週末のG1にラッキーライラックを送り込む松永幹夫調教師が果たしたい様々な雪辱
ドバイで感じた世界の壁の高さ
今週末のヴィクトリアマイル(G1)にラッキーライラック(牝4歳)を出走させるのが栗東・松永幹夫調教師だ。
1967年4月10日生まれで現在52歳の同調教師。現役ジョッキー時代は『ミッキー』の愛称と甘いマスクで女性ファンも多かった。
もっとも、ファンを虜にしたのはそのルックスだけの問題ではなかった。ヘヴンリーロマンスによる秋の天皇賞制覇(2005年)やイソノルーブルでのオークス優勝(1991年)など、いずれも牝馬とのコンビでG1を6度も優勝。年間100勝を突破する成績を残した事もあり、その腕が一流だったのも、多くのファンを惹きつける要因だった。
そんなジョッキー時代の松永が「世界には強い馬がいる」と目を丸くしたのは1998年の話だった。この年のドバイワールドカップ(G1)にキョウトシチーと共に挑んだ。同馬は96年の東京大賞典の覇者で、この遠征の直前も東京大賞典を2着。当時の日本国内のダート路線ではトップクラスを形成する馬の1頭だった。
当然、期待を持って勇躍、海を越えたわけだが、結果は9頭立ての6着。勝ったシルヴァーチャームから二十数馬身も離されてしまう完敗に終わった。
結果を受けて先述した通り、半ば茫然とした松永だが、同時に負けず魂に火が点いたともとれる発言もしている。
「こういう結果になった事で、いつかここで勝ってみたいと思う気持ちが強くなりました」
雪辱なるか?! ラッキーライラック
その願いは10年以上の時を経て、少し違う形で成就される。
2010年。騎手から調教師へと立場を変えていた松永は、管理馬であるレッドディザイアを中東に送り込んだ。キョウトシチーの走ったナドアルシバ競馬場はメイダン競馬場に変わり、ドバイワールドカップはダートから当時オールウェザーの一戦へと変貌していた。
レッドディザイアがまず走ったのはドバイワールドカップの前哨戦であるアルマクトゥームチャレンジR3。当時G2だったこの一戦をレッドディザイアは見事に快勝。江戸の敵を長崎で討つというのとは少し違うが、松永は溜飲を下げた。
さて、そのレッドディザイアだが、前年の3歳時には牝馬三冠に出走。桜花賞とオークスは宿敵ブエナビスタの前にいずれも2着に敗れたが、三冠目の秋華賞では雪辱して優勝。ブエナビスタの三冠制覇を阻止した。
また、アルマクトゥームチャレンジR3制覇後は、ドバイワールドカップが11着。帰国初戦となったヴィクトリアマイル(G1)ではまたもブエナビスタと対決。ブエナビスタに次ぐ2番人気の支持を得たが残念ながら4着に敗れている。
それから9年。今年のヴィクトリアマイルが今週末に行われる。松永はここにラッキーライラックを送り込む。同馬は昨年、牝馬クラシック第一弾の桜花賞では1番人気に推されたがアーモンドアイの2着に敗れると、三冠全てでアーモンドアイの後塵を拝した。レッドディザイアのように一矢を報いる事は出来ず、宿敵の三冠制覇に華を添える結果に終わった。
それでも古馬初戦となった中山記念では後に香港でクイーンエリザベス2世カップ(G1)を勝つウインブライトにこそ敗れたものの、ステルヴィオ、スワーヴリチャード、エポカドーロやディアドラといったG1馬たちには先着する2着と好走。前走の阪神牝馬Sは道中、再三の不利もあって8着と敗れたがゴール前は僅か0秒2差のところまで差を詰めてみせた。決して実力負けとは思えない敗戦だっただけに、師の雪辱を期したい気持ちは強い事だろう。ドバイでレッドディザイアがキョウトシチーの仇を討ったように、ヴィクトリアマイルではラッキーライラックがレッドディザイアの仇を討てるだろうか……。指揮官の采配に期待したい。
(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)