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大型補強をしたちふれASエルフェン埼玉。経験豊富な選手たちを惹きつける菅澤サッカーの魅力(2)

松原渓スポーツジャーナリスト
菅澤監督の練習に魅力を感じ、多くの選手が加入した(筆者撮影)

 今年、オフシーズンに12名もの選手を補強したちふれASエルフェン埼玉(エルフェン)。その中には代表歴のある選手や、1部での実績を持つ選手たちも多い。

大型補強をしたちふれASエルフェン埼玉。経験豊富な選手たちを惹きつける菅澤サッカーの魅力(1)

 選手たちが移籍の決断の理由として口を揃えた「練習の面白さ」や今後の展望について、菅澤大我監督にインタビューを行った。

 また新加入選手のうち、MF深澤里沙、MF大宮玲央奈、MF長野風花の3選手と、昨シーズン主将を務めたMF伊藤香菜子に話を聞いた(写真はすべて筆者撮影)。

菅澤大我監督

菅澤大我監督
菅澤大我監督

ーー今シーズン、1部のチームからの加入も含めて、12人もの選手が加入しました。菅澤監督は男子の育成に長く携わってこられましたが、エルフェンでの指導ではどのようなことを大事にしてきたのでしょうか。

菅澤監督:去年、初めて女子を指導するきっかけをもらいましたが、ドタバタで、何の準備もできない中でのスタートでした。ただ、自分がやりたいサッカーははっきりしているし、女子だから、と限界値を作らないように、男子と変わりない指導を心がけてきました。今は怒り方にも厳しい時代なので言葉の選び方には気をつけていますが、「そこで選手は怒ってもらいたいのか」とか、「そうなの?」と意外に思うこともあるので難しいですね(笑)。

ーー菅澤監督の言葉が、選手たちを惹きつけてきた部分も大きいのですね。選手から話を聞くと、選手の伸びしろを見つける早さが印象的です。

菅澤監督:それはありがたいですね。昨年、2部で戦う中で、いい選手がたくさんいるな、と感じました。ちょっと教えたらこうなるだろうな、とか、獲得したいと思った選手もいます。初めて女子を指導していますが、素直で吸収力がある子が多いと感じます。だから、指導のしがいがあります。それが選手にとっては新鮮なのかもしれませんね。

選手たちは真面目で、頑張るんだけれど、「そこでそんなに頑張るの?」と言いたくなる時がある。純粋さはいいところですが、そこで楽しさの幅を自ら無くしている気がしていて。サッカーは勝利とか得点とか結果だけじゃなくて、内容のところで楽しめるタイミングがいっぱいあっていいと思うし、そうでないともたない。楽しさがないと「疲れた」とか「もう頑張れない」と心が擦り切れて、20代後半でやめてしまう選手もいるだろうなと。もちろん、楽しくても疲れる時は来るけど、楽しみの種類が増えれば、経験値のある子たちが現役で活躍できる時間がもっと長くなって、女子サッカーのレベルがさらに上がるんじゃないかと思っています。

男子はカテゴリーと年俸がいい方に行くのがプロだけれど、女子は違うじゃないですか。それなら、もっとサッカーを好きにさせてあげて、「楽しみながら勝つ」という感覚を身につけたら、やめたくなくなるだろうな、と。先を考えずに伸びていけるし、「もっと上手くなりたい」という風にシフトしていくと思うんです。お金を渡すことはできないけれど、楽しさを渡すことはできますから。

ーー的確な指摘をされた時、選手の目が輝きますね。

菅澤監督:論理的な指導者には、選手たちはついていくだろうなと。最近は男子たちも草食になってきているから、論理的に説明しないと納得して動いてくれないんです。女子の場合は、もっとそれが大切だと思うんです。論理がない人は、最初から「気持ち」って言ってしまう。もちろん、最後は気持ちが大事なんですが、最初は論理的に思考を植え付けること。そこにメンタルが一致した時に最高のものが作れるはずだと思っています。

ーー「育てる」という点では、今年入ってくる選手たちは経験もあり、元々持っているものの平均値が高い選手が多いと思いますが、そういう選手たちを補強した理由は何だったのでしょうか。

菅澤監督:昨年は、本当に最後の方は素晴らしいパフォーマンスを見せてくれて、あわよくば(入替戦権利獲得)のところまでよくいってくれたな、と思います。ただ若干、草食的なところもありました。

体が大きくて強い相手に「ヨーイドン」で勝つのは無理だと思うけれど、頭を使って戦略的にプレーをしたら全然違う勝負になることを体得していることや、その上で「ガブッと相手を打ち負かしてやる」という側面が大事で。だから、勝ってきた経験を持っている福元(美穂)だったり深澤(里沙)だったり、そういう選手が加わったらまた違う競争が生まれると思っています。そういう期待をして来てもらったんですが、まさかこんなに来てくれると思っていなかったので。当初は3、4人加われば、と思っていたら、エルフェンのサッカーの楽しさを知って沢山の選手が参画してくれることになりました。

ーー結果的に、1部から相当数の選手が加わりました。

菅澤監督:男子の指導をしていた時も、自分たちのチームが分が悪くても練習に参加した選手が来るというケースは多かったんです。僕が戦略的にやっているというわけではなかったのですが……。

ーーそこで、菅澤監督が伸びしろを見つけてしまうのですね。

菅澤監督:はい(笑)。選手も楽しいと言ってくれるので、感覚的にわかるんじゃないでしょうか。まさか長野(風花)がそう言うとは思っていなかったので驚きましたけれど。

こんなに来てくれるとは思わなかったので、来年は誰もが勝って当たり前でしょう?と言われると思います。ただ、勝って終わるのではなく、数年後に我々のサッカーが認知されて、「我々のサッカーはこうだ」と提示しながら選手たちがプレーできるようにするための時期だと思っています。そういう意味では、自分たちのサッカーを確立するために時間はかかると考えています。

ーー昨年の後半戦は負けなしでしたが、それは継続が形になった手応えだったのですか?

菅澤監督:完全にそうです。選手たちも意欲的にやってくれましたし、勇気を持ってやってくれました。

ーー菅澤監督が目指すサッカーを言葉で表現すると、どうなるのでしょうか。

菅澤監督:ボールを支配して、相手を崩す。簡単に言えばそうなります。ただ、強いチームは引いても勝てるし、蹴っても勝てる。ベレーザはどんな戦い方をしても勝てるチームだと思います。最終的に目指すのはそこですが、今の我々にそんな力はないので、守備で耐える時間をどうしのぐのか、ということも戦略的に楽しめるような、いろいろな手段を持ったチームにしていきたいですね。ボール支配というと「ポゼッション型ね」と片付けられてしまうんですが、そんな風に短絡的には考えていません。

ーー今シーズンの補強は、そのイメージにハマる選手たちなんですね。

菅澤監督:そうです。ただ、昨年は時間をかけて選手たちに僕の(サッカーの)意図を理解してもらいました。今年、1部から来た選手たちは、2部で当然レギュラーで出ることを想像するだろうけど、「そういうつもりでは獲っていない」と伝えています。今まで教わっていなかったことも含めて、1年間しっかり下積みをしてほしい、と。努力の仕方も、ただ一生懸命やるだけではなく、質の部分を追求していけば、もっとサッカーが好きになると思うので。そういう一年にしよう、という話をして入ってきてもらいました。

MF 伊藤香菜子(キャプテン)

伊藤香菜子(左/右は齋藤あかね)
伊藤香菜子(左/右は齋藤あかね)

ーー伊藤選手は昨年からこのチームでプレーしていますが、菅澤監督のトレーニングの面白さをどんなところに感じますか。

伊藤:特徴的だなと思うのは、練習の中で大我さんがよく「笑ってやってね」とか、「楽しんでね」と口にすることです。相手の逆を取る感じを楽しむこととか、それはすごく大事な要素だと思います。状況に応じて適切な比喩がすぐに出てくるのもすごいですね。

私は今、日本体育大学の大学院に通っていて、この間修論を提出したばかりなんですが、まさに大我さんのコーチングについて書かせてもらったんです。その中で、逆を取る面白さのように感覚的な部分を大切にしながらも、「自分たちのやり方はこうだからここに立つ」、というシステム的なところを練習の中で示すこと、その2つの価値を組み合わせてやっているんだな、と。ただ「笑ってやろう」と言っているわけではないし、かといって戦術で縛っているわけでもない。1年間やってみて、そこがすごいなと思いました。若い選手を見ていて、これほど伸びたり、こんな風に選手は変わっていくんだ、というプロセスを見られて勉強になりましたね。

ーー昨シーズン、前半戦と後半戦で一番変化したと感じたのはどんなところですか?

伊藤:開幕当初はどうしても頭でっかちになりがちだったのですが、後半戦は実際のゲームの中で動きに反映できるようになったことが大きいと思います。

戦術とか、自分たちのプレーモデルをはっきり示されるので、今までそんなことを言われたことがない選手は余計に頭でっかちになってしまった部分があると思うんです。戦術の意味を履き違えてしまう、というか。ただ、監督は、戦術は言葉通り「勝つための術でしょう?」と。サッカーは状況に即したプレーが大切で、そのことがちょっとずつ浸透して、表現できるようになったんだと思います。

ーー伊藤選手自身は、昨シーズン、何が一番伸びたと感じますか。

伊藤:自分というよりは、周りの変化を実感することの方が多かったですね。去年、ずっと4-1-4-1のアンカーだったんです。やったことがないポジションで、試行錯誤しながら「これで良いんですか?」と聞きながらプレーしていたので、迷うことも多い1年間でしたね。

今年は、チームが変化していく過程を見てもらえたら面白いと思います。去年も、開幕戦を見たら、エルフェン何やってるの?何がしたいの?だったと思いますけれど(苦笑)。夏以降に勝てるようになって、後期は負けなしでしたから。

MF 深澤里沙(ジェフユナイテッド市原・千葉レディースから加入)

深澤里沙
深澤里沙

ーー今回、移籍を決めた理由は何だったんですか。

深澤:(菅澤)大我さんにはジェフ時代に、いろいろなサッカーの話をしていただいて。他の監督にはないサッカーの面白さを感じていました。(練習は)頭を使うし、菅澤監督のような教え方は初めてだったんです。だから本当に新鮮で、練習のたびに考えさせられるんです。立ち位置とか、これまで無意識にやっていたことを細かく教えてもらっています。

ーー練習の中で、特に面白いと思うポイントを教えてください。

深澤:共通意識の持たせ方ですね。映像を使ったり、言葉で「こういう時はここに立つ」、「誰がここに入る」、「だからここに出る」、という感じで、順を追って分かるように教えてくれるんです。1年やっている選手と新加入選手では理解の深さも速度も違うので、難しさもありますね。でも、自分はチャレンジをしにここにきたから、できないことをできるようになるために何をするかが大切です。失敗しても成功しても、「サッカーを楽しむ」ということが大きな目標の一つです。

ーーチャレンジの成果として、結果についてはどう考えていますか?

深澤:もちろん、どれだけいいサッカーをしても結果がついてこなければ見てもらえないし、負けて楽しい試合はないので、結果を出すのが責任だと思っています。

ーー千葉では最年長選手として、背中で見せてきた部分もありました。エルフェンには年上の選手も多いですね。

深澤:それも魅力でした。ジェフではここ数年、自分が一番年上だったので、年上の人とプレーできる機会や、ピッチの中で教わる機会も少なかった。大我さんが声をかけてくれたのと、(伊藤)香菜子ちゃんとかガンさん(荒川恵理子)がいるというのは、大きかったです。でも、新加入選手がこんなに入ってくると思わなかったですし、誰が入ってくるかも知らずに来たので、試合に出られるか分からないですね。ただ、やることは今までと変わらないですし、その中でチャレンジしながら、いい方向にチームを導けたらなと思います。

MF 大宮玲央奈(AC長野パルセイロ・レディースから加入)

※今年、現役を引退し、フロントスタッフに就任した矢島由希さんも取材に同席。

大宮玲央奈(右/左は高野紗希)
大宮玲央奈(右/左は高野紗希)

ーー今回、移籍を決断した経緯を教えてもらえますか。

大宮:最初は、「このチームに入りたい」ということではなくて、「とりあえず、遊びにきたら?」と軽い感じで言ってもらったことがきっかけです。それで、実際に参加してみたら、衝撃を受けました。最初は海外に行きたいと思ってその方向で動いていたのですが、このチームでプレーしたいと思いました。

ーー菅澤監督の言葉で、特に印象的だったのはどんなことでしたか?

大宮:私は体が小さい分、パワーで相手に劣ることが多いのですが、大我さんは、「体が小さくても、ポジショニングとか細かいところを突き詰めていけば、やれるんだぞ」と。長野はパワーを重視するチームだったので、そこで葛藤があった分、大我さんが「小さくても生きる道はある」と、頭を使うことを示してくれたのは大きかったです。あと、練習中によく「笑って、楽しんでサッカーをやれ」と言われることですね。

ーー練習環境やクラブハウスなど、環境の良さも魅力だったのでしょうか。

大宮:芝の違いなどに関しては、そこまで重点は置いていなかったのですが、練習が終わった後にご飯が出るところは魅力だなと思いました。(カフェで)みんなで映像を見て、話し合いながらご飯を食べるんです。(練習が終わって)来た人から席に座っていって、グループごとに分かれることもなく、全員で賑やかに話せるのはすごくいいな、と思いました。

ーー矢島さんは昨年、長野からエルフェンに復帰しましたが、このクラブの魅力はどんなところだと思いますか。

矢島:相手を思いやれる選手が多くて居心地が良いですし、去年1年で全員がレベルアップしたと思えましたね。練習は夜の時間帯ですが、食事面もスタッフが栄養を摂れるように考えてくれて、休日の2部練習の合間のお昼にも、ご飯を出してくれたり。選手第一でしっかりサポートしてくれます。

ーー新しい土地に移ることについてはどうでしたか?

大宮:今まで関東のチーム(浦和レッズレディース、ノジマステラ神奈川相模原)でもプレーしてきたのですが、長野は群を抜いて地元の人たちが温かい土地だったので、本当に離れるのは寂しかったです。今でも長野の人とは連絡を取り合ったり、「オフがあったら帰るね」と連絡しています。私の出身は千葉ですが、長野の方が「帰る」という感覚ですね。でも、やっぱり私はサッカーが第一なので、そこは切り離して考えました。ヤジ(矢島さん)も言ったように、本当にサッカーに向き合える環境です。難しいことも多いと思いますが、チャレンジしたいと思いました。

ーー大宮選手が1部で培ってきた経験をここで生かせる部分もあると思いますが。

大宮:加入前に大我さんからも言われたのですが、開幕戦に出たからとか、試合に出ているから、ということではなく、自分がサッカー選手として成長できるかということと、長期的に見て、1部で安定した成績を収められるチームになるように貢献することが目標です。自分と向き合いながら、新しいことを覚えたり、プレー中にも考えることがいっぱいで大変ですが、早く頭の中を整理して、サッカー選手としての幅を広げることが目標ですね。ポジション争いは激しいと思いますが、楽しみながら頑張りたいと思います。

MF 長野風花(仁川現代製鉄レッドエンジェルズ/韓国から加入)

長野風花
長野風花

ーー今回、移籍を決めた経緯を教えてください。

長野:韓国のオフが2ヶ月ぐらいあったので、トレーナーさんの紹介で体を動かすために練習に参加させてもらったことがきっかけでした。そこでこれまでにない感覚を味わいました。

今までは、深く考えずに感覚的にプレーしていた部分がありました。でも菅澤監督の練習に参加させてもらったら、感覚ではできないことが多かったんです。それで、自分の課題が練習の中ではっきりと分かるようになって、そこから逃げてはいけないと思いました。

ーー練習に参加してから、決断までは早かったんですか。

長野:練習には3、4回参加して決めました。

ーー自分の中で、もっと成長したいと感じている課題は何だったんですか。

長野:例えば、U-20女子W杯のアメリカ戦はうまくプレーできなかったんです。相手のプレッシャーが速い時、ワンタッチでその状況を回避したいけれど、それは味方が近くにいないとできない。そこで、自分が一人で囲まれたり、プレッシャーが速いと、ボールをキープできなくて失ってしまうことがありました。私は身体能力が高い方ではないので、ボランチでやっていく上では、たとえばイニエスタのようにワンタッチで裏を取ったり、ファーストタッチで外すテクニックやボディフェイントなどが今後絶対に必要になると思いました。そのために、プレーの幅を広げたいと思っています。そこも大我さんにすごく言われているところで、チャレンジできる環境があることも決め手でした。A代表でアメリカとか、本当に強い国と戦った時に何ができるか考えた時に、今のままで終わってしまいたくないので。今年、20歳になるので、若いうちに個人戦術をもっと学びたい、という思いがすごくありました。

大我さんからは、本当に下手くそだな、と言われます(笑)。練習はきついのですが、初めてのことがたくさんあって、考えながらプレーすることがすごく楽しいです。

ーー今年、自分のチャレンジの成果として目標としていることは何ですか?

長野:個人として成長することが大きな目標ですが、それが優勝して1部昇格という結果につながるように、毎日頑張らないとダメですね。

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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