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ロシア制裁の焦点はエネルギーへ―石油メジャーはプーチン大統領に味方?

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
5月下旬、サンクトペテルブルクで開かれた国際経済フォーラムで講演するロシアのプーチン大統領=大統領府サイトより
5月下旬、サンクトペテルブルクで開かれた国際経済フォーラムで講演するロシアのプーチン大統領=大統領府サイトより

米財務省は4月下旬、ロシアとの軍事衝突の危機に直面している旧ソ連のウクライナをめぐる対ロシア追加制裁として、ロシア最大の国営石油大手ロスネフチのイーゴリ・セーチンCEO(最高経営責任者)を新たに経済制裁の対象リストに加え、初めてエネルギー分野での制裁に踏み切った。

セーチン氏は元副首相(エネルギー担当)で、ウラジーミル・プーチン大統領に次ぐナンバー2の権力者として知られ、プーチン政権のエネルギー戦略のカナメ的存在。ロスネフチは日量250万バレルの原油を生産する世界最大の石油会社で、年間750億ドル(約7.7兆円)もの国庫納付金を納め、ロシア政府の重要な資金源となっている。

英紙デイリー・テレグラフのアンブローズ・エバンス記者は4月28日付電子版で、「ロスネフチ自体は制裁の対象にはなっていないが、そのトップが制裁対象となるとロスネフチの事業活動は制約される」と指摘する。その理由として、同記者は、「今後、米政府が欧米やアジアの主要行が保有する、(ロスネフチの金庫番である)ロシア連邦貯蓄銀行(ズベルバンク)の社債を処分する方向に政策誘導すれば、ロスネフチは大半がドル建ての520億ドル(約5.3兆円)もの負債を借り換えるためには外国からの資金調達が不可欠となるが、制裁の影響で困難となれば、借金返済はキャッシュフローに頼らざるを得なくなり、その結果、ロスネフチの投資拡大に悪影響が及ぶ」と指摘する。

ただ、今回の追加制裁では焦点となっていた国営天然ガス大手ガスプロムのアレクセイ・ミレルCEOの制裁対象リストへの追加は見送られた。これはガスプロムから天然ガスの供給を受けているEU(欧州連合)、特にドイツが、制裁の報復として、過去に2006年と2009年に起きたロシア政府による欧州向け天然ガスの供給停止といった最悪の事態を避けたいという思惑が背景にあると言われる。「むしろ、米政府は天然ガスよりもロシアの財政収入の大半を占める原油を制裁対象とした方か効果的と判断しており、ロシア産原油の供給減はイラクやリビヤからの原油供給や米国の戦略石油備蓄(SPR)の取り崩しで対応できると見ている」(エバンス記者)という。

しかし、ロシア側は追加制裁に対する報復として、欧州向け天然ガスの供給停止をほのめかし始めた。プーチン大統領は4月29日、訪問先のベラルーシで記者団に対し、「ロシア制裁が長期化すれば、今はまだだが、今後、必要な報復措置を検討せざるを得ない。その場合、欧米企業がロシア国内のエネルギー分野など重要な産業セクターへの事業参加を見直す可能性がある」と述べている。

ガスプロムは4月29日に発表した2013年度の通期決算で、西側が対ロシア経済制裁を一段と強化すれば欧州へのロシア産天然ガスの輸出が停止する可能性があると、報復を示唆している。地元紙モスクワ・タイムズは5月2日付電子版で、「ガスプロムのミレルCEOは“経済制裁の追加措置はガスプロムの事業活動や財務状況に悪影響を与える可能性がある”と懸念を示した」と伝えた。ちなみに、ガスプロムは欧州の天然ガス需要の30%をウクライナ経由の送ガス管網で欧州各国に供給しており、2013年通期決算では、欧州などへの天然ガスの販売額は全体の57%に相当する1兆6800億ルーブル(約4.9兆円)となっている。

米国の制裁効果に疑問符

一方、米国の石油に焦点を絞った対ロシア制裁が実際に効果を発揮するかは疑わしいとの見方もある。米ニュース専門放送局MSNBCのニュースキャスター、レイチェル・マドー氏は、米紙ワシントンポストの4月25日付コラム(電子版)で、「もし、米国とEUがロシアのGDP(国内総生産)の50%超を占める石油・天然ガスセクターを制裁の対象とした場合、石油メジャーは、(これまでロシアの石油・天然ガス開発に多額の資金を投じてきただけに後戻りはできず)プーチン大統領に味方し、旧ソ連の復活というプーチン大統領の壮大な野望を実現に向かわせる可能性がある」と指摘する。

実際、ロスネフチは4月28日、エクソン・モービルとロシア領大陸棚での新たな石油資源開発プロジェクトを立ち上げることで合意。両社は共同でロシア領ラプテフ海とチュクチ海にあるウスト・レンスキとセベロ・ブランゲレフスキ-1の2鉱区で石油開発を進めるほか、カラ海のセベロ・カルスキ鉱区の探査でも協力していく。

これより先、ロスネフチのセーチンCEOは4月25日に、極東・東シベリアのバンコール鉱区などで、新たな油田開発に取り組む計画を明らかにしており、これによって2020年までに、原油生産量を年間3000万トン以上(2025年までには年間5500万トンに拡大)、また、天然ガスも年間80億立方メートル、それぞれ増産する。同社はこの東シベリアでの新規プロジェクトの開発のため、2025年までに3兆ルーブル(約8.7兆円)を投資する計画で、セーチンCEOはこのプロジェクトの生涯収入は約14兆ルーブル(約40.6兆円)に達するとしており、ロシア制裁は全く意に介せずといった風情だ。

ロシアの欧州向け天然ガスの供給停止の事態に対する安全保障策について、英国経営者協会(IOD)のインフラ政策担当シニアアドバイザー、ダン・ルイス氏は、4月9日に欧州外交評議会(ECFR)のロンドン支部で開かれた講演会(筆者も同席)で、「米国の戦略石油備蓄(SPR)の欧州版を設立し、ロシアから輸入した原油の余剰分は共同備蓄に預け、その一方で原油不足に陥った場合は備蓄を取り崩せるようにすべきだ。天然ガスに代わって安価な石炭をガス化して利用する方法もある」という。

また、同氏は、「今後、欧州は各国を結ぶ天然ガスパイプラインと送電系統をクモの巣状に張り巡らす“汎欧州インターコネクター(国際送ガス管網・送電網)”を建設する可能性がる。英国では現在、英仏海峡にまたがるユーロトンネルを通して、1ギガワット(100万キロワット)の電力を欧州大陸との間で融通するインターコネクターの建設に着手している。これは数年後に完成する見込みで、エネルギーの安全保障に寄与する」と述べている。 (了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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