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池袋暴走の賠償で遺族に筋違いの誹謗中傷 求められる丁寧で深掘りした裁判報道

前田恒彦元特捜部主任検事
(写真:イメージマート)

 旧通産省工業技術院の元院長による池袋暴走事故の民事裁判を巡り、遺族に対する殺害予告などが相次いでいる。1億4600万円の賠償金について、高齢の受刑者に支払わせるのは不当であり、遺族を殺すといった内容だという。まったく筋違いの悪質な誹謗中傷にほかならない。

誤解を生む報道では?

 こうした心ない誹謗中傷については、片っ端から脅迫罪や名誉毀損罪、侮辱罪などで立件し、きちんと刑事責任を問うべきなのは当然のことだ。

 ただ、そもそも「元院長に支払いを命じた」といった報道が大半であり、これだと元院長「だけ」という印象を与えかねないものだった。実際には裁判では保険会社も提訴されており、判決は元院長と保険会社に支払うように命じたものだ。メディアの報じ方にも誤解を生む原因があった。

 例えば、判決が言い渡された10月27日にヤフーニュースで配信された報道のうち、もっともユーザーの目に触れる「ヤフトピ」に取り上げられた記事を挙げると、次のようなものだ。

 前者では「元院長側に」とされ、後者でも「元院長に」とされている。他社も似たりよったりであり、保険会社について明確に触れ、実際にだれが支払うのかまで報じたメディアはごく一部だった。しかも、判決で通常よりも高めの慰謝料が認定されている事実を取り上げ、その理由について深掘りしたメディアも乏しかった。

 裁判所は、元院長が道義的な謝罪すらしないまま、刑事事件で証拠が出そろってもなお過失を認めず、不合理な弁解を続けており、たとえ刑事手続で防御権が保障されているといっても、遺族の心情を逆なでする行為であって、遺族が受け入れるに足る真摯な謝罪がないという点を重視していた。

丁寧で深掘りした報道を

 さらには、遺族による提訴の経緯や、遺族が保険会社の対応にも憤っていたという事実まで報じたメディアも少なかった。遺族は賠償金めあてではなく、元院長が刑事裁判で容疑を否認し、車両の欠陥だと主張していたことから、事故の原因解明と再発防止のために、あえて民事の提訴に至っていた。

 にもかかわらず、「元院長は民事裁判を早期に終わらせるべきだ」という遺族のブログの内容が保険会社の弁護士によって意に沿わない形で訴訟に用いられたとして、遺族は傷つけられ、二次被害を受けたという。

 裁判所はこの点については違法性を帯びる行為とはいえないと判断したものの、いつだれが被害者になるかわからない交通事故において、遺族が提訴した場合、訴訟の相手方から書面などでどのような主張や対応をされるのかといった民事裁判の実態をメディアが取り上げ、社会に問題提起する意義は大きいはずだ。

 そもそも、元院長が加入していた任意保険は対人無制限のものだった。この点は、すでに刑事裁判の際にその保険で負傷した被害者5人への損害賠償が完了しているという情状事実で明らかとなっていた。今回の判決が確定したら、保険会社が賠償金を支払うことになるので、元院長の負担はない。これをメディアが知らないはずはないし、知らない記者がいたとしたら明らかな取材不足だ。

 速報や初報の性質上、情報不足については致し方ない面があるし、紙面や報道時間にも制限があることは理解できる。それでも、中途半端な裁判報道が誤解を生み、被害者や遺族に対する誹謗中傷へと駆り立てることもあり得る。こうした判決を報じる際は、実際にだれが支払うのか、なぜ提訴に至ったのかといった点についても丁寧に取り上げ、深掘りして報じるべきではないか。(了)

元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

元特捜部主任検事の被疑者ノート

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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