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横浜・副流煙裁判の当事者家族が監督・脚本。劇映画『[窓]MADO』が描く化学物質過敏症のリアリティ

赤澤竜也作家 編集者
舞台挨拶をする大島葉子氏(左)と西村まさ彦氏 大阪・第七藝術劇場にて・筆者撮影

ある日、郊外にある団地で階上に住む住民から民事訴訟の訴状が届く。タバコの煙が原因で化学物質過敏症を発症したとして4500万円の損害賠償を求めるものだった。

訴えられた家は父母と娘の3人暮らし。父親はスモーカーであったものの、1日に2、3本吸う程度であり、喫煙場所は密閉された防音構造の部屋。残るふたりは非喫煙者である。

のちに「横浜・副流煙裁判」と呼ばれるようになったこの訴訟は2019年11月28日、横浜地方裁判所が請求棄却の判決を下す。原告は控訴したものの、2020年10月29日、東京高等裁判所は控訴を棄却した。

劇映画『[窓]MADO』は受動喫煙問題で話題となったこの事件をモデルに作られているのだが、なんと監督・脚本を務めた麻王氏は被告人の息子だというのである。

ふたつの家族が行き着いた先は?

わたしたちは客観的に物事を見ているように思っているが、はたしてそこにどのような真実が見えているのか。化学物質過敏症という極めてデリケートなテーマを軸に、ふたつの家族の複雑な視線が交錯する。
わたしたちは客観的に物事を見ているように思っているが、はたしてそこにどのような真実が見えているのか。化学物質過敏症という極めてデリケートなテーマを軸に、ふたつの家族の複雑な視線が交錯する。

訴えられたものの、裁判では相手方の請求が認められなかったわけで、いわばいわれのない因縁をつけられた被害者の家族がフィクションとしてこの事件をとらえ直した作品なのだが、意外にも物語は訴えた側の家族の視点を中心に描かれている。

裁判では原告家族より2016年8月から2019年12月までの計154日分の日記が証拠として提出されており、そこには家族の症状や通院歴、感じた煙の匂い、風向き、弁護士や近隣住民とのやり取りなどが細かく記載されていた。物語はその日記を創作の起点とすることにより、みずからの両親を訴えた側に立ちつつ、それぞれの視点から見える認識のズレを克明に活写していくのである。

化学物質過敏症に苦しむ家族には、その家族の言い分がある。間違っているかもしれないが、彼らはそれが真実だと考えている。そしてみずからの身体を苦しめるものが「見えない」だけに恐怖と怒りは増幅していく。

このようなタイプの怒りははたして原告家族だけのものなのだろうか。彼ら彼女らだけがエキセントリックなのだと他人事のように笑って見過ごすことができるのだろうか。わたしたちが日々、心に抱く憤りや不安に、同様の構図が隠されているのではないだろうか。

そんなことを考えさせられた。

社会問題としての化学物質過敏症

監督・脚本の麻王氏(右)は映像ディレクター・演出家としてCM、MV、WEBを手がける。本作は長編映画初監督作品。舩越典子氏(左)は大阪・堺市で産婦人科・アレルギー疾患内科等のクリニックを経営 筆者撮影
監督・脚本の麻王氏(右)は映像ディレクター・演出家としてCM、MV、WEBを手がける。本作は長編映画初監督作品。舩越典子氏(左)は大阪・堺市で産婦人科・アレルギー疾患内科等のクリニックを経営 筆者撮影

監督・脚本である麻王氏は化学物質過敏症が引き起こすハレーションを、みずからの家族だけの問題として扱うのではなく、ひとつの社会問題としてとらえて物語として再構成した。社会の持つ様々な問題を照射する映し鏡のようにとらえているからなのだろう。

そもそも化学物質過敏症とはいかなる「病い」なのか。

みずから化学物質過敏症の患者として苦しみ、様々な治療を試みたうえ、薬を飲みながらではあるが、復帰した経験を持つ「典子エンジェルクリニック」の舩越典子院長と麻王氏との対談に同席させてもらい、医師の立場から見た化学物質過敏症について伺った。

舩越氏は、

「化学物質過敏症は、次の6項目の特徴を持つ症状(なんらかの痛み、知覚異常、脱力、不随意運動、意識障害、不安、恐怖、動悸、腸管運動異常、皮疹など)として世界的に定義されています。6項目とは①化学物質に繰り返し曝露されると再現される。②慢性的である。③過去に経験した曝露や一般的には耐えられる曝露よりも低い曝露量によって現れる。④原因物質の除去により改善または治癒する。⑤関連性のない多種類の化学物質に対して生じる。⑥多種類の器官にわたる。です。医学的な病名ではありません。いろいろな症状の集まりをそう呼ぶに過ぎず、もともと持っている疾患を治すことが治療に繋がります」

と言う。では化学物質過敏症を引き起こす疾患とはどのようなものがあるというのだろうか。

「ひとつ目として腰椎ヘルニアや頸椎症といった神経系の疾患です。これらが元にあるがため、柔軟仕上げ剤の匂いが耐えがたいという病状が出て来てしまうことがあるのです。わたしの場合もそうでした。ふたつ目はビタミンDや亜鉛といった栄養素の欠乏症です。これは採血をすればわかりますね。3つ目として慢性上咽頭炎が挙げられます。これは耳鼻科に行って治してもらわなくてはなりません」

そして一番やっかいなのは精神疾患から来る場合だという。

「まずいわゆる発達障害のなかでの感覚過敏をお持ちの方の可能性もあります。音や味覚など人によって過敏な対象が違っており、一般人より嗅覚が鋭すぎる方もいるのです。また、統合失調症の方もおられます。幻聴幻覚などないものを感じるのが特徴で、匂いもまた同様なんですね。わたしは精神科専門医ではないので、精神科受診をお勧めするのですが、なかには受診を拒む方もおられます。また、いままで言った疾患が複合している場合もあるので、見極めが難しいんです」

映画のなかでは患者の診察をせぬまま裁判のための診断書を出す医師が出て来て、化学物質過敏症をめぐる社会の闇の存在も示唆する。

社会的孤立、閉鎖的な住環境、心の病、無責任な医療などなど、現代社会の抱える様々な問題の複合体として化学物質過敏症をとらえ直すと、その裾野は思ったよりはるかに拡がるということを、この映画が教えてくれているように感じた。

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劇映画『[窓]MADO』公式サイト

https://mado-movie.jp/

作家 編集者

大阪府出身。慶應義塾大学文学部卒業後、公益法人勤務、進学塾講師、信用金庫営業マン、飲食店経営、トラック運転手、週刊誌記者などに従事。著書としてノンフィクションに「国策不捜査『森友事件』の全貌」(文藝春秋・籠池泰典氏との共著)「銀行員だった父と偽装請負だった僕」(ダイヤモンド社)、「内川家。」(飛鳥新社)、「サッカー日本代表の少年時代」(PHP研究所・共著)、小説では「吹部!」「白球ガールズ」「まぁちんぐ! 吹部!#2」(KADOKAWA)など。編集者として山岸忍氏の「負けへんで! 東証一部上場企業社長VS地検特捜部」(文藝春秋)の企画・構成を担当。日本文藝家協会会員。

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