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札幌市はオリンピックを招致すべきか

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
札幌市で展開される五輪招致活動(写真:森田直樹/アフロスポーツ)

雪や氷と向き合い、付き合い、楽しみながら、今や200万人都市(8月1日現在197万1463人)へと発展を遂げた北海道・札幌市。世界でも類を見ない、年間500センチ以上の豪雪と共存する“奇跡の大都市”が五輪招致という命題に揺れている。

札幌市は今夏、2030年冬季オリンピック・パラリンピックの招致を目指し、理解度促進を図るための取り組みを推し進め、多くのイベントを開催している。

招致活動には民意が反映されなければならない。市民は広義の“ステークホルダー”。だからこそ、札幌市はオリンピックそのものについて市民に今ひとたび考えてほしいと呼びかけている。

札幌は五輪招致をするべきか――。

■東京2020オリパラの不祥事を受け、札幌市は「大会運営見直し案」を発表

五輪不信の最大の要因が「東京2020オリンピック・パラリンピック」の不祥事であることは明白だ。東京オリパラから1年がたった昨年夏から昨冬にかけて起きた、大会組織委員会幹部や、大会運営局、広告代理店の幹部の相次ぐ逮捕という異常事態は、日本のスポーツ界に激震をもたらした。

日本はこれまで夏季と冬季を合わせて4度の五輪を開催している。1964年東京五輪、1972年札幌五輪、1998年長野五輪、2021年東京五輪(東京2020オリパラ)だ。中でも1964年大会は日本史におけるトピックスのひとつに挙げられるほど多大な影響を各方面に与えた。

東京2020オリパラの不祥事の背景に、“1964年大会時の国全体の成功体験を、今度は我が懐へ”という思惑があったことは想像に難くない。利権者たちのその態度に嫌悪感が向けられるのは当然であり、たとえノウハウを有するとしても信用して任せるわけにいかないと考えるのも自然だ。

これらを受けて、札幌市は7月に「大会運営見直し案 中間報告」を発表した。東京五輪で起きた不祥事を検証し、再発させないための指針をまとめた形で、

・役員の選考基準や選考過程の透明化と一部公募

・民間企業からの出向者を関係部署の長に配置しない

・スポンサー選定の透明化

・受託契約の適切な切り分けと競争入札

・外部委員会の設置による組織委員会の監視・監査

などを打ち出している。

もっとも、これらはすべて実行されて初めて意味を成すことである。札幌市は責任を持って指針を遵守していかねばならない。

2013年8月、大倉山でのサマージャンプ大会。当時19歳の伊藤有希(中央)や16歳の髙梨沙羅(左)の目が輝いている
2013年8月、大倉山でのサマージャンプ大会。当時19歳の伊藤有希(中央)や16歳の髙梨沙羅(左)の目が輝いている写真:築田純/アフロスポーツ

■子どもたちに残せることを生み出せるオリパラ

札幌市が1972年に続く2度目の五輪招致を検討し始めたのは2013年のことだった。その時に掲げられたのは「札幌らしい持続可能なオリンピック・パラリンピック」という大会ビジョン。1972年には実施されなかったパラリンピックが加わったことが、最初の開催時との大きな違いだ。

東京2020オリパラでは組織委員会の不祥事が酷すぎたが、オリンピアンやパラリンピアンの活躍は人々の胸を打ち、とりわけパラリンピックは「心のバリアフリー」という新たな気づきを多くの人々にもたらした。

1972年から約50年がたち、札幌市の人口は1972年の約100万人からちょうど倍増の約200万人。近年は世界の潮流とも相まって社会が多様化しており、“すべての人々”が暮らしやすい共生社会の実現を、そこに住む人々が自ら意図して目指していく世の中にする必要がある。これは大都市に課せられた責務でもある。

そういった中、2度目の五輪開催によって札幌市が共生社会の未来図を切り拓いて行くリーダーとなっていければ、それは子どもたちにも胸を張って残せる功績となるのは間違いない。

気候変動への不安もますます拡大している。2022年に策定した大会概要案の更新版では、3つある大会コンセプトの一番目に「天然雪を守り、北海道・札幌から、世界に誇れる大会に」という文言が掲載された。

天然雪を守るための方法論には専門知識が必要だが、人々が共通の課題として持つことによって機運は高まり、後世に残せる解決方法につながるかもしれない。

雪や氷には、住んでいる人々が気づかない魅力もある。特にここ10年で一気に経済力を高めたASEAN諸国の人々にとっては憧れの世界。観光業の観点で将来性を期待できる。

また、市民の間では昨今、カーリングやフィギュアスケートの人気が高まっている半面、施設の絶対数が不足しており、不満は小さくないとも聞く。子どもたちの健康やスポーツで成せる夢を育むことに対して五輪が果たす役割にも、むろん大きな価値がある。

カーリング人気は札幌市民の間で高まっている
カーリング人気は札幌市民の間で高まっている写真:ロイター/アフロ

■「税金を除雪や子育て支援に」という声

一方で、札幌市では近年、大雪に見舞われて道路状況が悪化し、市民生活に影響を及ぼすこともあるため、除雪に関することや子育て支援に予算を使って欲しいという声が大きいとも聞く。

それに対し札幌市は、五輪の大会運営費に

「税金は投入しない計画とする」

「収入に見合った効率的な大会運営に努める」

とうたい、2200億円~2400億円と見積もっている大会運営費はスポンサー収入やチケット収入などでまかなうとしている。

また、施設整備についても札幌市の実質負担額は490億円で、向こう30年間で支払うと仮定した場合、札幌市民一人当たりの年間負担額は約900円とはじき出している。しかし、その説明は市民の耳に十分に届いていない。

歴史的な円安に象徴されるように日本は国力が低下しており、その象徴が“上がらない収入”。2022年の日本の平均年収は世界の年収ランキング20番台で、徐々に下がっている。

ハード面の整備には海外業者からの確実な送金や資材調達に加えてマンパワーも不可欠。準備の遅れは2025年大阪万博や2026年名古屋アジア大会でも顕在化しており、計画通りに整備が進まない時に出費がかさむことは避けられない。

今の日本の国力でそのリスクを負うことができるのか?

この問いに対する明確な答えが見当たらない以上は、明らかに不安材料だ。

冬の札幌市の市街地
冬の札幌市の市街地写真:アフロ

■開催地は2024年7月までに決定 年内に絞り込みも

札幌市が2030年の冬季大会の国内候補地と決まったのは2020年1月だった。ところが、その直後から始まったコロナ禍によって招致活動を十分に行えなかったうえに、コロナ禍が落ち着きを見せ始めたタイミングで東京2020オリパラの数々の不祥事が発覚した。

国際オリンピック委員会(IOC)は2030年冬季五輪開催地を2024年7月のIOC総会までに決めると言及し、年内にも候補地の絞り込みが行われる可能性も出ている。

札幌市は今のこのタイミングで、「オリンピック開催」という命題を市民と共有しながら着地点を見つけようとしている。そして、秋元克広市長は「民意を確認する」と明言している。

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筆者は北海道生まれで1972年札幌五輪は家族で見に行った。社会人になってからは1998年長野五輪から2022年北京五輪まで夏と冬を合わせて合計10大会をスポーツ新聞記者や雑誌のライターとして現地取材してきた。そして、行う者、見る者、双方の感動を目の当たりにし、肌で感じてきた。

本稿では五輪のプラス面とマイナス面の両方に触れた。札幌は五輪招致をすべきか、という命題について、もう一歩踏み込んで考えるきっかけになればと思う。

#札幌五輪

サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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