11年目を迎えた代々木上原の名店 “キノコ”が店名の理由と心機一転の背景
日本にある飲食店数
日本に飲食店はどれくらいあるでしょうか。
総務省統計局が集計した2016年の経済センサスによれば、全国に453,541店があるといいます。データが古いので、現時点での実情を最もよく表している食べログで調べてみましょう。
2022年5月時点で全国に829,019店あり、東京に関しては130,127店。東京は、日本全国にある飲食店数の15パーセント以上を占めています。
これだけの飲食店があるので競争は厳しく、飲食店をオープンしてから1年後には10%~20%が廃業し、5年間存続するのは10%であるといわれているほど。10年も続く飲食店になると、わずか5%程度になります。
11年目を迎えた「シャントレル」
このような厳しい飲食業界の中で、今年11年目となったのが代々木上原の「シャントレル(Les Chanterelles)」。
2011年7月1日にオープンし、ミシュランガイドで星を獲得したこともあるフランス料理の名店です。
オーナーシェフの中田雄介氏は、渋谷「ラ・ブランシュ」で6年間修行した後、フランスに渡って3年間研鑽を積みます。2004年に帰国してからは神宮前「ラルテミス」でシェフを約7年も務めた後、満を持して独立開業しました。
そんな中田氏が大切にしているのが、日本人として東京でフランス料理をつくること。元気と喜びを伝えられる温かい料理をなるべく近くでつくりたいという想いから、迫力溢れるカウンター席が中心の店造りになっています。
新しくなったコンセプト
中田氏は昨年2021年に10年の節目を迎えるにあたって、コンセプトを新しくし、さらなる高みに挑みました。
以前から魚介料理に非常に定評があり、ウニ、ハマグリ、ホタルイカ、アイナメ、ヤリイカ、カツオといった日本の魚介類を素晴らしいフランス料理に昇華させています。
これまでは、ある料理をつくるためにこの食材を探すという考えだったのが、発想を逆転させ、この食材があるからこの料理をつくろうというように新しくなりました。
ランチもディナーもおまかせコース
ランチもディナーも、中田氏がその季節に食べてもらいたい食材を用いたおまかせコースが提供されます。
ランチコース(5~6皿 7,700円~、サ別)ディナーコース(7~8皿 11,000円、サ別)ともに、星を獲得したこともあるカウンターガストロノミーとしては非常に良心的な価格です。
では、中田氏による渾身のディナーコースの全てを紹介しましょう。
スモークサーモンのリエット キノコのクロックムッシュ
定番のアミューズです。香り高いスモークサーモンのリエットに、キノコとオリーブのクロックムッシュ。どちらともシャンパーニュの適度な酸味とクリーミーな泡にぴったりなフィンガーフードです。
茸のお茶 マカロン
スペシャリテとなるキノコのお茶は、濃密なキノコとコンソメのスープ。カップに注がられる際には、キッチンからダイニングへと魅惑的な幽香が漂います。マカロンのフィリングは自然な甘味を携えた枝豆。以前はフォアグラなど王道のマカロンでしたが、今では季節の食材を用いるようになりました。
新玉葱のムース トマトのジュレ
新タマネギのムースが有する甘味、北海道産ムラサキウニの濃厚さ、トマトのジュレの酸味が一体となっています。シンプルな調理で、タマネギとトマトのポテンシャルを引き出した佳味に。
稚鮎 ガスパッチョ
千葉県産チアユをフリットにし、ガスパッチョのグラスを添えています。チアユはカラッと揚げられ、肝の苦味が出色。ガスパッチョにはパプリカが使われておらず、トマト、オリーブオイル、塩だけのシンプルな構成です。イタリアンズッキーニとオクラ、焼きトマトといった夏野菜も添えました。イタリアンズッキーニとクミンのペーストはほんのりスパイシーで、フリットに最適。
鰹のマリネ 赤キャベツ
気仙沼のカツオをカラメリゼして香ばしく仕上げました。厚みがあるので、食べ応え満点です。赤キャベツには火が入れてあるので、甘味があってシャキシャキとした食感。塩と胡椒にバジル、ニンニクといった味付けはメリハリがあり、香菜でアジアンテイスト風に仕上がっています。
桜鱒の瞬間燻製
定番の一品で、桜チップの強い煙で燻した馥郁たるサクラマス。底には香り高いブルーチーズのロックフォールのソースに、ナスの煮浸しとキュウリ、ディル、ディジョンのマスタードと、創造的な組み合わせです。軽やかなシャブリとの相性が抜群。
車海老 セップ茸
クルマエビと夏セップ茸の軽いフリカッセ。クルマエビの頭はソースがたっぷり詰まっているので、あえて外さずに提供しています。できるだけ食材を無駄なく使おうという中田氏の試みです。厚切りのセップ茸は香りが豊か。
仔羊のロースト
フランスのシストロン仔羊。脂がのったサーロインはローストし、小さいフィレはオリエンタルスパイスと合わせています。ソースは軽快な仔羊のジュ。仔羊の繊細な食味を尊重しながらも、印象的なパンチのある味わいです。
トウモロコシ入りの発酵バターライスが途中でサーブされて、ホッと一息。2021年からパンの代わりに提供されることになった“〆のご飯”です。
チョコレートのテリーヌ
複数のデザートの中から好きなものをチョイスできます。選んだのは濃厚なベトナム産チョコレートのテリーヌと酸味のあるブルーベリーのソルベ。これまでの塩味や脂をリセットしてくれる、力強くもさっぱりとした味わいです。
紅茶 クレームブリュレ
夏のフランスをイメージした、颯爽としたウイキョウのクレームブリュレ。小さな可愛らしいココットで、最後の口福としてはちょうどいいサイズです。
ワインにもこだわり
ワインに精通しており、“飲むリエ”を自称する中田氏はワインにもこだわっています。
ハウスシャンパーニュは「ダニエル デュモン ブリュット レゼルヴェ」。レコルタン・マニピュラン=小規模自家栽培・醸造メーカーで造り出されたシャンパーニュで、ほんのりとした甘い香りとグレープフルーツの皮のようなビターさが感じられます。中田氏が紡ぎ出す、しっかりめのアミューズとの相性は抜群です。
チアユには通常、ソーヴィニヨン・ブランが合わせられますが、サンセールの「ヴァンサン・ピナール サンセール ロゼ 2017」を合わせて包容力のあるマリアージュに。カツオにシャンパーニュやシャルドネではなく、華やかなショレイ・レ・ボーヌ村の「フランソワ・ゲ・ショレイ・レ・ボーヌ 2013」をペアリングして、カツオのポテンシャルをさらに引き出しています。
プレートにフランス・リモージュのジャン・ルイ・コケやジョン・ド・クローム、肉料理のナイフにフランス・ティエールにあるペルスヴァルの9.47が用意されており、テーブルウェアも注目に値します。
11年を迎えるにあたって
11年目を迎えるにあたって、中田氏はどのような気持ちでしょうか。次のように答えます。
「オープンした頃は10年続けることがひとつの大きな目標だったので嬉しいです。あともう10年はここでやっていきたいですね」
中田氏は10年を迎えた昨年から、心機一転したといいます。
「当初はただ、お客様においしいものを気軽にお得に食べていただきたいという想いでした。ミシュランガイドで一つ星をとって、この次は二つ星をとらなければと思うようになり、大変なプレッシャーやストレスがありましたね。本来のスタイルから少し離れたこともありましたが、今ではそういった重圧からも解放されました」
コロナ禍で考える時間ができたので、「シャントレル」の方向性を見つめ直したといいます。
「昨年から色々なことを新しくしました。店内の席数を減らして、ランチとディナーそれぞれでコースを1本に絞り、ひとりひとりのお客様に向き合う時間をより増やしています」
内装も新しくし、キノコの飾りなどをなくしてすっきりとさせ、床はコンクリートからタイルに変更。全体的にシンプルかつスタイリッシュになり、料理により集中できるようになりました。
キノコを店名に
「シャントレル」はフランス語でアンズ茸を指し、フランス料理ではジロールとも呼ばれる食味の高いキノコ。
中田氏がフランス修業時代に出合った時に、見た目は地味ながらも食味が非常に素晴らしいことに驚きました。ジロールと同じように、地味でも素晴しいレストランにしたいということで、店名に命名したのです。
この想い通り、「シャントレル」はこの10年の間、食に一家言あるゲストからフレンチにあまり馴染みのない方にまで、フランス料理のおいしさや食べる喜びを伝えてきました。中田氏による「シャントレル」の次なる10年も非常に楽しみです。