人気ラーメン店での暴行事件はなぜ起こってしまったのか?
人気ラーメン店で起こった2つの事件
有名ガイドブックにも掲載されている人気ラーメン店で暴行事件が起こった。2021年9月に、人気ラーメン店の店主が女性従業員に対して断続的に10時間以上もの暴行を加え、女性は警察に被害届を提出。11月に傷害容疑で逮捕され、その後起訴され罰金刑となったという事件が「文春オンライン」によって明らかとなった。
また2021年11月には、別のラーメン店で元店長によりラーメン店経営者が提訴される騒動が起こった。経営者から蹴られたりスタンガンを自分の顔に押し当てるよう命じられたというパワハラが明らかにされ、未払いの残業代やパワハラ被害の慰謝料などを求めている。会社側の代理人弁護士は「暴力やパワハラはなかった」と否定している。
いずれの行為も雇用する店の代表者が従業員に対して行ったものであり、その内容も非人道的であり絶対に許されることではない。飲食業はただでさえ過酷な職場というイメージが持たれており、店主が弟子に対して鉄拳制裁を与えるということも過去にはあっただろう。しかし、今は時代が全く違う。それなのに起こってしまったのだ。
「昭和じゃないんですから、今はそんなことは出来ませんしあり得ません。かつては独立志望の弟子たちに厳しい態度を取る店主はいたと思いますが、今それをしたらすぐに辞められてしまいますし、場合によっては訴えられてしまいます。ただでさえ人手不足だというのに、なぜそんなことが出来るのか不思議です」(都内で経営するラーメン店主)
労働基準法に則った環境ならば問題は生じにくい
今回の事件では暴行の他に長時間労働も焦点となっている。薄利多売の飲食業ではいかに人件費を抑えるかが重要となっているのは、一つの側面として事実である。そのため、従業員に対してハードな仕事が与えられている可能性もあるが、それはあくまでも法的に許される範囲でのこと。
労働基準法では使用者は、原則として1日に8時間、1週間に40時間を超えて労働させてはいけない決まりになっている。ただし労使協定によって「時間外労働協定(通称36協定)」が決められている場合は、法定の労働時間を超える時間外労働、法定の休日における休日労働が認められるが、それらも行政官庁に届ける必要がある。
労組が無い個人店などで労基に準じない労働を強いられた場合、かつては泣き寝入りするしかなかった従業員も、今は合同労組(ユニオン)が広く知られるようになり、不当解雇や賃金の不利益変更、配転などに不満を持った従業員が、問題解決のために合同労組に加入するケースが増えている。
常識的に考えれば、従業員は法によって守られており、雇用する側が無理に働かせることは出来ない。しかしながら、超過労働分はタイムカードを押さずに申告しない「サービス残業」などのケースは散見される。予算や労働時間の目標達成へのプレッシャーなどから、従業員自らがサービス残業するケースすらあるのだ。それは遠因的に使用者側に責任があると言わざるを得ない。
ラーメン業界特有の問題ではなく個人の資質の問題
会社として複数店舗を経営している場合は、コンプライアンスに対してしっかりと向き合って運営していることがほとんどだが、個人経営のラーメン店の経営者で、組織に属したことが無かったり社会人としての経験値の少ない人の場合は、労基や福利厚生などの遵法意識を持たずに経営している場合もある。
しかし、そのような遵法意識云々以前に、今の時代は個人が情報発信出来る時代であり、誰もがスマートフォンで録音録画が出来、証拠を持つことが出来る。従業員に対して過酷な労働をさせたり暴行を加えたりすれば、SNSなどで告発、拡散されるのは自明だろう。今回の事件でも暴行の様子が録音、録画されておりインターネットで拡散された。仮に法的に無罪だったとしても、飲食店にとって最も重要である社会的信用が失われてしまう。そのことが理解出来ていないのが不思議で仕方がない。
常識的に考えれば、今回のような事件が起こることはあり得ないし、ラーメン店をはじめとする飲食業界でも、従業員に対してこのようなことをして一つもメリットがない。それでも起こってしまったのは、ラーメン業界や飲食業界の構造的な問題ではなく、加害者である個人の資質の問題としか言えない。簡単に言えば、経営者になってはいけない人がなってしまったのだ。
多くのラーメン店経営者や飲食店経営者は、遵法意識を持って従業員を雇い、日々の営業をしている。そういう真面目な経営者からすれば、今回のような事件が起こることは許せないことだ。今回の事件が飲食店特有の構造によるものだと思わないで欲しい。また、もしこの記事を読んで異論がある、すなわち過酷な労働を強いられたり、不当な暴力などを受けているという従業員がいるのならば、勇気を持って地域の合同労組に相談したり、SNSなどで告発して欲しい。これ以上、このような悲劇を繰り返してはならない。