島や山間地、“田舎の田舎”で30代の若い世代が増えている【移住2.0】
地方都市より離島や山間部で、若い世代が増えている
2012年、島根県の地区別人口推移の2010年の数字を見た藤山浩さんは目を疑った。
「何かの間違いじゃないか」。
5年前の2005年に比べて、多くの地区で4歳以下の子どもが増えている。
県内の中山間地210地区のうち、4分の1を越える57地区で増。さらに、そのエリアは島根のなかでも縁辺性の高い場所、つまり山間部や離島などの“田舎の田舎”だった。4歳以下の子どもが増えているということは、その親である30代前後の男女が増えていることでもある。中山間地域研究センターの出したデータも、そう示していた。
4年後の2014年、この傾向はさらに顕著になり(2009〜2013年の分析結果)、2017年には全国の市町村を対象にした結果も公表された。見えてきたのは、島根県で起こっている現象が全国でも始まっていること、つまり地方都市より、一部の離島や山間部で局所的に若い世代が増え始めている現実だった。
藤山さんは、1998年に島根県に設立された日本初の「中山間地域研究センター」に研究員として入り、約20年間、主に山陰の中山間地の集落を見てまわり人口動態などデータ収集を行ってきた人だ。
2017年に独立し、一般社団法人「持続可能な地域社会総合研究所」(以下、持続研)を設立。2017年8月には、島根県だけでなく前述の、全国の市町村を対象にした人口推移の分析結果を発表した。
「4歳以下の子どもや30代女性が田舎の田舎に増えているというのは、私が言っていることではなく、データが語っていることなんです」。
持続研が公表した若い世代や子どもの増えている地域の多くは、2014年の増田レポートで「消滅可能性都市」として挙げられた自治体でもある(*1)。
この傾向は他のデータからも見てとれる。2010・2015年比の人口増加率が全国2位(国勢調査)、2017年全国3位(住民基本台帳)の鹿児島県十島村(としまむら)では、2016年から1年間での増加数は78人。数字そのものは大きくないが、全人口698人の村で、78人の増加は村の持続性からみると大きい。
持続研では独自の分析プログラムによる「人口の安定化に必要な条件を満たす市町村」を「持続可能性市町村」として公表している。
田舎の田舎で子どもや30代が増えている理由
これからの日本では、人口は減り続ける。2014年の増田レポートでは、2010年に1億2806万人の日本人口は、対策を講じなければ、2100年には4959万人にまで減ると推定。896の市町村が消滅可能性の高い過疎指定市町村リストに挙げられた。
だが、持続研発表の「全国持続可能性市町村リスト」によると、2010年から2015年の間に30代女性(*2)が増加した過疎指定市町村は327で、全国過疎指定797市町村(平成28年4月時点)の41%にのぼる。
同じく過疎指定市町村のなかでも93市町村が、実質社会増となっている。(*3)
こうした現象、田舎の田舎で子どもや30代が増えている理由について藤山さんに聞いてみた。
「一つは平成の大合併の際に自立を選んだ地域が、危機感を感じて本気で対策を講じてきた成果が出始めていることがあるでしょう。すっかり有名になった隠岐の海士町(あまちょう)も10年以上前は孤軍奮闘していました。「島留学」や地域資源の掘り起こし、起業のプログラムなどさまざまな試みを続けてきた結果、今では20〜24歳と65歳以上の高齢者層を除いてほとんどすべての世代で人口が増えています。そうした地方側の努力と、もう一つは、2010年代の都会に暮らす人たちの意識の変化が大きい。ターニングポイントは3.11だと思います」
東京でも、東日本大震災の時、長くは続かなかったが買い占めにより都内のスーパーから水や米、パンなどの食品、トイレットペーパーが消えて不安な時期があった。停電にもなりインフラが止まったら自分たちにはなす術がないことを、多くの人は身をもって知ったのだ。
田舎の「自分たちの集落が消滅するかもしれない」危機感と、都会の「暮らす場所としての不安感」の両方が静かに人を動かしている。
ただ一方で、いま若い世代が増えている地域は、「地方創生」が言われ始める何年も前から移住定住対策に力を入れてきた地域でもある。どの市区町村でも同様に対策を打ち始めた今、同じ地域でこれまで同様に人が増え続けるかどうかはわからない。
人口1%戦略とは?
若い移住者を増やすことは、いまやどの地域にとっても大きな課題だ。自治体の側からすれば、秘策があるなら真似したいと思われるかもしれないが、実績の出ている地域でも、何か一つ決定的な処方箋があるわけではない。
藤山さんの著書『田園回帰1%戦略』には、人口を伸ばしている地域が行ってきた事例が紹介されており、対策は地区によってさまざまだ。自治会のコミュニティ強化、地産品による産業起こし、定住住宅の整備、「日本一の子育て村」構想、徹底した移住者ケアなど、それぞれ特色がある。
それに離島や山間地域に子どもが増えているといっても、一地区ごとの数は小さな数字にすぎない。全国の人口移動の大きな流れは2017年東京圏(神奈川、千葉、東京都、埼玉)への転入超過数が約12万人と、都会への流入は止まっていない。あくまで、ピンポイントで人口が増えている市区町村があるということだ。
藤山さんは、人口問題を“小さな地域単位で”考えることの大切さを話す。
小学校区ほどの小さな単位で考えれば人口の増減は見えやすく、住民にとってもリアルに捉えられる。地区単位で20、30代、そして定年後まだ元気な60代の各世代で毎年1パーセントずつを増やすことができれば、地域の持続可能性はぐっと高まる(30年間ほどの間は地域人口が安定する)。そう藤山さんは提唱し、「1%戦略」と呼んでいる。
「具体的には、地域人口が現在を大幅に下回らない程度(1〜2割減未満)で安定的に推移すること、そして高齢化率が現在の水準以下で安定的に推移すること、さらに14歳以下の年少人口が現在を大幅に下回らない程度(1〜2割減未満)で推移することの3つを挙げています。この3つの条件が実現すれば、一世代ほどの間は人口の安定化がはかれるということです」
持続研では、地域の住民がみずから数字を入力し、自分たちで人口シミュレーションができるプログラムを開発し提供している。
地域人口ビジョンは、住民が主体的につくらなければ、実際の受け入れ態勢が機能しないという。
「例えば、島根県の邑南町(おおなんちょう)では、地区ごとに未来の人口シナリオの一覧をつくっています。そのほとんどが、先ほどの3つの各世代あと年1組か2組の増加で安定ラインにのると見えている。なかには増加せずとも、現状の増加率を維持できればいいという地区もあります。
この各地区の増加目標を足し上げていくと、町全体の目標数合計48組112人という数字が出る。これがやはり町全体の人口の約1%前後です。小さな地域分を“足し上げる”というところがポイント。
はじめから町全体で計算をして1%の数字を地区におろしても、各住民からすると抽象的な数字にしか感じません。うちの地区で、あと1組増やせれば…地域が持続できる!とボトムアップで考えるから、何をすればよいか、具体的な策が出てきます」
漠然と、人口を増やさなければならないと思っているうちは、市町村や県に頼るだけだったり、見ず知らずの人にやみくもに移住を呼びかけるような動きになりがちだが、「あと1組なら何とかなる」と思うと、地元の住民も具体的に顔の見える相手が思い浮かぶ可能性が高い。
もともと、日本の田舎の集落は住民同士が協力し合う点において、優れている。
「どこそこの息子さんなら仕事を用意したら帰ってきてくれるんじゃないか」とすぐに電話に手が伸びるようなアクションが、小さくても数多く起きることが重要。
実際に集落の人たちから「自分たちで人口を増やすなんてとても無理と思っていたけど、あと1組と言われたら実現できそうな気がする」という声があった。
住民密着の小さな地域単位で始めることの有効性を考えれば、目標となる「1%」という数字を具体的に掲げた意味は大きい。
※このシリーズでは、若手移住者の増えるまちで起こっていることを数回にわたり紹介しています。(2018年4~6月にかけて)
第3回:なぜ、都会から遠い島や山間地に30~40代で移住するのだろう?田舎の田舎で始まっていたライフシフト
(*1) 「日本創成会議」人口減少問題検討分科会(座長・増田寛也氏)の発表したレポート。2010年の国勢調査を基にした試算で、2040年時点に20~39歳の女性人口が半減する自治体を「消滅可能性都市」と見なし、全国約1800市町村のうち約半数(896市町村)が消滅する恐れがあるとした (14年5月)。
(*2) 国勢調査2010年時点での25〜34歳女性と、同15年の30〜39歳女性を比較。
(*3)転入者数から転出者数を引いた結果。2010年の0〜64歳と2015年の5〜69歳を比較。自然減分を補正。