金を背負ったが、富豪としてのプライドもあり、「男として妻を守る」というカッコいいところを見せようとして資産を全て妻にあげた上、妻に迷惑が掛からないよう、離婚までしてあげた。だというのに、妻が気持ちの上で夫を見捨て、何かしら蔑むようなことを言ったのではないかということが考えられる。

 そうでないと、自分で妻に全財産をあげて、自分は裸一貫で莫大な借金だけ背負うという形の離婚はしないだろう。この辺は男女間のことなので、さまざまなケースがあり、何とも言えないが、中国語には「浄身出戸」という言葉があり、離婚するときに潔く、「金は要らねえよ!お前にくれてやるわ!」と言える男がカッコいいとされている。

 そうでなくとも改革開放後は、「男は家と車がなければ結婚できない」とか、結婚するときに家の名義をどうするかとか、結婚するときに男性が女性にどれだけの「彩礼(結納金)」を払ったとか、ともかく「金と家」に関するもめ事が絶えない。

 潔く「浄身出戸」を豪語して、カッコいいところを見せたのに、それを取り返そうと訴訟を起こすこと自体、もう「男としては終わり」というような気持ちに、この容疑者はなっていただろう。おまけにそれを否定する判決が出た。

 情報はまだ不十分なので、確かなことは言えないが、自殺するために、「私怨による破れかぶれな行動をした」というのが実情なのではないかと推測するのである。

 なお拙著『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』では、靖国神社落書きや深圳日本人男児殺害事件などの原因を、「中国の社会不安が招いたもの」と単純に一括して論じる日本のメディアや学者の危うさを指摘した。必ずそこには何かあるはずだという、一歩引きさがった信念のもとに追跡した結果、日本の官公庁のデータ作成を中国人がやっている事実に行きついた。真相を追跡するのは大変だが、安易に日本人に喜ばれるひとことで片づけてしまわない方がいいのではないかと思う次第だ。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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